【ブラック企業をブッ潰せ!】(09) 本質を見誤れば“もっと働く社会”が来る…改革頓挫なら人材の“定額使い放題”に

20170206 11
大手広告代理店『電通』の新入社員だった高橋まつりさんが過労自殺し、労災認定された問題が、“働き方改革”を巡る議論にも波紋を広げている。高橋さんが月100時間を超える残業をしていたことが報じられている。長時間労働の是正は、安倍晋三政権が掲げる働き方改革の検討課題でもある。今回の電通の事件を受けて、『日本経団連』が過労死や長時間労働の是正の声明を出した。だが、過労死や長時間労働が起こる真因から目を逸らして働き方改革を進めれば、“改悪”になる可能性もある。労働者視点・現場視点での議論が必要なのだ。今回の電通の過労自殺事件に関連して、同社が従業員を過重労働によって使い潰すブラック企業だと断じる議論がある。確かに、嘗ての電通は「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは」等の言葉で知られる『電通鬼十則』を体現したかのような猛烈に働く企業として認知されていた。しかし、電通に対するブラック企業のレッテル貼りで思考停止してはいけない。亡くなった高橋さんが所属していたインターネット広告関連の部署は、電通の中でも新しい組織で、課長も含めて中途入社・出向者中心の職場だった。保守本流の部署ではない。インターネット広告は日々、受発注・入稿・効果測定の業務があり、常に忙しい上、新しく覚えるべきことが常にある。クライアントからも常に、データ出しや出稿に関する依頼が来る。非定型な上、過剰な依頼が業務量を増やしていった側面もある。新人ならではの研修や雑務の時間もある。結果的に高橋さんの仕事量は増え、残業が月100時間を超えていった。ここで注目すべき点は、「仕事の絶対量とは、会社やその従業員だけで決まるのではなく、取引先によって決まる」ということだ。ブラック企業問題の解決の為には、企業だけでなく、その顧客・取引先・消費者との関係も含めて変わらなければならない。仕事を戴けることはありがたいことだが、顧客・取引先の頼み方やその絶対量によっては、外部の力によりブラック企業化していく。

大手広告代理店は、顧客から過大な要求を受け易い。依頼主にとっては広告に業績がかかっているし、巨額の広告費が動いている。クリエイティブの方針を巡って変更等も起き易い。会議にも大勢の関係者が出席する。その分、時間が取られるし、持ち帰りの業務も増える。金曜日の夕方に資料等を要求されることもしょっちゅうだ。故に、構造的に長時間労働化する。このような顧客・取引先との関係から生まれる仕事・業務の性質等の議論を抜きに、労働時間の上限規制だけを導入しても、仕事の絶対量は変わらないので、これまでと同じ仕事を短時間で熟さなければならず、却って労働の負荷や精神的なプレッシャーで潰れる人が増えるだろう。労働時間の上限規制には賛成だが、それを達成するシナリオまで含めて考えるべきだ。丸投げではサービス残業を誘発する。抑々、日本の雇用の間題点は、業務の範囲が規定されていない上に、正社員総合職なら誰でも昇進・昇格を目指す仕組みにある。前述したような問題は、このシステムに起因して起こっている。こうした“残業が生まれる真因”に踏み込まない今の政府主導の働き方改革のままでは、長時間労働が是正されないばかりか、仮に労働時間が短くなったとしても、労働者はストレスを抱えて働くことになる。「取引先との関係も含めて仕事の絶対量を見直し、“如何に働かせないか”ということを考え、抑々の労働社会をデザインし直す」という視点が必要なのだが、今の政府の議論を見ていると、そこまで踏み込む勇気が無い。もう1つ、働き方改革を進める上で重要な議論が、世の中全体で管理職層の負担が増しており、疲弊しているということである。理由の1つは、高い目標を背負っている上に、マネジメントする対象も多様化していることである。従業員の雇用形態は、正社員・非正社員・パート・派遣と様々だ。本来なら、企業経営者と共にリーダーシップを発揮して具体的に働き方改革を実行していく管理職層に、その余裕が無い。結果として、マネジメントが破綻してしまう。パワハラ体質になってしまう要因の1つとも言えるだろう。ところが、現政権の働き方改革は掛け声だけで、その為の具体的な方針は示さず、管理職に丸投げの議論になっている。つまり、「是正の為に管理職が頑張れ」と言っているに過ぎない。これらの課題にメスを入れない時間短縮策は、サービス残業を誘発する。その先にあるのは、もっと激しく働かなければならない社会、サービス残業が公に隠蔽される社会だろう。経済産業省等のリポートでは、「働き方のワークライフバランスやダイバーシティー(多様化)を推進している企業は業績がいい」という報告もがあるが、本当に働き方改革だけで業績が改善したかどうかは、よく検証しなければならない。成功事例とされるケースの一人歩きに注意するべきだ。そうでなければ、“働き方改革”という言葉に踊らされる危険もある。例えば、ある企業がダイバーシティーを推進した時期に業績が改善して成功事例とされていても、抑々、その業界全体が成長していた場合、その施策の効果と断定することはできない。

20170206 12
一見、働き方改革に見えて「“マーケティングの最適化”に過ぎない」という事例もあり、そうした改革は、他の企業が見習う際に注意が必要だ。例えば、「ファミリーレストランのロイヤルホストが24時間営業の廃止と、定休日の導入を検討している」との報道が話題になった。ただ、筆者の分析では、同社は顧客当たりの単価が高く、中高年の顧客が多い。「元々、深夜の売り上げが少ないが為に最適化した」という見方もできる。勿論、営業時間・営業日の見直しは働き方を変えるのだが、その為だけに行ったような施策には見えない。メディアはこれを「働き方改革だ」と報じる。ここにズレが起こる。こうした改革は従業員の為にもなるので、総論は賛成だが、企業の意図は別の部分にあるのにも関わらず、これを働き方改革として評価して煽るのは如何なものか。市場や業界が異なる企業に持ち込んでも上手くいかない。労働時間短縮や休日の増加といった“働き方改革の理論”だけで「業績が改善した」と捉えると、読み違えることになる。今、議論されている働き方改革の先には、強烈な揺り戻しの可能性があるのだ。つまり、改革の成果が出ず、従来の日本型雇用に後退することだ。今、変えようとしていることが、中々変え辛いのは何故か。ある企業で成功した事例を、他の企業が真似しないのは何故か。それは、旧来のやり方にも合理性があるからだ。ここで問題の本質を捉えないままの改革を進めれば、先に述べたように、より過酷に働く社会が待っている可能性がある。抑々、働き方改革に関する会議には、多様な視点が存在していそうで、一部の利害関係者の意見に偏ってしまっている。経団連や連合の会長は、大企業の代表のようなものだ。中堅・中小企業・非正規雇用・フリーランスの利害関係に無頓着な会議になっていないか。尤も、労働に関する意見というのは、労使で合致し難いものだ。「議論を尽くした風を装い、長年検討されてきた労働時間と報酬を切り離す制度の導入や、解雇に関するルールの再定義等を勝ち取りたいだけなのではないか」と思えてくる。“1億搾取時代”を回避する為に、働き方改革には労働者視点・現場視点でものを言わなくてはならない。 (千葉商科大学国際教養学部専任講師 常見陽平)


キャプチャ  2016年12月13日号掲載

スポンサーサイト

テーマ : ブラック企業
ジャンル : 就職・お仕事

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR