【憲法のトリセツ】(06) 立憲主義=“権力の抑制”だけでは説明できない

20170125 06
世界の憲法の歴史を振り返ってきました。皇帝や王といった絶対権力者の暴走を、如何にして抑制するか。それが憲法の成り立ちであることがわかります。これを、憲法学者は“立憲主義”と呼びます。ダグラス・ラミスさんはアメリカ海兵隊の一員として、1960年に沖縄に赴任しました。除隊後も日本に残り、ベトナム戦争の反戦運動等に参加。後に津田塾大学教授等を務めました。ラミスさんの主著に、『憲法は、政府に対する命令である。』(平凡社)があります。国家と国民の関係を社会契約論等に基づいて分析し、最終的にはこんな結論に至ります。「憲法に命令として従う義務があるのは国民ではなく、政府である」。つまり、「国民は『積極的に社会契約した』という意識が希薄だが、国家は間違いなく契約の当事者だ」という理屈です。“権力の抑制”の究極の形が、“政府への命令”説だと思います。では、主流派の憲法学者はどう説明しているのでしょうか。1999年に亡くなった東京大学・芦部信喜名誉教授の『憲法 第四版』は、「憲法は自由の基礎法である」と説きます。「全ての個人は生まれながらに自由に活動する権利があり、その自由主義を法的に保証する仕組みが憲法である」という考え方です。

憲法が成り立つ為には、自由主義という近代社会の基本ルールが人々に浸透していると同時に、“法の支配”という考え方が重要になります。物事を判断する時、「立派な人に裁いてほしい」と願うのが日本人の伝統的な思考法です。テレビドラマでお馴染みの『大岡越前』や『遠山の金さん』等が典型例です。一方、そんな個人の裁量は信用せず、統一的なルールを定め、誰が裁判官だろうと、ブレが無いようにするのが“法の支配”です。それを象徴するのが、イギリスの法律家であるエドワード・コーク(1552-1634)の次の言葉です。「国王は神と法の下にあるべきである」。現在、民進党等の野党が安倍政権の憲法観を批判し、「勝手に憲法解釈を変える等の行為は立憲主義に反する」と批判しているのは、こうした歴史的経緯を踏まえてのものです。ただ、欧米では異なる考え方も生まれました。権力を抑制したいのは市民ですから、ルールを作る場である議会への市民参加が不可欠です。芦部氏は、①市民階級が立法過程へ参加することによって、自らの権利・自由の防衛を図る②“法の支配”はその点で、民主主義と結合する――と説きました。「市民が王を抑制するには、国民の声を反映する議会が制定する法によって、王の行動を制限するのがよい」と考えたのです。ところが、「立憲主義と民主主義は相容れないことがある」と気が付いた人がいます。南山大学の大竹弘二准教授と高崎経済大学の国分功一郎准教授が昨年出版した『統治新論 民主主義のマネジメント』(太田出版)に、2014年に安倍晋三首相の国会での発言が例示されています。当時は、集団的自衛権を巡る憲法解釈の是非が話題となっていました。安倍首相は、衆議院予算委員会でこう発言しました。「憲法解釈に責任を持つのは内閣法制局長官ではなく、選挙で国民の審判を受けるこの私だ」。

「『憲法解釈を変更するぞ』との公約を掲げて選挙に勝利した党が組閣した政権の公約が実現しないのは、民主主義に反する」――。これが安倍首相の言い分です。民進党等は、「“憲法の番人”と呼ばれ、憲法解釈を長らくしてきた内閣法制局があることで、日本の法秩序は保たれる」と考えました。前出の『統治新論』は、「民主主義を守れ、立憲主義を守れ、というのはなんとなくスローガンとして唱えられているけど両者の間にはずれがある」と説き、「ヒトラーが進めた“合法的革命”、すなわち議会制民主主義のもとでの独裁体制づくりにもかかわる」と指摘しました。憲法がこの世に登場した近代では、王と市民という対立構造が明確でしたが、現代では「主権は市民が持ち、市民と市民の意見が相容れないことがある」という時代になっています。その際、憲法がどこまで権力を縛ってよいのか、極めて難問です。この話は、憲法改正の是非について触れる際に再述します。「立憲主義とは何か?」と問われれば、「権力の抑制」と答えるのが王道です。しかし、それだけでは説明できない状況が生まれている中で、日本の与野党がすれ違いの議論をしていても、有権者には訳がわかりません。18歳選挙権の実施に伴って、高校等で始まった主権者教育では、“国民主権”は教えますが、「国民は一枚岩ではない。では、それをどう束ねるのがよいのか?」までは教えません。それを考えるのも、大事な憲法論議です。次回も、この問題を続けます。


大石格(おおいし・いたる) 日本経済新聞編集委員。1961年、東京都生まれ。東京大学法学部卒。国際大学国際関係学科修士課程修了後、1985年に『日本経済新聞社』入社。政治部記者・那覇支局長・政治部次長・ワシントン支局長として、様々な歴史的場面に立ち会ってきた。現在の担当は1面コラム“春秋”・2面コラム“風見鶏”・社説等。


⦿日本経済新聞電子版 2017年1月4日付掲載⦿

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