【教科書に載らない経済と犯罪の危ない話】(31) “水とダイヤの逆説”を唱えたジョン・ローの天才的発想

人間が生きていくのに、水は欠かせない重要な物質である。ところが、美しいけれども必要不可欠とは言えないダイヤモンドが高価で、水が安価なのは何故だろう? これは、交換価値と使用価値が必ずしも一致せず、“希少性”こそが価格を決定するからである。例えば、水に不自由を感じない地域では、ダイヤモンドは非常に高い交換価値を持ち、高価で取引される。しかし、水の無い砂漠では、ダイヤモンドより水が貴重で高価となるかもしれない。つまり、通常、ダイヤモンドは希少性が高いから高価で、水は希少性が低くて低価格だということである。“希少性”は物の供給に対して需用が多ければ増し、交換価値が高くなる。この“希少性”は、経済学の基礎となる。この理論については、『国富論』で有名なイギリスの経済学者であるアダム・スミスが、“水とダイヤモンドのパラドックス”として説いたとされている。だが、アダム・スミスより遥か50年も前に、スコットランドの経済思想家であるジョン・ローは“希少価値論”を提唱している。このジョン・ローこそ、近代のリフレ政策を考案・実行した人物なのである。ジョン・ローは1671年、スコットランドのゴールド・スミス・バンカーの家に生まれた。ゴールド・スミスとは金細工職人のファミリーネームで、スミスはアングロサクソン語(古英語)の“職人”という意味である。鍛治屋はブラック・スミス、銀細工職人はシルバー・スミスというように、職種が姓になっている。アメリカのスミス姓は、ヨーロッパから大量に移民した鍛治屋がルーツである。ゴールド・スミスは、金を保管する堅牢な大型金庫を持っていた。その為、客の金を預かる“金保管業務”が自然に発生する。

この時に発行する金の預かり証が“ゴールド・スミス・ノート”だった。これは、現在のSKR(金保管証券)に当たる。ゴールド・スミス・ノートは、いつしか交換の手段に使われるようになっていった。“銀行券”の始まりである。そこでゴールド・スミスは、保管された金が引き出されることが少ないことに気付き、金の貸し出し業務を始める。その為、保管している金の量より多くのゴールド・スミス・ノートが発行されていった。この頃にはゴールド・スミスの信用は高く、金の保管に関わらず、自らの責任でゴールド・スミス・ノートを発行するようになっていた。これが、『ゴールド・スミス・バンク』と呼ばれる近代的な銀行の始まりである。現在の銀行も、保有する金より多くのSKRを発行し、貸し出すことで手数料を得ているのは、17世記と全く同じ構図なのだ。ジョン・ローは父親の死後、その遺産で放蕩生活をしていた。ところが、イギリスで殺人事件を起こし、絞首刑を宣告されるも逃亡。その後、ヨーロッパを転々とした後、財政難に喘いでいたフランスに辿り着く。彼は先ず、王立銀行を設立して王室銀行券を発行。その紙幣を国が借り入れ、国債の償還に充てた。それと同時に、出回った紙幣を吸収する為、『ミシシッピ会社』という実態の無い金鉱探査の政府系企業を創った。そして、ミシシッピ会社の株を売り、国債を株券に変えていった。現在のセキュタイゼーション(証券化)業務である。実態の無い会社だったが、金鉱という架空の裏付けによって株価は上昇し、国債の償還も順調に熟した。このシステムは“ミシシッピシステム”と呼ばれ、“管理通貨制度”として各国中央銀行が今も採用している。このように、現在の金融システムは、17世紀に開発されたものと基本は変わっていないのである。 (http://twitter.com/nekokumicho


キャプチャ  2017年1月31日号掲載
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