【「佳く生きる」為の処方箋】(39) “定番”を疑う目が“革新”を生む

先日、鮨屋に行った時のこと。店の若旦那から、こんな話を聞きました。「親方から教わった伝統を守ることは大事だが、そこで止まっていたら進歩はない。伝統を踏まえつつも、常に『これでいいのか?』と自問自答し、新しいことを試してみる。時代やお客さんに合わせて自分なりの挑戦を続ける者だけが、一流になれるのではないか」と。それを聞き、「あぁ、自分がやってきたことも、まさに同じだ」と感じ入った次第です。外科医も最初は師匠から教わり、教科書から学び、必要な知識と技術を身につけていきます。しかし、手術という実践の場では、師匠や教科書から学んだ通りにやっても、「どうもしっくりこない」「何か違う」と感じることがある。そんな時は鮨屋の若旦那同様、「このやり方で本当にいいのか?」と自問自答し、どんなやり方ならもっと上手くいくかを模索します。尤も、全面的に変えるとリスクを伴いますから、少しずつ修正する。そうやって小さな工夫や改善を重ねた結果、当初のやり方とはまるで違った手技に変わってしまうこともあります。嘗ての“定番”が“革新”へと姿を変えるのです。例えば、縫合や糸結びは外科医のイロハ。縫ったところが緩まないよう、「しっかりと縫合するように」と教科書にも書かれています。縫合部が開いたり、血液が漏れたりしては大変ですから、これは当然正しいのですが、かといってギュッと強く縫うと逆効果になる。弁膜症の手術で心臓に取り付ける人工弁等は、人体の組織よりずっと硬いですから、強く縫い過ぎると軟らかいほうの組織にダメージが及びます。長い目で見ると、これが人工弁の“持ち”にも影響してくるのです。

要は、緩過ぎず強過ぎず、丁度よい加減でぴったりと縫い合わせるのが一番いいということ。鮨も同じで、シャリの握り方一つで旨さが違ってきます。こういった“ちょっとしたコツ”は、教科書には書いてありませんし、誰も教えてはくれません。だから、手術をする中で「あれっ? どうして上手くいかないのだろう?」と思ったら、自分なりにその原因を突き止め、打開策を考える。そうやって、自ら答えを導くより他ないのです。私自身、前出の縫合のコツに気付くまでに30年近くかかりました。勿論、未だにギュッと強く縫合している外科医は沢山います。思うに、外科医は大きく3タイプに分かれます。1つは、「教科書に書かれていることは全部正しい」と思い込み、よりよい方法を模索する必要性すら感じていない“教科書鉄板”型。2つ目は、自らが所属する大学や地域に誇りを持つあまり、伝統から抜け出せない“伝統万歳”型。そして3つ目が、「教科書に書かれていることなんて所詮、その時代に通用した“事実”に過ぎないのだから、鵜呑みにせず、今の時代に合ったより安全で効果的な方法を追求していこう」とする“革新”型。これは幕末に譬えると、尊王壊夷派に対する開国派のようなものです。勿論、私は第3のタイプですが、その中でも特に急進派で、「教科書に書かれていることは、もう殆どが嘘だ」というくらいに最初から疑っています。実際、そういう目で見ると、色々な矛盾や改善の余地が浮かび上がってくる。「その部分を、患者さんにとっても、外科医にとってもプラスになるような洗練されたテクニックにまで高めるにはどうしたらいいか?」と考える訳です。過去の遺産を批判的に継承することで、新たに生まれてくるものがある。これは医師に限らず、どの職種にも言えることでしょう。


天野篤(あまの・あつし) 心臓外科医・『順天堂医院』院長。1955年、埼玉県生まれ。日本大学医学部卒。『亀田総合病院』『新東京病院』等を経て、2002年に順天堂大学医学部心臓血管外科教授に就任。2012年2月18日に天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀。2016年4月より現職。著書に『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)・『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』(NHK出版新書)等。


キャプチャ  2017年2月16日号掲載
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