【オトナの形を語ろう】(13) “孤”を手に入れよ、己が何者でもないことがわかる

“無頼”の話で、「“無頼”と呼ばれる人たちが、若い時に“そうせざるを得なかった”」ということの前回の続きだ。A先生から麻雀を誘われた相手の男が、彼の弟を殺めて、出所したばかりで、半日の麻雀の後、3人で飲みに出かけ、その男がその日の朝、弟の墓参に行き、そこで墓に向かって言ったという。「済まないことをしたが、私は間違ったことはしていない」。先生は沈黙の後で言った。「貴男がそう信じているのなら、私はそれでいいと思うよ」。私は男の指先を見ていた。「先生、私は悪党でしょうか?」「悪党? そんなものは他人が口にするものです。私は貴男を悪党と思ったことは一度もありません」「ありがとうございます」。深々と頭を下げて、男は立ち去った。私たちは黙って飲んでいた。「嫌な思いはしなかったかね?」「何がですか?」「彼のような男を連れてきたことです」「嫌な思いは全くしませんでした。逢えて良かったです」「そう、ありがとう」。私たちは店を出て、先生を家に送った。途中、毘沙門天に寄った。冬の月が中天にかかっていた。先生は月を見るでもなく、風を聞く訳でもなく、夜空を仰いでいた。木枯らしが空を駆け抜けて、風音が人の悲鳴のように聞こえた。

「実は、彼が事件を起こした日、彼は私に連絡してきたんだ」「そうなんだ…」「逢いに来てくれてね…。そこで、自分がしたことを直ぐに話してくれた。少し整合性に欠けるところもあったが、それは今しがた彼がしたことが冷静な行為とは言えないからね…。でも、私は彼を信じることにしたんだ。それで、出てきた時には以前と同じようにしようと思ってね。貴男を面子に選んだのは私の独断だったんだが、迷惑しないかと心配はしていました」「いや、迷惑なんてことはありませんでした。寧ろ、私を呼んでもらって良かったと、今は思っています」「そうですか。ありがとう」「古いお知り合いなんですか?」「いや、2~3年の付き合いでした。麻雀だけを打って、少し飲んで別れる。それだけです」「そうなんですか…」「人間の付き合いなんて、何十年付き合ってもわからないというか、馴染めない人もいるでしょう。逆に、たった一度しか逢っていないのに、忘れ得ぬ人もいます」「…」。私は黙って聞いていた。「人間は確かに怖い生き物ですが、誰が好き好んで人を殺めるものですか。そうすることしかできなかったんでしょう。私には、そういう生き方がわかるんです。彼は、『若しかしたら自分だったかもしれない』と思ったんです…」。そこで私は息を呑んだ。「私は自分を信じませんが、他人は信じるんです」。先生は、その言葉だけはっきりとした声で言った。その半日で、私は生きる肝心を教えられた気がした…。

他人が自分のことをどう思っているか等ということは、どうでもいいことである。他人が何を考えているかということは、いくら考えてもわかる筈はないし、実際にわかったとしても、それは大半がつまらぬ答えである。その人が善人とか悪党なんてことは、誰にもわかりはしない。人を殺めたから悪党なら、世界は悪党だらけになってしまうだろう(まぁ、悪党だらけでも構わないのだが…)。“無頼”は頼ることをしない。頼ることをしない故に、他人のことに関心どころか、只の風景・群像としてただ目に映っているのかもしれない。先生は「(男が)そうするしかなかったのだろうと思った」と言ったが、人間の怖さは「そうすることしかできぬ」と信じ込んだところにもある。「“孤”を手に入れよ」と私は勧める。“孤”は確かに辛い側面を持ってはいるが、“孤”から得られるものは計り知れないように思える。“孤”の中で自分を見つめると、己が何者でもないことがわかるし、世界が己を見守っていることなどは決してないともわかる。“孤”を耐えているうちは、恐らく本当の“孤”ではないのかもしれない。「世界が何を発言しようが、世界がどう動き出そうが、己はそこにしかない」というものが感じられたら、それは自分が少し変わったということになる。その男は、1年後に死んだ。未だ年齢は50歳前だった。先生がそう話した時、何故死んだかは訊かなかった。男が、“無頼”が1人が消えただけのことだから…。


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。


キャプチャ  2017年2月27日号掲載
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