【貧困女子のリアル】(04) 「体を売ること以外の仕事をしたことがない」…毎月ホストに200万円貢いで食費は1日数百円のソープ嬢

20170208 07
宮城県仙台市で母子家庭に育った柴田幸子さん(仮名・24)は、中学2年生の時に援助交際を始め、以後、24歳になるまでの約10年間、身体を売る以外の仕事を一切したことがないという。幸子さんは、顔立ちが整った所謂美人顔だが、年齢の割に肌態が無く、また何より瞳に宿る光は弱々しかった。「父親の顔は知らず、母親はスナックのママで、夕方から朝までずっと家にはいませんでした。小さい頃から母親に『身体を売ってお前を食わせていた』と言われて育ったんで、小6くらいの時には『自分もどうせ直ぐに風俗で身体を売ってお金を稼ぐことになるんだ』と思っていました。だから、学校で勉強することに意味があるなんて全く思いませんでしたね」。その言葉通り、幸子さんは中学2年生から不登校になり、家出同然に援助交際で知り合った男の家で同棲生活を始める。「母親からは週1回くらい様子を窺うメールが来たけど、家出に反対している様子はなかったです。私がいなくなったおかげで、家に男を気軽に呼べたんで、内心喜んでいたんじゃないですか」。同棲相手が幸子さんに与えてくれたのは、住む部屋だけ。小遣い等は貰えなかったので、お金が無くなると出会い系サイトに書き込み、援助交際で稼ぐという日々を繰り返した。「緊張したのは最初だけ。後は、感情を無にして横になっていれば直ぐに終わる。『気持ちいい』とか『好きになる』とか、プラスの感情はゼロだったけど、辛かった思い出も無い。多分、生まれながらに体を売る仕事が向いていたんだと思います」。幸子さんは、地元で同棲相手を替えながら、18歳になる直前に上京する。年齢を偽って、本格的に風俗の世界に飛び込んだ。

幸子さんが最初に勤務した店は、歌舞後町のファッションへルス。若かったこともあるだろうが、人気は常にトップだったという。そして、働き始めてから半年ほどで知り合った男と、初めて恋愛感情のある交際がスタートした。「相手はホストでした。それまでにも色んな男と経験してきましたけど、『こんなに優しく私を大事にしてくれる男がいるんだ』と思って。ただ、今思えば、そこからが地獄の始まりだったんです」。程無く、彼氏が勤めるホストクラブにも呼ばれるようになった幸子さん。何かあると、目を見張るような価格のシャンパンを開けさせられるようになった。「ヘルスで月に80万円近く稼いでいましたが、それでも全然足りなくなって、吉原の高級ソープに移ることになりました」。そこは、ゴムの無いノースキンの店。リスクはあったが、数人の男を相手にすれば、1日の稼ぎは10万円以上になり、月の収入は200万円を超えたという。しかし、その殆どが、毎日通わされる彼氏が勤めるホストクラブへの支払いに消えた。「バカみたいな話なんですけど、ホストクラブでは行く度にシャンパン開けて、1日何十万円もパーッと遣う癖に、自分は1日数百円の食費で我慢していました。とても貧しい食生活でした。こんなに稼いでいるのに、好きな服やバッグの1つも買えませんでした。風俗の仕事は向いていると思っていたんですけど、身体は限界だったんですね。そんな生活を2年くらい続けたある日、一切の味覚を感じなくなる味覚障害になってしまったんです。医者から『ストレスだ』と言われたんですが、食が細り、体力も無くなって働けなくなり、稼げなくてホストクラブに行けなくなると、彼氏に捨てられました」。ショックで立ち直るまでに半年は要したというが、味覚障害は治らないまま。以降は生活の為に、働ける時にだけソープで働いているという。だが、どこか抜け殻のようになった意識は客にも伝わるのか、人気は下がり、収入は激減。家賃と光熱費を出せば、幾らも残らないギリギリの生活を送る。「『何かが変わればいいな』と思って、企画のAV女優に応募してやったことがあるんですが、信じられないほどギャラが安くて。数本出て辞めました。今は『普通に面倒を見てくれるいい男性が現れないか』と、それだけが望みです」。体を売ることしか知らない幸子さんに、明るい未来はあるのだろうか――。 (取材・文/フリーライター 小島チューリップ)


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