【ニッポン未解決事件ファイル】(06) 『3億円事件』(1968)――自殺した少年・Sが所属していた『立川グループ』への消えない疑惑

1968年12月10日、東京都府中市で、現金輸送車が警察官に扮した偽の白バイ男に襲われ、現金3億円が奪われる強盗事件が発生。延べ16万人の捜査員と10億円の捜査費用が投入されたが、遂に犯人は特定できず、公訴時効が成立した――。 (取材・文/フリージャーナリスト 李策)

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東京都府中市栄町にある学園通り。高さ3m以上の白い塀が続く通りの近くには高校や小学校があり、生徒らの歓声が響く。そこから約500m離れた場所に、『東芝』の府中工場がある。1968年12月10日、同工場従業員のボーナス約3億円(正確には2億9430万7500円)分が入ったジュラルミンのトランク3個が、輸送中の現金輸送車から奪われた。世にいう『3億円事件』である。当時の3億円は、現在の貨幣価値では約10億円に当たり、国内の単一事件としては空前絶後の被害額だ。その大胆不敵な犯行の伏線は、この4日前に引かれていた。同年12月6日、『日本信託銀行』(現在の『三菱UFJ信託銀行』)国分寺支店長宛に脅迫状が届く。「翌日の17時までに指定の場所に現金300万円を女性行員に持ってこさせないと、支店長宅を爆破する」との内容だった。当日、警察官約50名が指定の場所に張り込むが、犯人は現れなかった。そして10日午前9時30分頃、疎らな雨の中、同支店から東芝府中工場に約3億円を運んでいた現金輸送車(セドリック)が、府中刑務所沿いの学園通りに差しかかったところで、1台の白バイにより停車を命じられた。若い白バイ警察官は、「巣鴨の支店長宅が爆破された。この車にも爆弾が仕掛けてあるかもしれない」と、運転手ら4人を車から降ろした後、輸送車のボンネットの下に潜り込んで発炎筒を焚き、「ダイナマイトだ! 逃げろ!」と叫んだ。4人が避難すると、警察官はセドリックを運転して走り去ってしまう。4日前の脅迫状の一件を知っていた行員らは、白バイ警官の制服と振る舞いにも圧倒され、セドリックが走り去るのを見ながら「爆弾から遠ざける為に退避させた」と勘違いし、「勇敢な人だ」と思った。しかし、発煙筒が自然鎮火すると、偽装白バイのお粗末な正体が目に入った。

当時の白バイは『ホンダ』製なのに、目の前にあるのは『ヤマハ』のバイクだった。スピーカーに見せかける為に市販のメガホンを取り付け、書類箱の代わりにクッキー缶がガムテープで固定してあった。これに気付いた行員らは、直ちに警察に通報。同9時50分には、東京都全域に緊急配備が敷かれた。ところがこの後、捜査は後手に回っていく。緊急配備の対象となったのは、現金輸送車として使われていた黒塗りのセドリックである。しかし、この車は事件直後、近くの木立に乗り捨てられていた。犯人は逃走用のカローラにジュラルミンケースを積み替え、緊配の網を潜り抜けたのだ。このカローラは、ナンバーが“多摩・5・ろ・3519”だったことから“多摩五郎さん(いつ行く)”と呼ばれ、警視庁は連日、無線でパトカーに「多摩五郎の発見に努めよ」と指示を出す大捜査網を敷いた。結局、カローラは翌1969年4月、数㎞先の小金井市内の団地で発見される。検証したところ、犯人はその車も事件直後に乗り捨ててていたと判明。大捜索綱は無駄骨だったとわかった。一方、犯人は124点にも上る大量の遺留品を残しており、当初は犯人逮捕に楽観的なムードもあった。例えば、犯人のものと思われるハンチング帽の出荷数は54個と少なく、偽装白バイに取り付けられていたメガホンの出荷数は、更に少ない5個。特にメガホンについて、警察は4個まで所在を特定。残り1個は盗難に遭っており、これが犯行に使われたものと思われた。しかし、その他の遺留品の殆どは、大量生産の壁に阻まれて、有力な手がかりとなっていない。中には惜しいものもあった。白バイのスピーカーの白ペンキの下に付いていた5㎜大の新聞紙片だ。配達先がわかれば、犯行準備に使われた“アジト”に直結する可能性があった。当時の警視庁科学検査所文書鑑定室は、これが事件4日前の同月6日付サンケイ新聞13版の婦人面だったと突き止める。ところが、この時点で事件発生から2年数ヵ月が経過していた。新聞販売店の配達先(順路帳)の保存は2年間で、完全に手遅れだった。警察は他方、大量の捜査員による人海戦術も展開。事件現場となった三多摩地区のアパートに対しては全室への無差別聞き込みが行われ、少しでも疑いを持たれた者の数は十数万人に及んだ。その中には当時、事件現場前にある都立府中高校に在籍していたタレントの高田純次や、歌手の布施明の名前もあったとされる(※何れも事件とは無関係)。

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こうした捜査の中で、犯人像は様々なものが浮上した。代表的なのが、近隣の立川市で車両筋盗を繰り返していた非行少年グループ(通称『立川グループ』)。リーダー格の少年・S(当時19)は、父親が白バイ隊員で、事件前に東芝や『日立製作所』の現金輸送車を襲う話をしていた等の状況証拠が浮かんだ。また、本人は事件5日後に青酸カリ自殺をしているのだが、警察にその顔を見せられた銀行員4人が「似ている」等と供述。これを受け、警察は少年に酷似したモンタージュ写真(左画像)を公開した。その後、警察は脅迫状の筆跡や、切手に付着した唾液の血液型が異なっている等の理由で、この少年Sについて“シロ”と判断している。立川グループからは別のメンバー(当時18)のXも容疑者として浮上し、警察の最後の捜査対象となったが、結局、逮捕には至っていない。尤も、何れのシロ判定も“単独犯ならば”というもので、警察は結局、単独犯か複数犯かも断定できなかったことになる。他に容疑者とされた人の中には、無実でありながら新聞により「容疑者聴取へ」等と実名で報道され、家族と職を失い、後に自殺したケースもあった。こうして日本中を騒がせた事件は、1975年に公訴時効が成立。1988年に民事事件としても時効となる。因みに、日本信託銀行国分寺支店は事件前、『日本火災海上保険会社』に電話をかけ、保険料1万6000円の現金輸送保険に加入。日本火災海上は国内20の損保会社と再保険を結んでおり、20社は更に海外の損保100社と再保険契約を交わしていた。3億円は海外の損保が負担したことになり、国内ではどの金融機関・企業も損失を負わなかった。


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