天皇陛下vs安倍首相、史上最悪の対立――“平成流”のお務めを否定する首相、10年越しの根深い因縁

20170125 07
「『天皇陛下を勝手に退位させない』。口にこそ出さないが、それが首相の本音らしい」――。内閣官房の退位問題担当の官僚たちは、そう察していた。切々たる“お気持ち”を支持する圧倒的な民意とのズレを、法的・政治的にどのようにすり抜けたらよいか。取り仕切る官房長官・菅義偉と官房副長官・杉田和博から「知恵を出せ、上手くやれ」とプレッシャーを受けて、官僚たちは苦悩していた。「ご自分で拡大定義された天皇の役割を絶対条件にして、『それを果たせないから退位したい』というのは、ちょっとおかしいのではないか」。そう傲然と言い放ったのは、東京大学名誉教授の平川祐弘。有識者会議のヒアリングに呼ばれ、報道陣に対して口にした。「天皇の仕事は祈ることで、国民の前に姿を見せなくても、任務を怠ることにはならない。(皇室典範改正を)陛下が心配されることはない。首相が陛下を説得すればよろしい」。上智大学名誉教授の渡部昇一はヒアリングに対し、ぴしゃりと“お気持ち”を退けた。内定していた小田部雄次ら皇室専門学者を却下して、2人を指名したのは安倍だ。どちらも、右派政治団体『日本会議』系の論客である。両発言は、首相の真意を代弁したものと受け取られた。安倍の退位反対は、確固たる国家観や、保守の信念に基づいたものではない。要するに、「面白くない」という感情的反発である。2013年末、天皇は誕生日会見で、日本国憲法を「守るべき大切なもの」と強調し、占領下の「知日派のアメリカ人の協力」に敢えて触れ、安倍の持論である“押し付け論”を諌めた。皇后も同年の誕生日に、明治初期に民間で検討された『五日市憲法』草案を、「市井の人々の間に育っていた民権意識の記録」と賞賛し、憲法の人権や自由の原則には明治以来の伝統があることを説いていた。ところが、天皇会見の1週間後、安倍は天皇が参拝を控えている靖国神社参拝を強行した。翌2014年春、安倍は和歌山県高野山奥のA級・BC級戦犯追悼碑の法要に、自民党総裁名で手紙を送り、東京裁判は“報復”、戦犯処刑は“殉難”との趣旨に賛同した。

そのことが報道された2ヵ月後、皇后は2014年の誕生日に文書で述べた。「私は、ラジオでA級戦犯に対する判決言い渡しを聞いた時の強い恐怖を忘れることができません。未だ中学生で、戦犯個人個人への憎しみ等であろう筈はなく、国と国民という、個人を越えた所のものに責任を負う立場があることに対する怖れであったと思います」。毎年8月の『全国戦没者追悼式』で、安倍は4年続けて、歴代首相の式辞にあった加害と反省の言及を止めた。すると、天皇が2015・2016年とお言葉で、消された言葉を補うように“深い反省”を表明するようになった。天皇と首相の緊迫した心理戦は、誰の眼にも明らかだ。若し野党の党首が同じ発言をしたら、安倍が国会でどれほどヒステリックに反撃するかを想像すれば、その深刻さはわかる。自民党の閣僚経験者は、「首相は、天皇に憎しみすら抱いているんじゃないか。今、発信力を持つ人で、あそこまで安倍路線を真っ当に否定する人は日本にいない」と声を潜める。退位の意向は、一昨年秋には宮内庁から官邸にはっきり伝わっていたが、官邸は摂政で躱すよう宮内庁に言い含め、頬かむりしていた。消費税率引き上げ再延期や衆参同日選狙いといった政局に感けて、「天皇どころじゃなかった」(政府高官)からだ。参院選勝利に沸いた直後、NHKが退位の意向をスクープした日、責任者の杉田は東京にいなかった。NHKが官邸を出し抜いて特ダネを放ったのは、会長人事を巡る菅・杉田ラインへの気兼ねに嫌気が差した社会部系が、官邸と内通する政治部系に黙って報道局の意地を通したからという。歴史的な大ニュースは、政治の間隙を突いて実を結んだ。不意を突かれた官邸の怒りは尋常でなかった。面目を失した菅・杉田コンビは、宮内庁長官の風岡典之を更迭し、官邸の内閣危機管理監だった元警視総監・西村泰彦を宮内庁次長に送り込んだ。今度こそ指揮下に組み敷く為だ。安倍は「退位させない」と意固地になり、当初は有識者会議の設置も認めようとしなかった。政権寄りの読売・産経両紙が方針を報じた。影響力を持つ『読売新聞グループ』本社代表取締役主筆の渡邉恒雄が退位反対・摂政擁立派であることも、首相の意を強くした。抑々、安倍には有識者会議に警戒心が強い。小泉政権では2005年、女性・女系天皇容認の報告書が提出され、法案化寸前だった。秋篠宮紀子妃の懐妊で、官房長官だった安倍が一気に葬ったが、「有識者会議を作ると碌なことがない」と考えている。逆に天皇・皇后は、安定的な皇位継承の仕組みを潰した安倍の立ち回りに遺恨を秘めている。天皇と安倍の確執は、実に10年越しの根深い因縁を引きずっている。

20170125 08
宮内庁から退位を代診しても黙殺されてきた天皇は、「自分で直接、国民に訴えよう」と考えて、既に“お気持ち”原案を用意していた。安倍や杉田が目を通し、首相補佐官の衛藤晟一も筆を入れた。衛藤は日本会議の中核メンバー。安倍の配慮である。宮内庁関係者によると、原案にはヨーロッパの王室における生前退位の近況を引用した部分が数ヵ所あり、王室は国民に語り掛ける機会が多く、先代が亡くなった後、喪に服す期間が日本ほど長くはないことが書かれていたが、衛藤が削った。「神話から生まれた万世一系の天皇に、権力闘争の末に登場したヨーロッパの王室の例に倣う必要はない」という理屈で、宮内庁も受け入れたが、昭和天皇が皇太子時代のヨーロッパ歴訪体験を一生涯どれほど深く心の拠り所としていたか、日本会議の面々はご存知ないのか。また、天皇の葬儀とその後1年続く各種行事、更に天皇即位に伴う行事の多忙さで家族の負担を思いやる箇所にも、「絶対的な立場の天皇が、進退を決める理由に家族の問題を引き合いに出すのは庶民と同じで如何なものか」との指摘が出たが、ここは天皇の強い意向で残った。摂政をはっきり拒んだ箇所も、官邸の難色を天皇が撥ね付けた。“お気持ち”の裏側には、天皇と官邸の激しい攻防が隠されている。情理を尽くした“お気持ち”は、8割を超す世論の支持を得た。「内閣支持率が負けている」(政府高官)。このセンスが如何にも安倍政権らしい。「世論を敵に回したら政権運営にも影響する」という計算が、退位容認へのきっかけになった。天皇の為、皇室の為、象徴制の為、国体の為ではなく、ただ“政権に有利か不利か”の打算だけを拠り所に、方針は呆気無く転換された。内閣官房の官僚たちは、密かに胸を撫で下ろした。「理念も原則もない」――これが安倍流保守の実態だ。制度変更は、極力最小限に止める方針が示された。『皇室典範』に手を入れれば、安倍流・日本会議系右派が最も嫌う女性・女系天皇容認や、女性宮家創設の議論に火を点けかねない。

できるだけ典範に触れず、1代限りの特例で、“我が儘をやり過ごす”ように“処理”することになった。万事が“事勿れ主義”なのである。有識者会議には敢えて明確な見解や高い専門知識を持たない人たちを集め、恒久的制度改正を求める原則論に拘らず、官邸の方針に従順な顔ぶれにした。但し、それでは安倍流保守の支持層に不満が出るので、ヒアリングに招く顔ぶれは日本会議系を露骨に多くして、ガス抜きを図った。意見を述べた専門家16人の内、日本会議系が7人、3日間に毎回2~3人ずつ配置されたのは、「主張は十分聴いて世間にも広報した」というアリバイ作りだ。1代限りの退位容認という結論ありきだった。抑々今回、天皇が提起したのは、「超高齢化社会では天皇も生前退位してよいかどうか」より先に、「戦後日本が築いてきた象徴天皇制は、21世紀にどうあるべきか」という国家の骨格に関わる根本問題だった。“お気持ち”ビデオの正式名は、『象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば』である。“生前退位の可否についてのお問いかけ”ではない。先ず、“象徴の在り方”論があり、天皇は「長年の実践と思索の末、象徴制を続けていくには生前退位が必要だ」との確信に達した。象徴制が原因で、退位は結果である。ところが、日本会議系の面々は、天皇は退位してもよいかどうか、明治・昭和の近代天皇制の都合のいい部分を“伝統”と称して摘み出し、「我慢しろ」と言い放つ。そして、象徴的行為のような「余計なことはするな」と付け足しで釘を刺す。議論の因果が逆さまなのだ。呆れたことに、安倍も、この歪んだ理解を“真正保守”の教義のように妄信している節がある。昨年9月、独自の保守を自任する衆議院議員の亀井静香は官邸に乗り込み、安倍に「退位させてはならん。有識者の報告が出たら放っておけ」と迫った。退位反対が本音の安倍は、亀井に調子を合わせ、目の前で執務室のカーペットに片膝をつく仕草を真似て、「こんな格好までしてねぇ」と笑ったという。天皇・皇后が即位以来、各地の被災地を慰問し、避難所や仮設施設の床に膝をついて被災者を慰める様子を茶化したのだ。四半世紀の実践を通じて、国民からも高い支持を得ている平成流のお務めを、安倍は“余計なこと”と否定する。だから、退位も“余計なこと”としか考えない。認めたくはないが、世論重視・政権大事の計算から、今回は例外として眼を瞑り、さっさと片付けようとしている――。何とも事務的なのだ。平川・渡部ら、退位反対論者の「天皇は静かに祈っていればいい。矢鱈に出歩くな」と言わんばかりの暴論が毎回大きく報道されて、天皇周辺や世論には反発が起きている。反対派は、「我が儘を認めたら、『即位したくない』と言い出す。あまりお務めの範囲が広がると、天皇の地位が意思や能力に左右されてしまう」と屁理屈も捏ねる。“置物”か“お飾り”が望ましいのか。言うまでもなく、天皇には意思も能力も必須だ。ご学友たちから天皇擁護の発信が続いた。『共同通信社』元特別顧問の橋本明は『知られざる天皇明仁』(講談社)を出版し、学習院高等科の社会科で天皇制の講義を聞く明仁親王が、「世襲の職業は嫌なものだね」と漏らした秘話を明かした。性格の暗い、勉強嫌いの陰気な青年だったが、天皇は皇后の支えを得て長年精進し、今日の象徴天皇像を見事に創造した。天皇・皇后の意思と能力無くして、今日まで象徴天皇制を維持できたかどうかは疑わしい。

20170125 09
幼稚園から高等科までの同級生である明石元紹も、天皇から電話で「摂政はよくない。(退位は例外措置でなく)将来を含めて、譲位が可能な制度にしてほしい」と打ち明けられた事実を、異例の公表に及んだ。何れも、“保守”を騙って天皇の意向や象徴制の意義を捻じ曲げる声が大き過ぎる現状を憂えた義挙と言うべきか。天皇周辺が、安倍的な天皇軽視の風潮に強い危機感を抱いている現れだ。ヒアリングでは退位への賛否が割れたが、頑迷右派のガス抜きの役割を果たし、有識者会議は今月、規定方針通りに特例法で1代限りの退位を認め、「天皇陛下が望む退位の恒久的制度は難しい」という内容で論点整理を行う方針だ。憲法学者の多数は「退位を認めるなら皇室典範改正が必要だ」と指摘するが、安倍政権にその気は無い。民進党はそこを突いて、恒久制度化を要求している。安倍政権は、与野党一致で兎に角、手っ取り早く済ませたい。そこで、民進党の顔を立てる為に、皇室典範の改正も排除せずに議論を進めて、最終的には1代限りの特例法で折り合いたい考えだ。またしても事務的だが、「天皇どころじゃない」という安倍官邸の方針だけは一貫している。安倍は第1次政権を放り出して、信望が地に落ちたが、再起を図っていた民主党政権時代の2012年、月刊誌の『文藝春秋』に登場し、野田政権が進めていた女性宮家創設の為の皇室典範改正の検討を、こう批判した。「2000年以上の歴史を持つ皇室と、たかだか60年あまりの歴史しか持たない憲法や、移ろいやすい世論を同断に論じることはナンセンスでしかない」。“天に唾する”とはこのことだ。移ろい易い世論を頼りに、政治や国体を弄んでいるのは誰か。安倍や日本会議系が唱える皇室論というものは、たかだか明治以来150年の近代天皇制を切り貼りした俗論だが、天皇は古代以来の歴代天皇を入念に研究してきた権威者として、今回の退位を提起した。また、「天皇の名で国内外に数百万人の死傷者を出した戦争の後、皇室が存続できたのは、憲法の平和主義・国民主権・象徴天皇制のお陰だ」という史実を、天皇家の当主として誰よりも重く自覚している。「天皇・皇后の護憲主義は、憲法が皇室存続の礎に他ならない」という歴史哲学の表明である。その哲学に、安倍流保守“思想”はどこまで対抗できるだろうか――。 《敬称略》


キャプチャ  2017年1月号掲載

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