【「佳く生きる」為の処方箋】(37) 症例数は外科医の道しるべ

何例手術をしたか――。外科医にとって症例数は、単なる数字を超えた一種の“道標”のような意味合いを持っています。駆け出しの頃、先輩の外科医にこう言われました。「天野君、600例を超えたら一皮剥けるよ」。しかし、600例手術をしても何も変わりませんでした。やっと違う景色が見えてきて、節目のように思えたのは3000例を超えた辺り。11年間勤めた『新東京病院』を離れて、『昭和大学横浜市北部病院』の教授になった頃で、多少なりとも、これまでを振り返る余裕ができた時期でもありました。3000例から得られたものは“大局観”でした。手術がこの先どう展開するか、どんな結果に至るか。全体の方向性・流れ・起承転結のようなものが自然と見えるようになってきたのです。“経験の目”と言っていいでしょう。ただ、この時点では未だ、手術に対する“怖さ”がありました。かなりの確率で先を読めるようにはなったものの、それでも何が起こるかわからない。見えない壁がある。「どれだけ準備して臨んでも、太刀打ちできないことが起こるのではないか…」。そんな恐怖です。実際、この時期には、心臓の機能が著しく低下した患者さんを手術し、術後4日目に亡くしたことがありました。果敢に挑んだ手術でしたが、「自分の力不足で患者さんを失った」と本当に打ちひしがれました。「踏み込んではいけない領域がある。医師にも、患者さんにも、手術にも限界はある」。そのことを認めざるを得ない経験となりました。手術数が4000例になっても、未だ自らの見極めの甘さを痛感することがありました。「これだけやっても、そんなことがわからないのか」と自問自答する訳です。

漸く5000例を超えた頃でしょうか。次なる景色が見えてきました。「俺はプロの心臓外科医だ」と、誰に対しても言えるようになったのです。世の中では、年間50例手術をすれば一人前の心臓外科医と見做されます。30年続けても1500例。私からしたら、こんな症例数で“この道のプロ”等とは到底言えません。6000例を超えたのは55歳の頃でしたが、“6000”という数字にはずっと思い入れがありました。「心臓外科医としてやっていける」という手応えを掴んだ30代前半、「6000人の手術をする」と心に決めたからです。当時、有名だった心臓外科医が生涯で約3000人の手術をしたことを知り、「ならば、俺はその倍の6000人だ」と直感的に思ったのです。この辺りからでしょうか。手術に対する恐怖感が無くなりました。勿論、人間の体ですから、「何が起こるかわからない」という“畏れ”はあります。“生命への畏怖の念”と言い換えてもいいでしょう。ただ、「ミスをするんじゃないか」等といったネガティブな怖れは無くなった。恐怖感があると本来の力を発揮できませんから、心臓外科医として一皮も二皮も剥けた気がしました。現在、症例数は7500例ほどに達しました。剣豪は、相手が強いほど「立ち向かいたい」と思い、どんな難敵が目の前に現れても動じない。今の心境は、それに似ているかもしれません。「病状が重く、他の病院で受け入れを断られた」「『手術ができない』と宣告された」――。私も、そういう難しい症例ほど闘志が湧きます。勿論、闇雲に戦うのではなく、時には“踏み込まない”という選択があることも心得ています。残りの外科医人生で、後どのくらい手術をすることになるのか。最終的な症例数が幾つになるかわかりませんが、次はどんな景色が見えてくるのかと今から楽しみです。


天野篤(あまの・あつし) 心臓外科医・『順天堂医院』院長。1955年、埼玉県生まれ。日本大学医学部卒。『亀田総合病院』『新東京病院』等を経て、2002年に順天堂大学医学部心臓血管外科教授に就任。2012年2月18日に天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀。2016年4月より現職。著書に『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)・『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』(NHK出版新書)等。


キャプチャ  2017年2月2日号掲載
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