【オトナの形を語ろう】(10) 己以外に一切頼らない“無頼”という生き方

今週は、この連載の担当者のS君が「“無頼”について話してほしい」というので、“無頼”を書く。この頃は、街場をうろついていても、「あれが“無頼”だ」という男に逢うことは殆どなくなったし、“無頼”という言葉さえが消えようとしている。一昔前の世間の印象だと、無頼な連中は何か滅茶苦茶なことをして生きている人たちに思われたが、そんなことはない。無頼だからといって、理由も無く他人に暴力を振るったり、見ず知らずの他人を傷付けるようなことはしない。寧ろその逆で、本当に無頼としてしか生きられなかった男は、静かで、大人しい生き方をしている人のほうが多かった。ただ、無頼の連中が、結果として起こした行動だけを見ると、「とても普通の人間ができる行動ではない」と思われただけだ。その行動とて、一生の間に一度、二度あるくらいである。私が見てきた“無頼”の話をしよう。先ず、“無頼”とは読んで字の如く、頼るもの無しである。“頼りない”とは違う。頼るもの、頼る者、人を含めて、「己以外の他人・物事に一切頼る生き方をしない」ということだ。しかし今、君たちが生きている社会と、日々の暮らしを見てみれば、あらゆるものに頼らない生き方ができるか? いや、そうじゃなくて、「そういう生き方が可能か?」と問えば、それは普通できないのである。

何故、そんな風に生きるのか? それは、当人がこの世に「オギャーッ」と生まれて、誰かに育ててもらい、誰かに飯を食べさせてもらい、誰かに“生きるとは何事か”を教えてもらい、そこまでしてもらってきて尚、それらの人全てに恐縮の念、“有難い”という気持ちは持った上で、それらの人との関係をも基本的に断ち、「己一人で生きていく」と決め、あらゆることを他人に頼らず生きていく男たちだからである。その生き方が楽と思われるかね? 何? 他人にとやかく言われないで静かなのは悪くない? 他人は“無頼”に対して、とやかく以上のことを口にし、バカにするものだ。そんな他人の口から出てくるものなどどうでもよくて、そんなものは端から耳に入らないのが“無頼”である。いや、他人からどう思われようが、どう言われようが、そんなことは全く当人の身体の中に入ってこないのである。それでも楽に見えるかね? そう、「よくわからない」と言うほうが、君たちの正直な感想だろう。“無頼”は、それはしんどいものである。辛いものである。ところが、私が見てきた“無頼”と呼ばれた男たちからは、微塵もしんどい・辛い・苦しいという印象は感じることがなかった。何故だろうか? 最初の内はわからなかったが、「“無頼”の内にあるものに、半端なものが何一つ無いからだ」とわかった。彼らの身体の中にある精神の強靭さは、想像を超えるものであった。

1つの例を挙げる。ある酒場で、ゴンタクレ(※チンピラ)が暴れ出した。店の女との諍いもあったが、それ以上に、暴れるのが何より好きな大男のようだった。私と“無頼”は、店のカウンターの隅にいた。店の者が大男を宥め、情婦も男をとりなしていたのだが、元々、暴れるのが好きな輩が半分酩酊していて、暴れたくてうずうずしているバカに“ヤメテクダサイ”は、火に油を注ぐようなものである。「ギャアーッ」と悲鳴がして、見ると、男はカウンターから庖丁を取り、店の者・女に笑いながら「酒を出せ」とか訳のわからないことを言い出した。他の客も揶揄われている。いい迷惑である。軈て、私たちのいるカウンターに来た。「オイ、何を気取って飲んでやがんだ、テメェーら」。すると、“無頼”が大男を一瞥(※ちらりと見ること)して、また飲み始めた。すると、男が怒鳴った。「テメェー、今の目は何だ? ヤロウってのか?」。“無頼”は、男の声など聞こえぬ風に飲んでいる。「テメェー、こっちを向け。殺ってやる」。大男が“無頼”の肩に掴まろうとした時、その手を払いのけて、「俺を殺るのなら、お前を殺るぞ」。一言だけ言い、ほんの束の間睨んでいたが、大男が動いた瞬間、“無頼”は大男の喉元に噛みついていた。大男は仰向けに倒れ、私と“無頼”は外へ出た。何故そうしたかを、来週話すとしよう。


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。


キャプチャ  2017年2月6日号掲載

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