【管見妄語】 “ファースト”

若い頃はとんと女性にモテなかった私だが、アメリカでは生まれつきの底知れぬ魅力が爆発した為か、強烈な体臭として発散されていた異常な量のフェロモンの為か、モテにモテた。帰国後もその勢いは続いた。自慢が大好きな私は、“モテない典型”と私を決めつける女房に、これら女友だちの逸話を頻りに吹いた。無論、イニシャルを用いた。ニューヨークに行った時は「このレストランにイタリア系のCと来たよ」、コロラドのある街角では「ここでドイツ系のPと熱い抱擁を交わしたんだ」という具合だ。日本人の女友だちに触れる時は、ファースト、セカンド、サード等と使い分けた。嫉妬心の殆ど無い女房は、いつも「モテてよかったわね」と祝福してくれる。ところが、いつの頃からか、私が“ファースト”と口にする時だけ、不倫快な表情を見せるのに気付いた。時には厭味さえ言う。女性の勘なのか、“ファースト”に異質のものを感じたらしいのだ。私がうっかり涙ぐんだりしたのかも知れない。女房思いの私は、「二度と“ファースト”を口にするまい」と決意した。以来30年、“ファースト”は私の禁句となった。なのに、半年ほど前からドナルド・トランプ大統領が“アメリカファースト”、小池都知事が“都民ファースト”を頻りにがなり立てる。耳障りだ。抑々、都民ファーストは何故、“都民第一”ではいけないのか。小池都知事は「コンセンサス(合意)の時代からコンビクション(信念)の時代へ」等と、イギリスのマーガレット・サッチャー元首相の言葉を引いたりもする。片仮名が多過ぎる。それに、“信念”と言えば聞こえはよいが、内容によりけりだ。アドルフ・ヒトラーだって信念の人だった。都民ファーストとは、都民に媚びただけの無意味な言葉だ。人権第一・平等第一・公平第一・平和第一・日米安保第一・財政再建第一等もよく耳にするが、大切なのは常にバランスである。

“○○第一”とは“○○原理主義”ということで、原理主義は全て危ういものだ。それに、東京都知事だからと言って都民のことばかり考えていては困る。東京都の地方税歳入は、下位三十余県のそれらの合計ほど大きい。地方への還流を考えなくては、地方は滅んでしまう。首都東京の責任だ。トランプ大統領のアメリカファーストは、更に無意味だ。歴代の大統領の中に、アメリカファーストでなかった者が1人でもいたのだろうか。この100年に限っても、ウッドロウ・ウィルソン大統領は第1次世界大戦後の『パリ講和会議』で、日本の提案した人種差別廃止法案が圧倒的多数で決定されそうになるや、「大切な提案は全会一致で」と詭弁を弄し打っちゃった。黒人差別社会だったアメリカや植民地帝国のイギリスにとって都合が悪いからだ。日本国民は憤激した。昭和天皇は独白録の中で、「日米戦争の遠因となった」と述べられている。ハーバート・フーヴァー大統領は、ウォール街大暴落の翌年、自国産業を守る為、輸入品への関税を平均40%まで一気に上げ(ホーリースムート法)、極端な保護貿易政策に走った。これは、他国の報復関税を呼び込み、恐慌を大恐慌とし、英仏米等のブロック経済を生み、遂には第2次世界大戦の素地にまでなった。ハリー・トルーマン大統領は、戦後世界でアメリカが主導権を握る為、原爆投下という無辜の民に対する史上最大とも言える大虐殺を行った。リンドン・ジョンソン大統領は、トンキン湾事件をでっち上げ、北べトナムを空爆した。ジョージ・W・ブッシュ大統領は、大量破壊兵器の存在というデマを掲げ、イラクを侵略し、現在の中東混乱の因を作った。『環太平洋経済連携協定(TPP)』は、バラク・オバマ大統領が「アメリカにとって極めて有利」と考え、徹底的な秘密交渉により強行したものだった。そしてトランプ大統領は、「二国間の協定ならもっと有利にできる」と考え、アメリカを含む12ヵ国が合意したものを引っくり返した。アメリカの大統領は、口では自由と民主主義等と美辞麗句を並べながら、徹底した自国中心主義なのである。ファーストは、やはり耳障りなのだ。


藤原正彦(ふじわら・まさひこ) 数学者・お茶の水女子大学名誉教授。1943年、満州国生まれ。東京大学理学部数学科卒。同大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。ミシガン大学研究員・コロラド大学ボルダー校助教授等を経て現職。著書に『藤原正彦の人生案内』(中央公論新社)・『この国のけじめ』(文藝春秋)等。


キャプチャ  2017年2月16日号掲載
スポンサーサイト

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR