【Global Economy】(22) 竹森俊平の世界潮流:貿易ルール、戦後最大の危機

アメリカのドナルド・トランプ大統領が、保護主義の政策を次々と打ち出している。影響はどのように広がるか。慶應義塾大学の竹森俊平教授(国際経済学者)が、世界経済の行方を予測する。

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『環太平洋経済連携協定(TPP)』離脱や『北米自由貿易協定(NAFTA)』見直し等、就任早々、トランプ大統領は公約通り、保護貿易措置を進めた。もう1つの公約は、大幅減税やインフラ(社会資本)投資等の財政政策だ。これを実施するには議会の承認がいる。だが、保護貿易措置は大統領令だけで実行できる。“緊急事態”や“国防”といった理由で、如何なる強力な措置も可能なのがアメリカの仕組みだ。昨年11月の連邦議会選挙で、共和党は上院・下院の過半数を維持した。これはトランプ支持者の力だ。自由貿易に不満を抱く白人中間層たちだ。共和党内に政治基盤の無い大統領が議員を自分に靡かせるにも、この力が武器となる。トランプ氏は、大統領就任後も選挙戦中と変わらず、殊更注目を狙った行動をしている。彼の場合、白人中間層の支持の強化が、議会に対する指導力に直結する事情があるからだろう。伝統的には自由貿易派の共和党議員団にも、国民の不満に応えようとする動きがある。特に、ポール・ライアン下院議員らによる税制改革案が重要だ。この改革案の主要目的は、法人税を現行の35%から20%に引き下げる為の財源確保だ。

同時に、輸出への免税と輸入への課税を組み合わせた“国境調整策”が提言されている。消費税(付加価値税)等、“間接税”に税収の一部を依存する日本やヨーロッパと異なり、アメリカ連邦政府の税収は法人税等“直接税”のみに依存する。消費税のある国は、貿易の際、輸出先・輸入先で消費税が2度課せられるのを避ける為、輸出品を免税し、輸入品に課税する仕組みを取っている。消費税が無いアメリカの場合、輸入品に課税できないのに、輸出品は輸出先の国で課税される。その不公平を法人税の国境調整で是正するというのだ。具体的には、今後、アメリカ企業は輸出収入への法人税を免除される一方、外国製品を輸入し、アメリカ国内で販売する場合、輸入費用を税控除できなくなる。例えば、100億円の製品を輸入し、1億円の利益を加えて売っていた企業ならば、これまでは法人税が1億円の利益だけに課せられていたのに、今後は輸入費用の100億円にも法人税20%が課税される。これでは、販売価格を大幅に引き上げない限り、採算が取れない。国境調整はアメリカの輸入を抑制し、輸出を促進するので、アメリカの製造業の雇用にプラスだ。加えて、アメリカの年間の輸入は、輸出を7000億ドル(約79兆円)程度上回るので、20%の法人税率で年1400億ドル(約16兆円)の追加税収が得られ、法人減税を賄えるというのが提案の目論見だ。しかし、『世界貿易機関(WTO)』のルールは、国境調整について間接税は認めるが、直接税は認めていない。この国境調整策は、アメリカへの輸出国には大変な逆風だ。アメリカの政治サイクルを考えると、次の節目は2018年の中間選挙だ。国境調整策が実行されれば、中間選挙までの2年間に輸入品の価格が上がり、消費者が打撃を受ける。だが、国内生産の刺激には時間が足りないだろう。この政治的不利を承知で議会が採択するかどうかがカギとなる。トランプ大統領は、対米貿易黒字が大きい中国やメキシコを名指しする。公約通りなら、「メキシコ等に移転した企業がアメリカに輸出する製品に35%の国境税、中国には45%という高率の差別的関税をかける」としている。彼は、有権者にわかり易い方法を好む。

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大統領の考え方は簡単だ。第一に、株主への責任を持つ民間企業は、大統領に脅されれば空脅しでも無視できず、メキシコ進出の案件を撤回した『フォード』のように服従する。第二に、アメリカは巨大な自国市場を武器として、2国間交渉で相手国を脅せば、有利な条件を獲得できる。TPPのような多国間協定は、アメリカの立場を弱め、不利だと考える。国境調整策なら、未だWTOルールに抵触しない可能性がある。だが、特定の国に高い関税を課す政策は、“無差別”というWTOの基本理念の否定だ。就任から僅か1週間で、トランプ大統領は世界貿易ルールの戦後最大の危機を呼んだ。公約に従えば、次はメキシコや中国から譲歩を得る為に、高率の課税で脅す。だが、アメリカが一方的に関税率を引き上げれば、両国とも報復し、関税戦争が勃発する。中国の場合、アメリカの要求に屈服すれば、習近平国家主席の失脚に繋がりかねない。容易に屈服することはなく、関税戦争は泥沼化するだろう。アメリカの関税に中国やメキシコが同率の関税で報復すれば、アメリカの機械・鉄鋼・小売業が莫大な損害を受ける。地域的には西海岸と、トランプ勝利のカギになった中西部の雇用への悪影響が甚大という試算がある。GDP(国内総生産)で世界1・2位の国の関税戦争は、世界経済を転覆させかない。アメリカが勝利し、中国が屈服すれば、アメリカは日本等他の貿易相手国にも無理な要求を強める。しかし、アメリカ国内のトランプ支持率が高くなく、ビジネス界が関税戦争に反対である為、屈服するのはアメリカかもしれない。その場合、アメリカを力で捻じ伏せた中国政府の自信は、軍事面での拡張主義を助長し、南シナ海への軍事進出に歯止めが掛からなくなる恐れがある。米中関税戦争だけは絶対に回避しなければならない。


竹森俊平(たけもり・しゅんぺい) 経済学者・慶應義塾大学経済学部教授。1956年、東京都生まれ。パリ大学留学(サンケイスカラシップ)。慶應義塾大学経済学部卒。同大学大学院経済学研究科修了。同大学経済学部助手やロチェスター大学留学を経て現職。著書に『世界経済危機は終わった』(日本経済新聞出版社)・『欧州統合、ギリシャに死す』(講談社)等。


⦿読売新聞 2017年2月3日付掲載⦿

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