【風俗嬢のリアル】(01) シズカ(30)の場合――今日最初の客はミツバチ農家

20170203 09
シズカは長身の身体をスッと伸ばし、コンビニで『週刊少年ジャンプ』を立ち読みしながら待っていた。平凡なナチュラルメイクに、腕までかかる長い黒髪。白く細い身体にグレーのコートを羽織り、バッグを1つ肩にかけていた。コンビニのガラス越しに見えるシズカは、端正で特徴の無い顔ながら、どこか浮世離れした空気を放ち、観光客にも地元の人にも見えないが、特に目立つこともなく、不思議とそこに馴染んでいた。遅れて来た私が謝りながら近付くと、シズカは大袈裟な笑顔を作り、「続きが読めて丁度よかった」と言って、ジャンプを棚に戻した。ここは、山口県の観光名所『湯田温泉』。彼女は、全国の風俗店を渡り歩きながら、日本一周の旅をしている風俗嬢だ。今はこの地で、10日間ほどの予定でデリへル嬢をしている。山口市に位置する湯田温泉は、その名の通り温泉のメッカだ。山口宇部空港から山口市内をバスで1時間半ほど走り、“おいでませ山口 歓迎 湯田温泉”と書かれた門を潜ると、辺りは途端に温泉旅館やホテルの建ち並ぶ観光地へと変わる。メインの大通りでバスを降りると、直ぐ目の前に湯気の立ち込める足湯があり、向かいには山口の銘酒『獺祭』を扱った日本家屋の酒屋が見える。小道に入れば、『中原中也記念館』や観光案内所が現われ、お酒落なバーや居酒屋が建ち並ぶ。公園や商店街等、其処彼処に源泉掛け流しの無料の足湯が併設されており、足湯巡りをする観光客で賑わっていた。しかし、そんな観光気分が味わえるのもほんの一部。道を進んでいくと、いつの間にか華やかさは薄れ、JR山口線の湯田温泉駅まで歩けば、付近はほぼ民家。駅の横に足湯があるのを最後に、観光モードは一変する。

線路を跨いだ駅の反対側はもう住宅地で、畑・家・山・川といった田舎の風景が広がっていた。早めに湯田温泉に到着して足湯に浸かったものの、私は直ぐに退屈して、適当に時間を潰した後、宿泊先のホテルで仮眠を取った。気付けば、待ち合わせ時間はとっくに過ぎ、慌ててホテルを出たのだった。シズカと知り合ったのは、4年ほど前だろうか。写真家として活動する私のウェブサイトに、彼女が被写体希望のメールを送ってきてくれたことがきっかけだった。当時、シズカは関東にあるSMクラブで働いていて、「何も物が置いていない部屋に住んでいる」と言っていた。社交的で、よく笑い、よく喋るのに、「友だちは1人もいない」と話し、実際に他者を必要としていないように見えたのが印象的だった。そこはかとなく品があり、真面目な性格が見て取れ、風俗魔として生きていくことに強い決意のようなものを感じさせた。その捉えどころの無さと風変わりな生き方に惹かれ、私は直ぐに撮影した。シズカは、裸になることに何の抵抗も無く、まるでそれが自然であるかのようにカメラの前に立ち、寒さにも動じず、無邪気に動き回った。出来上がった写真は、裸よりも訴えかけるような目にインパクトがあり、見た人は皆、「顔がいい」と言っていた。「旅に出る」という話はその頃からしていたけれど、気付くとシズカはバックパッカースタイルで、年に及ぶ世界一周の旅を終わらせ、日本一周の旅を始めていた。一度、世界一周を終えた後に東京で会ったことがあるけれど、旅の感想を聞くと「何か面白いことあったかな? 普通ですよ」と言った後、インドで宿主とSMプレイをして、宿代をタダにしてもらった話を教えてくれた。シズカは、今時の若者にありがちなSNSやブログによる他者への情報発信も行わず、人知れず旅を続けている。私との関係もメール1つで繋がる危ういものだが、ふいにいなくなってしまいそうな気配を漂わせつつ、シズカはどんなに遠くにいても、いつでも直ぐに返信をくれた。その安心感から、意外にも会おうと思えばいつでも会える気持ちで交友は続き、撮影も何度かしていた。「次の春が来たら、日本一言を始めて丁度2年になりますね」。シズカは手帳を見ながら言った。世界一周を含めれば約3年ほど、家の無い生活を送っていることになる。1ヵ月ほど前に私が連絡した時は、シズカは岡山で働いていた。どのタイミングで会いに行くか考えているうちに広島に移動し、「生理が始まった」というので、島根に移って観光だけしていたという。そして今、山口に来て4日目である。「取り敢えず、日本1周目は短い期間でパパッと回って、2周目行く時に気になったところを重点的に行こうと思っています」。“2周目”という話が出て驚いた。シズカは表情を変えず、当たり前のように言っている。もうすぐ終わるのに、またスタートするのだろうか。しかし、彼女が言うなら、本当にそうするつもりなのだろう。

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「途中から『2周するだろうな』という感じには思っていました。1周目で働いていなかった県で働くか、それともまた同じところに行くかは決めてないんですけどね」。シズカが1つの店で働く期間は、最低でも1週間、長くて1ヵ月。在籍期間中は毎日働き、その県の観光を終わらせると、次の県の風俗店へ移動する。宿泊場所は、主に風俗店の寮だ。寮は、女の子の待機室を兼ねているところもあれば、丸々1部屋宛がわれることもあるという。テレビ・べッド・冷蔵庫・洗濯機が完備され、稀にキッチンに鍋と包丁も用意されているという。調理器具があれば、シズカは自分で調理し、無ければコンビニやスーパーでお弁当を買ってきて食べる。次の県での働き場所が決まると、キャリーバッグ1つを持って店を後にする。バッグの中には、普段着2着・仕事服3着(2着は清楚系、1着は胸元の開いたセクシー系)・仕事用の靴・下着類・タオル・ドライヤー・ハンガー・折り畳み傘・洗濯物を入れる紙袋・シャンプー・リンス・歯ブラシ・化粧品が入っており、ものは買わず、増えることもない。漫画を買えば前の店に置いていき、ジャンプは立ち読みで済ませるという。「一言で言うと田舎? 山に囲まれている」。山口の印象を訊ねると、シズカはそう答えた。更に突っ込んで聞くと、「うーん」と考えてからこう言った。「この辺はラブホテルが少なくて、お客様のいるホテルに向かうにも、20分は車を走らせて行くんですよ。車の窓から外を見ると、山や川、点々と家・田圃みたいな。お客様は今のとこ、地元の方ばっかりで、観光客の方はいないですね」。仕事を終えた後だからか、コートの下はグレーのトレーナーにべージュのパンツで、カジュアルな格好だ。左手には、実用的な黒の腕時計を嵌めている。派手でも地味でもなく、まさに“普通”だ。

シズカの勤めるデリへルは、駅の反対側に位置し、周囲を山に囲まれた長閑な住宅街の中にある。極普通の鉄筋コンクリート造のアパートの一室で、看板も出ていない。「外からは、デリへルの事務所が入っているなんて全然わからないですね。他の階には子供の傘とか置いてあったから、家族も住んでいるような普通のアパートですよ」。事務所の隣の一室が、女の子たちの待機室になっている。3DKの部屋にコタツ・テレビ・湯沸かし器・電子レンジ・冷蔵庫・石油ストーブ・簡易ソファが置いてあり、誰かが置いていった雑誌や漫画が散らばっている。ボックス棚には、女の子たちが使う仕事道具が詰め込まれ、壁には料金表と店のルールを書いた紙が貼られている。部屋の一部には、宣材写真を撮る為の簡易スタジオが作られ、襖で仕切られた隣の部屋は、出稼ぎの女の子たちが泊まる為の寮になっている。シズカはそこに宿泊し、他に寮を使う女の子がいない為、2段べッドを1人で使っていた。デリへルの営業時間は10時から24時。女の子たちは、働きたい時間に出勤すると、待機室で漫画を読んだりテレビを見たりしながら、仕事が入るのを待つ。予約が入るとスタッフに呼ばれ、車に乗って客の待つホテルへと向かう。接客を終えるとスタッフの迎えが来て、車に乗り、店に戻る。その繰り返しだ。店は、デリへルと人妻デリへルの2店舗に分かれており、30歳になるシズカは、その両方で接客していた。「ここで働いてる女の子は年齢層が高くて、一番若くて20代半ば。メインは大体、30~40歳ですね。山口県の人が殆どだけど、地元からは少し離れたいのか、車で30分くらいかけて通ってくる人が多いみたいですよ」。店のホームページを開くと、顔にボカシを入れた女の子たちの写真が煌びやかに掲載されていた。ミニスカートで脚を露わにし、どの子も細身で、一見すると若々しい20代に見える。「人妻店といっても、実際の人妻が働いている訳ではないだろう」と思っていたが、シズカは首を振った。「案外、リアル人妻のほうが多いですよ。若しくはバツイチで子育てしている方とか。今の店にいる子たちも、近所のお母さんみたいな人。髪染めて元ヤンっぽい人は多いけど、ブランド物も持っていないし、生活の為に働いているんだと思いますね。帰る時は化粧を落としている人もいるし」。勿論、シズカは人妻ではないが、一応、夢を壊さないように、客の前で人妻のふりをすることもあるようだ。人妻店を選ぶ理由は、そのほうが稼げるのと、客の質が良いからだという。

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しかし抑々、関東出身のシズカが地方の風俗店にいるというのは、客から見て違和感はないのだろうか? 「ところが案外、気付かれないんですよ。私が喋ると、『若しかして山口の人じゃない?』とは聞かれることありますけど、山口はあんまり方言が無いみたいで、語尾がちょっと違うくらいなんです。“~っちゃ”とか“~ほ”とか。方言で言ったら、山形とか青森は本当に聞き取れなかったので」。私が湯田温泉をブラブラ歩いていた時は、耳に入ってくる地元民の声に方言を感じたが、全国を回ってきたシズカには“無い”と言えるレベルなのだろう。この店で客の支払う金額は、60分コースで1万5000円ほど。女の子の手取りはその半分だそうだ。シズカは毎日7時間ほど待機し、1日2~3人の客を相手にしているという。「今日も行ってきましたよ、3本!」。シズカは嬉しそうに、指を3本立てた。この日も私と会う前に、朝10時から出勤していたという。どんなお客さんがいたのか聞いてみると、シズカはノリノリで答えた。「今日一番最初のお客さんは、『こんにちは、初めまして。今日は呼んで下さってありがとうございます』の“呼んで”の段階で、挨拶を遮るように『お尻できる?』って聞いてきて、『できます』って答えたら急に朗らかになりましたね。朝からお尻で2回しましたよ。その人はミツバチ農家さんでした」。ミツバチ農家とデリへル――。最もかけ離れたもののように感じるのは偏見だろうか。私の脳裏に、麦藁帽子と黒い網で顔を覆った男の姿が浮かぶ。「山口は野菜農家の人が多いですね。2~3人はいたかな。後は現場仕事の人。作業着で来るんですよ。カチッとしたサラリーマンは未だ見ていないですね」。地方を回っているシズカには、あまり特別な話でもないようで、どんな人がいたのか一生懸命思い出すように喋っていた。

ところで、シズカは稼いだお金を何に使っているのだろう。一見して高価そうなものは身に着けていないし、荷物を増やさない為に同じ服を着回している。店の寮に泊まるので、宿泊費もかからない。食事は、コンビニやスーパーで深夜に値引きされたものを買っているのだという。全く質素な生活だ。「お金は観光に使っています。バスや電車での移動費が結構かかるんですよ。地方に行くにつれて移動が長くて、しかも高い。特に山口はそう。湯田温泉から下関まで行くのに、電車で片道1時間半。それで1500円くらいいくのかな」。シズカは手帳を見せてくれた。スケジュールがぎっしり書かれた手帳には、その日の売り上げと使った金額が細かく書き込まれ、ちょっとした家計簿になっている。稼ぎの多さにも驚いたが、ざっと見る限り、出費はあまり無いように見えた。「贅沢とか殆どしない。ずっとそういう生活だったんで。逆に、散財する方って何に使っているんだろう? うーん、お金数えるのが好きなんで、貯めたいとかではないけど、1つの県で何万円か余ったら、そのまま銀行に入金っていう一連の動作が好きなんですよね。だから、お金に対しての執着はそこまでないと思う」。実際、働いている時間も、他の女の子に比べて少ないようだ。出稼ぎで来る子は12時間待機も普通だが、シズカは朝か夜のどちらか働いたら、もう半分は観光に使うのだという。「昨日は、昼からバスで秋吉台へ行って、青い湧き水の“別府弁天池”を観光しました。その後に、夕方から出勤ですね」。シズカにとって、風俗で働くことは“手段”だという。飽く迄も目的は日本一周にあり、観光ができなくては意味が無い。その県にいる間は毎日、このように活動しているという。抑々何故、山口の中でも湯田温泉を選んだのだろうか。素朴な疑問を投げかけると、「見たいものがあったから」と即答した。先ずは観光したい場所ありきで、一番移動のし易い場所を選ぶのだという。「湯田温泉では、女将劇場が一番の目的ですね」。想像もしていなかった答えを、シズカは真顔で言った。女将劇場とは、湯田温泉の旅館『西の雅 常盤』の女将が、宴会場で連夜披露している1時間ほどのショーのことだ。踊り・太鼓・マジック・水芸等、様々な演目があり、インターネットに上がっている画像を見るだけでも、女将のはっちゃけぶりが伝わってくる。誰でも無料で見学でき、旅館の前にはでかでかと“女将劇場”の看板が掲げられ、駐車場は満員。他のどのホテルよりも繁盛しているように見えた。「面白かった?」と私が聞くと、シズカは一瞬止まった。「う…う~ん。女将さんの魅力や熱量が凄かった。学生みたいなお手伝いの子が何人かいたけど、その子たちとの温度差も凄かったですね」。

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山口ではこれから、土日に走るSLを見て、『金子みすゞ記念館』に行き、下関で魚を食べ、巨大なパラボラアンテナが立ち並ぶ『KDDIパラボラ館』に行く予定だという。「世界遺産系より、B級スポット的な場所が好きですね。祭りは1年に1回しかないから、逃さないようにしています。後は花火とか体験系とか。牛乳が好きなので、牛乳だけはその土地のを飲むようにしています」。因みに、山口の前の島根では、生理期間中の為に働いておらず、1日目に出雲大社周辺を回り、2日目は巨大迷路『ドラゴンメイズ』と温泉に行き、3日目は『仁摩サンドミュージアム』と温泉、4日目は近所のおばさんと仲良くなって一緒に自転車で散策してきたそうだ。携帯電話には、各県の観光地で撮った大量の画像が保存されており、見せてもらうと、いくらスクロールしても終わりが見えないほどの量だった。意外にもシズカは、その場所その場所で知らない人と仲良くなっているようで、猟師のおじさんや土産屋のおばさん等と一緒に笑顔で写っている。孤高の一人旅だと思っていたが、印象は少し違った。観光が終わる頃には、シズカは次の県のデリヘルをインターネットで検索して探し、携帯電話で撮った顔写真をメールして面接を受ける。合格して出勤日の目処が立てば、今の店に別れを告げ、キャリーバッグ1つを持って移動する。シズカはそれを淡々とやっているが、毎日へトへトになりそうなスケジュールだ。その県の観光地で行きたい場所を探して交通手段を調べるだけでも大仕事だが、更に実際に観光地を回り、新しい風俗店で働いて、知らない場所で寝泊りしている。旅行に興味の無い私は、湯田温泉を1人でフラフラするのも退屈で、直ぐに飽きて帰りたくなってしまった。シズカは、知らない場所を転々と移動して、ストレスにならないのだろうか。「あー、もうずっとそういう生活なんで。 観光して仕事か、仕事して観光か。本当、超疲れて、超疲れて、世界一周の時もそうなんですけど、『感想を一言』って言われたら『疲れた』なんですよ。それ以外無い。楽しいとかじゃないんです」。一体、彼女は何故、旅を続けているのだろう――。 (取材・文/写真家 インベカヲリ★)


キャプチャ  2017年1月号掲載

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