【憲法のトリセツ】(07) 権力の側が作る“欽定憲法”の登場

権力を縛る筈だった憲法が、逆に国民を縛る役割を果たす場合もある――。前回、そうした主客転倒に触れました。実は、これは古くて新しい問題なのです。そのきっかけになった“欽定憲法”について考えてみましょう。後に東京帝国大学の初代学長を務める加藤弘之の著書『立憲政体略』(1868年)は、政治の仕組みを次の5つに分類しています。

①君主擅制…君主天下を私有し【中略】生殺与奪の権ひとりその欲するところに任ずる
②君主専治…君主天下を私有し【中略】ただ習俗おのずから法律となりてやや君権を限制する
③君民同治…君主【中略】あえて天下を私有することなく、かならず公明正大・確然不抜の国憲を制立する
④貴顕専治…貴戚・顕族数員、累世政権を掌握する
⑤万民共治…君臣尊卑の別なく、ただ有徳の君子一人もしくは数名選択せられて政権を掌握する

1868年は明治元年です。この頃、既に欧米の政治体制をここまで精緻に分析していたのですから、幕末日本の学問水準は大したものです。余談はさておき、君主擅制は今でいう専制君主制のことですし、万民共治は選挙で代表を選ぶ共和制のことです。加藤が鋭いのは、その中間に微妙に違う3つの政体があることに気付いたことです。

20170201 02
この内、君主専治と君民同治は何れも立憲君主制ですが、君主が天下を私有するかどうかが異なります。つまり、加藤がいう国憲――今で言う憲法がある国でも、君主の権力の大きさはかなり異なることを指摘している訳です。立憲国家の先駆がイギリス、フランス、アメリカであることは、既に取り上げました。これに追いつけ追い越せと近代化を進めたのが、ロシア帝国や19世紀後半に統一国家になったドイツ帝国です。其々、1906年・1871年に憲法を制定しました。でも、君主の権力は相変わらず強大、つまり君主専治でした。加藤は、ドイツ帝国の前身であるプロシアの政治体制を見て、君主専治という概念を思いついたとされています。ドイツ憲法は、“全ての男子が参加する選挙で代表を選ぶ”と定めていました。ドイツ憲法を下敷きにして大日本帝国憲法を制定した日本で普通選挙が実現するのは1925年ですから、随分と進歩的な印象を与えます。だが他方で、ドイツ帝国憲法は皇帝を君主と定め、その皇帝が宰相の任免権を握っていました。議会が法案を可決しても、宰相が署名しないと発効しないので、議会の力は限られていました。第1次世界大戦に敗れる1918年になって漸く、議会に宰相の解任権が付与されました。要するに、国民の政治参加の要求に応えるふりをしつつ、実際には国民の権利を制限する憲法を君主が制定することで、君主独裁を維持しようとしたのです。これが欽定憲法です。1789年に発表されたフランスの『人権宣言』は、「権利の保障が確保されず、諸権力の分立が定められていない社会はおよそ憲法をもつものではない」と主張しました。この時点ではブルボン王朝を葬るつもりはなかったので、主権がどこにあるのかは問われていません。寧ろ重要なのは、“法の支配”・“行政と司法の分離”がはっきりしていて、君主の独断で国民を死刑にしたりはできない。それが憲法の最低条件ということになります。

この基準で考えると、大日本帝国憲法は国民の権利が一応、明記され、三権分立の規定もあるので、“欽定だけど憲法である”と言えます。他方、ドイツ帝国憲法は三権分立がはっきりしないので、“憲法失格”と言ってよいでしょう。下敷きにしたといっても、2つの憲法は全く同じではない訳です。何れにせよ、権力の側が制定する欽定憲法が登場したことで、憲法というものの概念の幅が広がりました。東京大学の樋口陽一名誉教授は、1973年に出版した『近代立憲主義と現代国家』(勁草書房)で、「国民主権における国民には二義牲がある」と書きました。国民といっても1人ひとりの考え方は違うのですから、「議会の決定が国民の決定とイコールではない」ということで“半代表制”と呼びました。憲法を体する議会と国民の総体の意思が合致するのかどうか。どんな選挙制度を採っても、必ず食い違いはあります。早稲田大学の籔下史郎名誉教授が監修した『立憲主義の政治経済学』(東洋経済新報社)に収録された、同大学の河野勝教授と同大学高等研究所の広瀬健太郎助教が一緒に書いた論文の一節を紹介して、今回の終わりとします。「国家が憲法という一片の文書をなぜ政治の中心に据えるのかという問いは、なぜ世界から戦争がなくならないのか、あるいはなぜ革命や民主化といった大きな政治変動が起こるのかといった問いと並んで、きわめて重要な問題である」。


大石格(おおいし・いたる) 日本経済新聞編集委員。1961年、東京都生まれ。東京大学法学部卒。国際大学国際関係学科修士課程修了後、1985年に『日本経済新聞社』入社。政治部記者・那覇支局長・政治部次長・ワシントン支局長として、様々な歴史的場面に立ち会ってきた。現在の担当は1面コラム“春秋”・2面コラム“風見鶏”・社説等。


⦿日本経済新聞電子版 2017年1月18日付掲載⦿

スポンサーサイト

テーマ : 憲法改正論議
ジャンル : 政治・経済

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR