【2017・問う】(05) 日本の針路、トランプ政権とどう付き合う――五百旗頭真氏(熊本県立大学理事長)

20170201 10
戦後、世界の秩序はアメリカが作った。その下でアメリカは他国と共存し、必要な時には自ら指導力を発揮してきた。その在り方を露骨に罵倒するドナルド・トランプ次期大統領の登場で、世界には今、“何でも起こり得る”という緊張感が漂っている。しかし、アメリカの対外政策には3つぐらいの大きな軸があり、そこから考えると、それほど慌てふためくことはない。一番基礎にあるのは、利益の体系だ。アメリカの経済的利益を確保しようとする外交で、「自由貿易により、相互利益を得る制度を作ることが国際秩序の根底だ」という考えだ。2つ目は、“価値の外交”だ。「人類の普遍的価値である民主主義の為に、戦いすら辞さない。その旗を高く掲げることが立派なことだ」という民主主義外交だ。3つ目は、力のバランスを大事にし、秩序を力で覆そうとする者を抑止する外交だ。秩序維持者としての責任を、アメリカはよく果たしてきた。トランプ氏の発言は、「あれはけしからん」といった単純で直情的なものが多いが、言っていることは歴代の大統領とあまり違わない。過激派組織『IS(イスラミックステート)』を壊滅させるというのは、アメリカらしい秩序観の表れだ。中国を挑戦者と捉えて、台湾問題で揺さぶりをかけ、軍拡を断行するのも、伝統的な力の外交であり、然程不思議ではない。彼は、アメリカ外交の3つの基軸から価値観外交を引いたものに沿って動くと考えられる。アメリカの歴代政権は、初めは中国にきつく当たることが多く、政権初期には事件が起きる。ブッシュ前政権では米中軍用機接触事件が起き、アメリカ軍機の乗員たちが中国当局に一時拘束された。オバマ政権でも、アメリカ海軍の調査船が中国艦船から航行妨害を受ける事件が発生した。中国は、衝撃を与える事件を起こしては、アメリカを対話に引き入れることをよくやる。今の中国は、トランプ政治の本質を見極め、対応戦略を見い出すのに懸命だろう。心配なのは、アメリカが親露政策に転換した場合の影響だ。トランプ氏がロシアとの一面的な友好協力にのめり込んだ場合、安全保障ではアメリカ頼みのバルト3国・ウクライナ・ポーランド等が、「アメリカは当てにならない」と失望し、ヨーロッパの大変な動乱を起こしかねない。

トランプ氏は日本に関して、「日本がもっとお金を払わなければ在日アメリカ軍を撤退させる」との意向を示していたが、私の知る限り、大統領選で当選後はそういうことを言っていない。彼自身にそういう情念はあるとしても、国防長官に指名したジェームズ・マティス元中央軍司令官らが、「日本はホストネーションサポート(在日アメリカ軍駐留経費の日本側負担)を同盟国の中で最もやっている」と説明するだろう。彼ら元軍人は、日本に対して「もっとカネを出せ」ではなく、「日本の役割をもう少し拡大し、必要な安全保障上の活動があったら協力してもらいたい」というほうに傾くと思う。言われるまでもなく、安倍政権はその方向に動いている。特に、中国の東シナ海等での活動に対し、海上保安庁を含めてかなりの態勢強化をしている。中国の国防費は、この10年で約3.4倍に大膨張している。日本の防衛費は横這いか減少傾向が続いてきたが、安倍政権になって流石に「これではいけない」と、自衛隊や海保の能力強化に力を入れた。自衛隊は地対艦ミサイル(SSM)を多く持っており、日本の島を奪おうとする相手国の艦船を無力化する力はある。だが、例えば北朝鮮が核ミサイルを日本に撃ち込もうという時、その発射基地を叩く能力は無い。日本への攻撃に対する“拒否的抑止力”として、日本が巡航ミサイル等の対地ミサイルを持つべきかどうか、今後は相当議論せざるを得ないだろう。日本は安全保障法制で、日本の平和に重大な影響を及ぼす“重要影響事態”は後方支援を行い、アメリカ軍等への攻撃で日本の存立が危うい場合には、集団的自衛権を行使することを可能とした。その適用を現実に考えねばならない事態が起きないままで済むだろうか。トランプ氏には、発言では衝撃を与えても、実際には任命した閣僚らを使い、戦争に至らざる方法で妥当な決着をつける手腕を見せてほしいところだ。トランプ氏は勘のいい人だから、就任後、半年ぐらいで軌道修正を始める可能性がある。『環太平洋経済連携協定(TPP)』は、アメリカの対中戦略として、中国からの輸入品に高い関税をかけるより、遥かに合理的だ。トランプ氏自身か次の政権によって、アメリカのTPP批准がやり直しになることに、日本は準備しておいたほうがいい。幸い、安倍首相はトランプ氏と話ができる。「アメリカ無くして世界は成り立たない」と称え、励ましながら、国際秩序への責任感を自覚してもらうことが大事だ。アメリカが秩序への役割を果たせば、日本はその横で良き“介添え役”ができる。中国や韓国、東南アジアの国々にトランプ氏の考えを説明する立場になれば、日本の存在感も高まる。日本の首相がアメリカの大統領と格別な間柄になり、アジア太平洋でコーディネーター的な役割を務めれば、日米同盟の値打ちは上がる。戦後、それを非常に意識して実行したのが、岸・佐藤・中曽根元首相だった。今回も、日本らしい外交を、アメリカとアジアの双方に対してやる機会だと思う。 (聞き手/編集委員 福元竜哉)

20170201 11
■アメリカからの“自立”は危険  三浦瑠麗氏(国際政治学者)
アメリカがアジアへの関与を弱める流れは、次期大統領が共和党のドナルド・トランプ氏でなくても止められない。民主党予備選で旋風を起こしたバーニー・サンダース上院議員の若い支持者に開くと、「アメリカが“帝国”の座を降りる必要はないが、社会保障拡充の為に国防予算を“適正化”し、他国の紛争に関わらないべきだ」と言う。当然、海外基地の優先順位は低くなる。イギリスが財政上の理由で“帝国”の座から降りた歴史に似ている。国防予算の適正化には軍備の現代化の要請が絡む為、削られるのは古い通常兵力だ。アジアは、アメリカの核以上に通常兵力に抑止力を頼ってきた。それが削減されれば、自衛隊を含め、各国の通常兵力の増強が必要になる。注意すべき点は、“反米ではない防衛力の強化”にすることだ。冷戦時、日本の保守派が軍事同盟を悪と見る国民感情にも配慮して使った「日米同盟無しで日本を守れない。これは必要悪だ」という論理は、冷戦後も残った。だが、アメリカがアジアに提供してきた軍事力や巨大市場を“必要悪”と言えば、トランプ政権は背を向けかねない。今もアメリカの存在はアジアに欠かせず、日本がその軍事力も市場も肩代わりできない以上、対米ナショナリズム由来の“自立”の考え方は危うい。

現代の安全保障は、通常兵力・核抑止・サイバー&宇宙の3段構造だ。サイバー攻撃の存在を前に、日本だけが無人島のように“中立”で暮らせない。3段構造を支配する国が中国とアメリカのどちらがいいかを考えれば、“対米自立”という答えにはなり得ない。今、引っ込み思案になっているアメリカをアジアに引き出す為には、日米同盟を“必要悪”として語るのでは駄目だ。また、北朝鮮の脅威を考えれば、引き続きアメリカの核もこの地域に必要であることは確かだ。今年の国際情勢では、米露援近と日本が介在した米朝対話を予想する。『G8(主要8ヵ国)』からのロシア追放は、アメリカの失敗だ。大統領選で共和党も民主党のヒラリー・クリントン氏も、ロシア脅威論を無批判に前提とした強硬論を主張していたが、ロシアを取り込もうとするトランプ氏の主張のほうが現実的だった。北朝鮮問題でも、日本や韓国を挙げて「同盟国全ては守れない」とした発言は、共和党討論会で他候補が「北朝鮮の体制転換を目指す」と発言したことに対する反論という文脈抜きには語れない。体制転覆を図れば、在日アメリカ軍基地が狙われる。クーデターが起きても、より悪い体制が生まれる恐れがある。トランプ氏の発言には、それを求める政策は現実的でなく、「日本が北朝鮮を恐れているなら、防衛予算の増額や対話を行うべきだ」との含意もあった。アメリカを“主敵”と見る金正恩政権の核ミサイル開発のやり方は、無謀にも「アメリカとの相互確証破壊まで進めよう」という強い意図を感じる。だからこそ逆に、トランプ政権の態度次第で対話に転じる可能性は十分にある。北朝鮮の脅威は、暴発リスクに加え、精度の低いミサイルが日本に誤って落下する恐怖もある。安倍政権が米朝の仲介役を果たす必要があるだろう。 (聞き手/編集委員 伊藤俊行)

20170201 12
■子育て・就労両立期を優遇せよ  大西隆氏(『日本学術会議』会長)
人口減少が危機的な事態を迎えていることを示す統計が、昨年末に公表された。人口動態統計の年間推計で、昨年生まれた子供の数が98万1000人と、統計を取り始めた1899年以来、初めて100万人を割った。このままでは、2040年頃からは年間100万人単位で人口が減り続けることになってしまう。これに対して安倍政権は、2060年に1億人程度の人口維持を掲げた人口減対策を推し進めている。しかし、人口政策自体は決して目新しい取り組みではない。過去には、大都市部の過密や地方の過疎の解消が政策課題となった。更に、1990年代以降には、経済支援や保育所整備といった少子化対策が断続的に打ち出されたが、成果は上がらなかった。これまでの失敗を糧とすると、今後は生活スタイルの改革にまで踏み込んだ大胆な政策でないと、少子化対策の実効は上がらない。先ず、男女のライフスタイルを抜本的に改めるべきだ。出産に適した20代・30代前半を学業、そして結婚・出産・子育てと就労との両立期と位置付ける。

この時期は残業をせずに、定時に帰り、休日出動もしない。女性だけが育児をするのではなく、男性も同様に労働時間を減らし、育児を担う。共働きならば、長時間労働をしなくても一定の所得が確保できるだろう。若い時に家庭重視とする一方で、長寿化に合わせて定年を延長してもよい。勿論、働き方は個人の価値観や生き方に関わる。政府も“働き方改革”を掲げるが、理解を浸透させ、持続的な制度とする必要がある。働き方改革のきっかけを安倍政権が作ることができれば、大いに意義がある。2017年は、2016年に顕在化した出生数や自然減等の人口減現象が更に深刻になるだろう。日本の活力を維持する為には、少子化に歯止めをかける必要がある。先ずは、少子化対策・働き方改革を着実に進めなければならない。人口減に適応した社会作りも必要だ。郡市部でも人口減が進む。地域の活力を保つには、行政や学校等の町の機能の集約化が欠かせない。人口減問題では、外国人労働者や移民の受け入れも課題となる。アメリカ大統領選では、トランプ次期大統領が移民の“排斥”を強調した。移民の国であるアメリカは、原則として移民に門戸を閉ざしてきた日本と対極にあるが、単純労働で賃金の低い移民を受け入れれば、格差が徐々に社会全体に広がり、不安定になる。日本としては、そのような事態は避けるべきだろう。一方で、高齢者は増え、若者は減る為、介護等の担い手が今後不足するという厳しい現実もある。一定の技能を持つ外国人労働者の受け入れは止むを得ないだろう。その場合も、外国人労働者は技能を学んだ後に自分の国に帰り、社会に貢献するべきだ。 (聞き手/編集委員 阿部文彦)

20170201 13
■負担能力に応じた課税の徹底を  三木義一氏(青山学院大学長)
トランプ氏の勝利は、民主主義の1つの欠陥を示した。民主主義は1人1票の多数決が原則だが、“少数派の権利を守る”という最低限の約束事がある。ところが、その約束事を「守らない」と宣言した人が多数決で選ばれた。実際の政策がこれまでの言動通りなら、アメリカの民主主義は危機に陥る。インターネットが民主主義を揺さぶっている面もある。新聞のようなメディアは誤報をすると名誉が傷付き、経済的にも損失を受ける為、慎重に報道する。しかし、インターネットは権力の統制から自由な反面、どんな偽情報も流す。本音も発信し易く、過激な発言が受ける。「自分さえ良ければいい」との発想が広がり、社会的連帯が薄れる。文明社会の落とし穴と言える状況だ。格差拡大の問題も世界を覆う。「経済成長すれば格差は縮小する」というのが定説で、今も日本を含む多くの国で政策の基礎になっている。ただ、その為には負担能力に応じた課税の徹底が不可欠だ。アメリカではロナルド・レーガン政権時に大減税が行われ、富裕層は恩恵を受けた。「富裕層の消費拡大で庶民も豊かになる」と考えたが、現実には格差が拡大した。トランプ氏は、この路線を引き継ごうとしている。更に、経済のグローバル化で富裕層のお金は国境を越え易くなり、租税回避地(タックスへイブン)に逃げることができる。

このままでは、国の税金を中低所得者ばかりが負担することになりかねない。トランプ氏も唱える法人税率の引き下げが世界で加速すれば、各国の税収は減る。低所得者の支援は難しくなり、所得再配分の仕組みは崩壊するだろう。税制の国際協調が望ましいが、税は国家主権の象徴で、『ヨーロッパ連合(EU)』ですら統一できていない。ヒントは、ヨーロッパ10ヵ国が導入を目指す“金融取引税”だ。参加国を広げ、富裕層を対象に、国境を跨ぐ金融取引に課税すれば、大きな税収が得られる。ヨーロッパでも意見が割れているが、日本が参加し、導入を後押しすることができないものか。アメリカ追随だった日本の政策は、トランプ政権で変わる可能性がある。アメリカに気兼ねせず、世界を主導する政策が取れる。紛争地域の子供を救う難民受け入れにも手を挙げるべきだ。日本国内も改革の余地は大きい。税制では、国際的にみて国民の税負担は軽いのに、皆が重税感を持つ。制度が複雑で予算配分や税制改正の決定過程が不透明な為だろう。過程を透明化し、国民にわかり易い資料を示す。それを、政府から独立した第三者が評価する仕組みが必要だ。税制の大枠では、与党は選挙を意識し過ぎる。廃止が論議された配偶者控除は、いつの間にか拡大になり、消費税の引き上げは2度も延期された。50兆円ほどの税収で100兆円近い予算を使う社会は持続できない。政治家は進む道を正しく示すべきだが、1人1票の民主主義では、政策より当選が目的になり易い。1票を正しい方向に使う為に、国民自身の学習と理性も求められる。 (聞き手/編集委員 佐々木達也) =おわり


⦿読売新聞 2017年1月7日付掲載⦿

スポンサーサイト

テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR