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【大火砕流30年】(下) “火山と生きる”、次代へ

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昨日午前、長崎県島原市立第三中学校の運動場に、校舎から飛び出した生徒たちが整然と並んだ。雲仙・普賢岳の大火砕流から30年となる6月3日を前に、被災自治体の連携を強化しようと初めて実施された、島原、南島原両市による合同避難訓練。同中は被災した安中地区にあり、生徒は約1㎞離れた市管理の避難施設に移動した。母校の生徒を誘導した同中教論の山下譲治さん(43)は、訓練を終えると、亡き父に誓った。「これからも、子供たちにあの日のことを伝えていくよ」。30年前、島原市上木場地区で農家を営みながら消防団員も務めた父・日出雄さん(※当時37)は、土石流の警戒中に大火砕流に襲われた。当時、山下さんは中学2年生。病院に駆けつけ、翌朝、苦しみながら亡くなった父の姿は、今でも脳裏に焼き付いている。優しかった父親も家も農地も奪い去った“6月3日”。思い出すのはつらく、成人してからは追悼式典への出席も辞退してきた。転機は20年の節目の年。母・睦江さん(65)に後押しされて出席し、遺族代表の挨拶をしたことで、徐々に自分の体験と向き合えるようになった。その数年後、勤務先ではない市立第二中の追悼行事に招かれ、生徒たちに初めて体験を話した。「実体験を持たない子供たちの役に立つのなら」と引き受け、大火砕流で父を失ったこと等を伝えた。父のことを話すと、感情がこみ上げて言葉に詰まった。その後も、第三中等中高生を対象にした追悼行事で話を重ね、体験者の言葉で伝えることの重みを実感するようになった。「大切な家族を失ったけど、同級生や恩師の支えがあったからこそ、今の自分がある」。必ず伝えるメッセージだ。

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「この地域は、世代を超えて火山と共に生きるしかない。自然の恵みと火山の危険性を知り、遺族の思いを感じ取ってくれれば、次世代に語り継がれ、必ず教訓となる」。そう信じて、これからも語り続ける。焼き尽くされ、錆びて骨組みだけになった車体の残骸が、大火砕流の猛威を時を超えて物語る。“定点”と呼ばれる報道陣の取材拠点だった一帯は今年3月、地元の安中地区町内会連絡協議会が災害遺構として整備した。堆積土に埋もれ、草むらとなっていた場所から、報道機関の車や記者が利用したタクシーを掘り起こして設置した。今月15日、この地を訪れた東京都目黒区の会社員・矢内美春さん(31)は、車両の惨状に言葉を失った。『NHK』のカメラマンだった父・万喜男さん(※当時31)も巻き込まれた場所。「複雑な気持ちになったけど、父に何が起きたのかを知ることができた」。当時1歳だった矢内さんは、思い出のない父親との距離を、残されたホームビデオ等を通じて縮めてきた。だが、大人になるにつれ、避難勧告区域で取材を続けた報道陣への厳しい声もあることを知り、遺族としての立ち位置がわからずに悩んだこともあった。それでも、「私なりに命の重みを伝えていくことができれば」と、父が最後まで使っていた遺品のテレビカメラ等の写真を趣味のカメラで撮り溜め、節目となる今年、『雲仙岳災害記念館』で写真展を開催中だ。30年の年月を経て、大火砕流を知らない多くの人たちの目に触れることになった遺品や遺物。災害遺構について、同協議会は地元の学校や企業等の見学受け入れを検討中で、学びの場として活用する予定だ。阿南達也会長(83)は言う。「危機意識を持ち、素早い避難行動を取ることの大切さが伝わる物言わぬ証人で、何よりの教訓になる。次の世代に災害の脅威を伝える拠点にしたい」。

                    ◇

受田至弘・甲斐也智が担当しました。


※本文由李的博多居民提供。谢谢。
キャプチャ  西部本社版2021年5月31日付掲載
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テーマ : 社会ニュース
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Author:George Clooney

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