【日本の政治・ここがフシギ】第1部(02) 首相の国会出席、多すぎ?

20170124 04
欧米先進国の議会と日本の国会を比べた時に、気付くことがある。日本の首相の国会出席日数が突出して多いことだ。にも関わらず、「日本の審議は充実している」と国際的に評価されている訳でもない。「首相が国会に座っている内に、世界は急変している。沢山出ている割に審議が深まっているとも思わない」。東京大学大学院のロバート・キャンベル教授(アメリカ出身)は、日本の国会について説く。日露首脳会談を翌日に控えた先月14日。安倍晋三首相は翌15日深夜1時まで衆議院本会議に出席し、内閣不信任案等に対応した。15日の会談でウラジーミル・プーチン大統領が遅刻すると、会談後のNHKの番組で「朝の1時まで審議があった。だいぶ体も疲れていたので、ゆっくり休むことができた」と語った。首相の年間の国会出席日数は、過去6年の平均で90日超に上る。憲法が、「求められたときは、出席しなければならない」と定めている為だ。

有識者らで作る『日本アカデメイア』によると、各国首相の議会発言日数は、イギリスで36日(2008年12月~2009年11月)、フランスは12日(2007年7月~2008年7月)、ドイツは11日(2009年11月~2010年11月)だけ。イギリスは党首討論、ドイツやフランスは本会議等に集中し、日数は少ない。神戸大学大学院の大西裕教授は、「同じ法案を、首相出席の下、衆参で同程度審議することに、どれほど意味があるのか」と語る。「外交や安全保障は首相の職能だ。国会出席の軽減は国会軽視ではない」。首相が随時、野党と公の場で意見を戦わせ、常に権力への監視が行き届くのは重要だ。しかし、同じ議論や答弁の繰り返しが続いたり、日程闘争で外交等に影響が出ては、本末転倒になる。国会論戦の質を上げ、出席日数を下げる――。与野党は2014年、首相の本会議出席を重要議案に限り、代わりに党首討論を増やすこと等を合意した。だが、形骸化しているのが実態だ。駒澤大学の大山礼子教授は、「(野党が望む答弁者で)本当に必要な政治家が少ししかいない」と説明する。閣僚は官僚が書いた答弁書を読み上げ、審議が深まらない。同じ答弁なら、目立つ首相に出席要請が集中する。デンマークでは原則、事前の質問通告は無い。党首らが丁々発止に議論する。同国のフレディ・スベイネ駐日大使は、「長い議論は日本の文化だろうが、出席を減らしても審議を充実させれば、不利益は全く無い」と話す。量より質の審議を目指す意識改革が、国会改革の第一歩かもしれない。

■国家の意思表明が首相の使命  ロバート・キャンベル氏(東京大学大学院教授)
――日本は、首相の国会出席がイギリス、ドイツ、フランス等に比べてかなり多い。
「首相には、ロシアとの領土交渉等、外交に専念すべき場面がある。ほぼ無条件で予算委員会等に時間を奪われるのは非合理的だ。首相は、国家間で国家の意思を代表して伝えたり聞いたりできる職能がある。首相が世界で果たすべき職能と、国会の制度が離れないようにすべきだろう」
「国家としての意思を国際社会で表明するのが、首相の最大の使命だ。国際政治やグローバル経済の激変の中で、職能の優先順位を誤り、欧米等国際社会への説明責任を十分に果たせないことを懸念する。国会での答弁は極力、閣僚や副大臣に任せるべきだ。代わりに、外交報告等の為の首相会見を定期的に開いて、透明性を高めたらよいのではないか」

――日本の政治全般について思うことは?
「『政策決定過程が極めて不透明だ』と感じる。『予算案や法案を官僚が作り、与党で了承される』という国会での議論までの過程が見え難い。国会での意思決定も、本会議や委員会は形式的で、その前段階の与野党の協議で事実上決める等、過程がわかり難い。本会議や委員会で真っ向勝負する場面が増えるとよい」
「国民が選挙以外に意思表示する機会が乏しい気がする。国家運営は時の政権と官僚に任されていて、国民の声を素早く反映する普遍的な仕組みが足りないように感じる。イギリスのヨーロッパ連合(EU)離脱決定や、ドナルド・トランプ次期大統領の誕生等、国際情勢が刻々と変わる中で、時間がかかり過ぎるのではないだろうか」
「日本国籍を持つ、日本を愛する異性愛者の高齢男性で作る硬直化した社会は、今直ぐ変えるべきだろう。政治でも経済でもイノベーションが生まれない。日本の成長の最大のネックだ。低迷時の再生機能も失われるのではないか」

――アメリカとの違いは?
「私はアメリカで、小さい頃から政治のボランティアをよくしていた。11歳の時に態々バスで長距離移動して、大統領選の候補者に関するチラシを配る等した。高校時代は、州や市単位で警察や司法のトップの選挙に関わる機会も多かった」
「大学では、ベトナム戦争や銃規制の是非等を、授業ではなく、学生同士が喧嘩をするように激論した。大統領選のテレビ討論がある日、学生と教授を10人ほど家に呼んで、生で見ながら、その場でディベートをしたこともある。それくらい、政治への関心が高い。日本でも、こうした政治参加の原体験を増やすような教育や日常でのきっかけが必要ではないだろうか」

――日本の政治を変えるには何が必要か?
「政治家がもっと、若年層の非営利団体や市民団体等、緩やかなグループとの議論の場を増やすべきだろう。日本の政治は、既存の大組織や既得権益を重視し過ぎる」
「問題の根源は、国民の政治意識の低さにある。自治体単位でも、区議会や市議会に意見を届ける仕組みが少ないのでは。小中高生等、投票資格が無い時から市議や区議の手伝いをする機会があるとよい。政治意識の醸成に繋がる。被選挙権年齢の引き下げも効果的だ」 (聞き手/竹内悠介)

               ◇

■日本の政治、柔軟性無い  フレディ・スベイネ氏(駐日デンマーク大使)
――日本とデンマークの政治の違いは?
「デンマークは“参加民主主義”の国だ。国民の政治への関心が高い。議論や意思決定の訓練が、幼稚園から教育システムに組み込まれており、“民主主義とは何か”を肌で学ぶ。小学校では、各クラスに組織委員会がある。どんなイベントをやるか、何にお金を使うか等を、常に皆で議論する」
「私には4人の子供がいる。選挙では、学校の投票所に子供を連れて行く。民主主義を家庭でも大事に教えている。学問というよりも、“どう社会に関わるか”という社会的なスキルだからだ」

――関心が高いのは、税負担が重いからでは?
「税負担が重いからというよりも、“政治家が何に税金を使うか”について関心が高い。税金は将来への投資、つまりリターンがあるという認識がある。教育や医療は無料で、税金を払うことは私たちにとっての喜びだ」

――日本では、首相や閣僚の国会出席が多い。
「デンマークの閣僚が日本に来ると、日本の閣僚とは夜しか会えない。閣僚を拘束すると、外の世界の人と話す機会が奪われる。デンマークでは、外務大臣が財務大臣に議会の答弁等を代わることも許される。不利益は無い」

――会期はどうか?
「デンマークは通年国会に近い。必要であれば、いつでも招集される。特定の政治の争点で国会の日程が決まることはカオス(混沌)だ。国会のデッドラインが決まってしまうことは、議会に何らかのストレスを与えてしまう」

――日本では、首相に強い解散権がある。
「デンマークも憲法上、4年毎に選挙をするが、いつでも解散総選挙ができる。解散権は民主制度の一部だ。首相が選挙で国民の意思を問うことができる公平な制度だ。認められない場合、内閣を機能させることができない恐れもある」

――選挙制度はどうか?
「デンマークでは事実上、決まりは無い。候補者同士のディベートが盛んで、投票日以外、戸別訪問ができる。投票日も、有権者への声かけができる。国政選挙も地方選挙も、投票率は80%を超える。日本の政治は、全体的に柔軟性が無い。厳格な制度が、却って政治参加の壁になっていないか」 (聞き手/竹内悠介)


⦿日本経済新聞 2017年1月13日付掲載⦿

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