【刑務所のリアル】(05) 「刑務所に入って、芸能人は皆、離れていきました」――押尾学氏(元俳優)インタビュー

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押尾学の肩書きが“俳優”から“容疑者”に変わった日から、7年の月日が流れた。2009年の夏、世間は押尾が容疑者と呼ばれるきっかけとなった事件と、清純派アイドルだった酒井法子のドラッグ騒動で揺れていた。有名タレントの転落劇――。これほどまでにショッキングでスキャンダラスなテーマはない。放送したワイドショーの視聴率は軒並み上がり、報じた雑誌は著しく売れた。日本国民の誰もが、この2つの事件に深い関心を示した証拠である。2009年8月2日、『六本木ヒルズ』のマンションの一室で合成麻薬『MDMA』を使用、同室のホステスが死亡する事件が発覚。翌3日、関与した人物として、押尾が麻薬取締法違反容疑等の疑いで逮捕された。その僅か5日後、妻で女優の矢田亜希子と離婚。長男の親権は妻の手に渡った。2012年3月には、静岡刑務所に収監されている。あの酷暑の夏、マスコミは過熱報道し、世間は“押尾学バッシング”で団結した。激しい報道合戦が幕を開けた瞬間だった。「事件の記事は、基本的には何も見ていないです。気分が悪いですから。友だちから教えてもらったんですけど、ある週刊誌に親の悪口を書かれたんです。でも、親には取材していない。嘘ばっかり。完全なデッチ上げですよ」。8月31日に保釈されてからの半年は、実家で両親と一緒に暮らした。マスコミは当然、自宅近辺を張り込んだ。「表も、裏も、横も全部、どこを見てもマスコミばかり。仕舞いには、うちの父に『他の女(愛人)がいる』とまで書かれました。いないですよ、もう年寄りですから。両親も、結婚して既に家を出ていた姉も、凄い真面目なんです。僕はこんなになっちゃいましたけど、家族3人は凄い真面目で、普通の温かい家庭。ですから、父の愛人報道にはイラッとしました。日中はずっとマスコミに監視されていましたけど、夜中に友だちが来てくれて、気分転換でファミレスに行ったりはしました。あと、夜中とか朝方にマラソンしたり、犬の散歩をしたり。1回だけそれをFRIDAYに撮られましたね」。深夜のファミレスで気分転換に付き合ってくれたのが、今の親友たち。芸能界とは無縁の一般人ばかりだった。反して、所謂“芸能人”たちは、事件が表沙汰になった瞬間から、蜘蛛の子を散らすように離れていった。食えない時代に面倒をみた『LIV』のバンドメンバー(※現在とは別のメンバー)でさえ、押尾との関係を否定したのだ。

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「芸能人とかミュージシャンとか、まぁ何でもいいんですけど、芸能関係者は全員、『押尾学? 知らない。会ったこともない』って言い始めました。事件の後は皆、そんなもんでした。寂しかったですけどね、辛かったし。でも、『これが現実なんだな…』と実感しました。だから、今は芸能人とは関わっていませんし、関わりたくもない。当時のバンドメンバーも全員離れていった。散々面倒みて、『関われない』って言われて、『何だそれ』って。芸能人なんてくだらない。だから、『そういう世界に戻るのは止めよう』と思いました。例えばですよ、僕が何かで結果を出したら、皆がまた寄ってくるんですよ、『押尾さん、あの頃はどうも』って。芸能界はそういう世界です。バカですよね。騙されないですよ、もう」。暴露本・懺悔本のオファーも当然あった。しかし、「そういった類いの本は嘘ばかり書かれていて信用できない」という理由から、全て断った。多額の印税を提示されようとも、その姿勢は貫いた。今後、万が一の確率で出版することがあっても、印税の全ては寄付する――。それは心に決めている。2010年1月4日、保護責任者遺棄致死の容疑で再逮捕。同年9月、裁判員裁判による審理がスタートした。これは、有権者(一般市民)が特定の刑事裁判で、裁判官と共に審理に参加する新制度だった。被告人となった押尾は、有名人で初の適用となった。無罪を主張したが却下され、懲役2年6ヵ月の実刑判決を食らった。「判決文の主文を読むとわかるんですけど、僕が刑務所に行く理由がどこにも書いていないんです。200回は読み返しましたけど、何で押尾は刑務所に行くのか、その理由の記述が無い。裁判が始まると、取り調べの時と違う検事が法廷に出て来るんですけど、『海外ドラマか!』っていうような派手なジェスチャーで張り切り過ぎるんですよ(笑)。派手な動きをつけたり、モニターに向かって指を突き出したり。僕の横に来て顔を近付けて、『本当はどうなんですかぁ?』ってドラマっぽい口調で言ったりもしていました」。

有名人が裁判員制度の適用となった初めての事件。世間の注目を浴びる中、「押尾を社会的に抹殺しよう」という検察の気概が見て取れた。取り調べもそんな調子だった。「朝から夜まで、検事は嘘ばかりを並べていました。最初に捕まった時は坊主頭の検事が担当だったんですけど、彼もハッタリばかり。『ここにサインしてくれれば刑務所に行くことはないし、全部終わらせてやるから、サインしてくれ』と甘い言葉をかけてきて、それでサインをしたら刑務所行き。時には厳しくされたり、時には優しくされたりして。人間ってね、ずーっと詰められると怖いし、閉鎖されて何の情報も無い所だから不安になる。その時にいきなり優しくするというのが手口なんでしょうね。あんなの、2度と経験したくない」。警察官・取り調べの検事・法廷の検事への不信感は根深いものがあった。「警視庁捜査第1課の刑事が担当だったんですけど、取り調べで言われたのが『お前には黙秘権は無い。お前には供述権しかない』ということでした。麻布署では3人の刑事が担当でしたが、皆がピエロ。嘘ばっかりでした。僕の場合、“実刑にする”というストーリーありきだったんでしょうけど、あの人たちは国家権力に守られているから、やりたい放題。公平でも公正でもない。中にはちゃんとした検察官・刑事さんもいると思うんですけど、僕が当たったのは“そうではない人たち”ばかり。はっきり言って『クズだ』と思いました」。収監された静岡刑務所での生活は、およそ2年8ヵ月に及んだ。堀の向こうでは炊場工場(※食事を作る工場)の工場長を務め、詐欺師・チンピラ・交通事故犯・シャブ中・窃盗犯・強姦魔等、様々な犯罪者と接した。「敢えて不謹慎な言葉を使わせてもらいますけど、刑務所って色んな人がいるから面白いんですよ。自分の周りにはヤクザはいなくて、チンピラだけでした。他に詐欺・レイプ・交通事故・窃盗・シャブの初犯の人間が集まっていたんですけど、バカなヤツ・嘘吐き・賢いヤツと性格も様々。僕は工場長だったので、どんなヤツでも面倒を見ないといけない訳です。指示したことを真面目にキチンとする人もいるんですけど、中には『わかりました!』っていい返事をしておきながら、後ろを向いた瞬間に『何で俺がこんなことしねぇといけねぇんだよ』って舌打ちする人もいました」。ムショでは、レイプ等の性犯罪者は“ピンク”と蔑称される。ピンクは、必然的にヒエラルキーの最下層だった。「ある日、明らかに僕より年上のおじさんが入ってきましてね、刑務官に面談されている訳です。僕は工場長だから、そういう場にも立ち会う訳ですが、『お前は何だ?』って聞かれても、『(小さい声で)…強姦です』ってよく聞こえないんです。驚いたのは、そのレイプした相手が義理の娘。小学5年生だったんです…。ピンクは、見れば直ぐにわかるんですよ。やっぱり雰囲気が普通じゃない」。

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ピンクには、ある共通点があった。「炊場工場は凄く厳しくて、朝は4時に起きて19時まで働くので、とても大変。体力・気力が必要なんですけど、そういうピンクに限って、働き始めて3時間ほどで泣き言を口にする。『違うところに移して下さい…』って。結局、作業が楽なモタ工(※高齢者や障害者が多い工場)に行きましたね」。炊場工場は群を抜いて厳しかった分、入浴は毎日許可された。運動は1日15分。ラジオ体操が流れて、独居で体を動かした。運動不足を解消する為に、グラウンドを3~4周走ることもあった。一番の楽しみは面会。家族や友だち、そして事件前から交際していた彼女が会いに来てくれた。しかし、2014年末の仮釈放の時、彼女は出迎えに来なかった。二股をかけられていたことを知ったのは、その直後である。「女性不信になりました。とてもショックでした。あれは…」。一部メディアで「獄中結婚か?」と報じられたのが、その女性だった。「勿論、別れました。今はどこで何をしているのか、全く知りません」。心に負った傷は深かったという。有名人の薬物逮捕といえば、元プロ野球選手の清原和博が記憶に新しい。2016年の上半期、清原の覚せい剤所持使用は、メガトン級の衝撃ニュースだった。「清原さんとは、通っていたスポーツジムが一緒だったので、会えば挨拶して雑談するくらいの仲でした。面白い人でしたよ、優しいし。印象は悪くなかったです。ただ、清原さんの場合は覚醒剤なんで。覚醒剤だけは、本当に恐ろしい。壊れていく人間を何人も見てきましたから。一度(注射を)打っちゃったら、もう止められないんです。僕は『絶対やらない』って固い意思がありましたけど、多分、一度手を出した人は、その意思をコントロールできなくなっていると思います」。奇しくも、“離婚”と“前科”という共通項ができてしまった清原には、ある想いもある。「復帰してほしいですよね。綺麗事を言う訳じゃないですけど、僕も今、何かの結果を出そうと必死で、『同じペケが付いた人間同士、もう一度、勇気とか希望を与えられませんかね』って思う」。

覚醒剤事犯の再犯率は、平成19年以降連続で増加。2015年は64.8%になっている(警察庁刑事局組織犯罪対策部薬物銃器対策課調べ)。覚醒剤からの完全な社会復帰は困難を極めるのが現実だ。清原の薬物疑惑を、2014年3月という早い段階で報じていたのは『週刊文春』だけだった。そして2016年は、ベッキーと『ゲスの極み乙女。』川谷絵音の不倫報道を皮切りに、週刊文春は衝撃のスクープを連発。完売号も相次ぎ、“文春砲”なるワードが誕生したほどだった。甘利明大臣を収賄疑惑で大臣辞任に、“育休議員”こと自民党の宮崎謙介議員をグラビアタレントとの不倫泊で議員辞職に追い込んだ。3月にはショーンKの学歴詐称を暴いた。遡れば、年始の『SMAP』解散騒動も、2015年に文春が大々的に報じた『ジャニーズ事務所』メリー喜多川副社長の独占インタビューが発端だった。報じられる立場の押尾は、マスコミにどんな思いがあるのか。「『報道の自由って何?』って聞きたい。僕らのような仕事をしている人たちって、こっちがいくら抗議しても、マスコミに『報道の自由ですから』って言われたら、何も言えないじゃないですか。『じゃあ、マスコミは何をしてもいいのか?』ってなったら違う。『表に出ている人たちに対して、マスコミの人たちは、政治家も芸能人も一緒に見ているんじゃないか?』って思う時もあります。国を動かしてる政治家と、エンターテインメントをやっている芸能人は同じレベルですか? 芸能人がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)で何かをしていますか? それなのに、報じられ方は同じじゃないですか。それだけマスコミのレベルが落ちているのか。本人だけでなく、その家族まで加熱取材に巻き込むことも当たり前になっていますけど、そこまでして雑誌を売り上げることが大事なのか」。2015年8月には、交際している美女との路チュー写真がFRIDAYに掲載された。更に翌2016年1月には、渋谷のライブハウスで音楽活動を再開したことがメディアに報じられた。続く5月にはLIV主催ライブも開催したが、芸能界復帰は一切考えていない。音楽を続ける、ただそれだけだという。「今は、ほんっとに真面目に、『一生懸命、人生をやり直したい』と思っていますから、何とか必死に生きているんです。だから、2度と芸能界には足を踏み入れたくない。環境と、どういう人と付き合うかっていうのが大きいんです。人脈によって人生は変わりますから。今はその環境が凄くいいので、これを崩したくないんですよ。親には本当に迷惑をかけて、凄い老けさせてしまったんで、親が元気な内にもう1回、色んな意味で立派になりたい。今でも家族仲は良くて、姉貴と旦那さんも一緒に、しょっちゅう食事に行っています。母からは『地に足を付けて生きなさい』と言われて、父からは『お前のことは信じているけど、若し次、何かあったら人生終わらせるぞ。殺してやるぞ』って言われました。それは全然大丈夫です。親との約束は絶対だから」。今の押尾学を起動させているのは、音楽と仲間、そして家族――。“牢獄の男”に戻れない理由は、ここにあるようだ。 (聞き手/フリーライター 伊藤雅奈子)


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