【変見自在】 黄色い重荷

韓国の人は、「日本は大陸制覇の足掛かりに半島を植民地にした」と言う。でも、誓って言う。日本は昔からこの半島が鬱陶しく、「できれば縁を切りたい」と思ってきた。その訳を、筑波大学の古田博司先生は「100年前、そこは古代だったから」と端的に説明する。そこの国は、昔から日本に矢鱈纏わり付いた。室町時代。あちらで言う世宗の時代に3度、使いがやって来た。本当はその何倍もが試みたが、大した船も無いから、殆どが対馬海流の藻屑になった。辿り着いた最初の使いは、鍍金や紙漉きのやり方、それに灌漑の水車の作り方を知りたがった。親切に教えてやった。暫くして、また苦労してやって来た。「今度は何を学びたいのか」と聞くと、頭を掻きながら「前に教えてもらった水車の作り方等をもう一度教えてほしい」と言う。直ぐ忘れる国民性だった。で、また教える。それを江戸時代まで繰り返した。明治になって行ってみたら、水車も無ければ木の桶も無い。土器で煮炊きする“古代”が広がっていた――という次第だ。進歩どころか退行していく民。それが日本人的に嫌だったが、ただ彼らの棲む半島は日本の脇腹に突き付けた匕首に似る。その地政学的存在故に、日本は支那やロシアと戦争をする羽目になった。「鬱陶しい上に剣呑な古代人とは、もう縁切りしかない」と日本人は心に決めた。しかし、それを阻んだのがセオドア・ルーズベルトだった。彼は日露戦争の後、在朝鮮のアメリカ公館を閉め、外交官を引き上げてしまった。大使の一時帰国どころの騒ぎではなかった。朝鮮側は驚いた。「翻意して」と頼んだが、セオドアは「お前たちには自治の力もない。日本に面倒を見てもらえ」と言った。彼は更に、「日本がそうすることは白人の重荷ならぬ黄色の重荷を担う日本の明白な使命だ」(J・ブラッドレー『テディが日米戦争を起こしたのか』)と言った。

“白人の重荷”とは、ジョゼフ・ラドヤード・キップリングの詩にある言葉だ。「白人は、野蛮で幼稚な未開人の地に行き、彼らを啓蒙しろ。それが文明の民、白人の担った崇高な使命だ」と。で、どう啓蒙するのか。この大統領発言と同じ時期、アメリカの下院議員であるジョージ・フォスがマニラで演説している。「我々は神に課せられた義務として無能なフィリピン人に自由と独立の素晴らしさを教えねばならない。偉大な建国の父がニューイングランドで原住民に行った啓蒙の作業をここでもう一度やるのだ」(渡辺惣樹『日米衝突の萌芽』)。“ニューイングランドでの建国の父”とは、例の“丘の上の町”を語ったジョン・ウインスロップを指す。彼がそこでやったのは、インディアンを殺して丘を奪い、その死骸で丘の下を埋め尽くすことだった。マニラでも、アメリカ人は同じように、植民地化に抗う原住民を殺しまくった。啓蒙とは、目障りな者たちをぶち殺すことだった。しかしセオドアは、「日本人が白人式の啓蒙をする」とは信じていなかった。「日本人は、“無能で野蛮で、集まれば争い、分裂する朝鮮の民”でも本気で教え導こうとするだろう。それは、文字通りの“重荷”になる。日本の国力を十分に消耗させる」と読んだ。その読みは当たった。日本は国費を注ぎ、彼らに戸籍と教育と文明を与えた。世宗が仮名に倣って創った諺文も掘り出して教えた。「“ケンチャナヨ(いい加減)”も嘘も悪いことだから止めなさい」と論した。しかし、日帝支配が終わると、彼らはセオドアの言う通りに直ぐ争い、分裂した。ケンチャナヨも直ぐ復活し、漢江に架かる橋が落ち、デパートが崩壊した。先日は、韓国工芸界の泰斗とかいう李七竜が、「螺鈿は日帝支配時代に韓国の職人が日本に教えた」と言い出した。螺鈿は、そっちが鍍金の技術を学びに来た時に見せてやった。「嘘はダメ」と教えたのも無駄だった。日本は大使一時帰国を機に、今度こそ果たせなかった絶縁を考えたい。


高山正之(たかやま・まさゆき) ジャーナリスト・コラムニスト・元産経新聞記者・元帝京大学教授。1942年、東京都生まれ。東京都立大学法経学部法学科卒業後、産経新聞社に入社。警視庁クラブ・羽田クラブ詰・夕刊フジ記者を経て、産経新聞社会部次長(デスク)。1985~1987年までテヘラン支局長。1992~1996年までロサンゼルス支局長。産経新聞社を定年退職後、2001~2007年3月まで帝京大学教授を務める。『高山正之が米国・支那・韓国・朝日を斬る 日本人をますます元気にする本』(テーミス)・『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった!』(ワック)等著書多数。


キャプチャ  2017年2月2日号掲載
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