【ニッポン未解決事件ファイル】(07) 『黒い霧事件』(1969)――天才投手が着せられた八百長疑惑の真実

近年、野球賭博でプロ野球界が揺れたが、1969年にスケールも金額も違う八百長試合が摘発されていた。そしてその陰で、濡れ衣を着せられた天才投手が、その輝くべき才能を無駄にしてしまったのである――。 (取材・文/ノンフィクションライター 八木澤高明)

20170209 06
プロ野球界が大激震に包まれた『読売巨人軍』の笠原将生・松本竜也・福田聡志・高木京介投手らによる球界賭博事件。笠原・松本・福田の3選手が無期失格処分となり、高木投手は涙の謝罪会見をして、1年の失格処分となった。2016年5月には笠原将生投手が賭博開帳図利幇助容疑で逮捕される等、新たな疑惑が沸いてきそうな気配である。野球界が賭博問題に揺れたのは今回ばかりでなく、1969年に起きた『黒い霧事件』は、そのスケールも桁違いであった。事件はペナントレースの試合で、当時の『西鉄ライオンズ』・『中日ドラゴンズ』の選手らが暴力団と接触し、金銭と引き換えに八百長行為を働いたものだった。その年、西鉄の永易将之投手が追放処分となり、事態はこのまま終息するかに思えたが、翌年4月に永易が記者会見をして、賭博に関わったとされる7選手の名前を挙げた。その中には当時、西鉄の投手で、“神様仏様稲尾様”と呼ばれた稲尾和久や、将来のエースとして見込んでいた池永正明の名前があり、永久追放の処分が下された。池永はルーキーの年に20勝し、5年で103勝を上げていた。「若し現役を続けていたら、金田正一の400勝を超えた」とも言われる逸材だった。因みに、西鉄の同期入団には、後にプロゴルファーとして大成するジャンボ尾崎がいた。彼は池永の投球を見て、「『こんな凄い投手が同期にいたら、プロとしてやっていくのは難しい』と思った」と語っている。池永は、高校の先輩であった中日の田中勉投手から八百長を持ちかけられ、100万円を渡されたが、八百長に加担していなかった。預かっていた100万円もその後、返金していたが、九州男児の池永は細かいカネのやり取りを説明しなかったことが命取りになってしまった。まさに濡れ衣の裁定であった。あまりに遅過ぎたが、2005年には永久追放の処分が解かれ、復権が許された。プロ野球は、若き才能を奪った教訓を未だに活かしてはいない。


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