【教科書に載らない経済と犯罪の危ない話】(33) 源頼朝が起源? 指詰めの意義と対価と礼儀作法

「顔を洗うのが難しいんや」。番町のオジキは、毎朝同じことを言っていた。番町というのは、神戸市長田区にある町の名前で、一番町から六番町まである。この町は、兵庫県で最もガラの悪い地域といわれ、伝説のアウトローを多数輩出してきた。暴力団事務所も多く、子供から大人までガラの悪さを誇りに思っているような町である。番町のオジキは、そんな番町の中でも最強と恐れられる三番町の出身だ。ニューヨークならサウスブロンクスといったところか。番町のオジキには、指が5本しかない。ヤクザ人生35年、うち懲役生活が15年だから、4年に1本というオリンピックのような周期で指を詰めてきたことになる。このペースなら、あと20年でオジキはドラえもんになる計算だ。だが、現実的に親指と人差し指を詰めることはない。だから、番町のオジキに残された詰められる指は残り1本ということだ。両手に10本ある筈の指が5本しかないと、水を掬うのが難しく、顔を洗うのが大変で、毎朝苦労するらしい。「コンビニ等で釣り銭を受け取るのも難儀だ」と零していた。指が無い人あるあるだ。指詰めについて記された最も古い文献は、鎌倉幕府によって編纂された『吾妻鏡』である。吾妻鏡の元暦元(1184)年6月17日条に、駿河国の武士で源頼朝の家臣・鮫島宗家が、一条忠頼討伐の際に同士討ちをして、その制裁に右手小指を切断したとある。「指詰めは刀を握る力を削ぐことになり、それが反省と従順を示すもので、ヤクザの落とし前となった」という説は、ここに由来しているのだろう。実際に指を詰めるには、指の根元を輪ゴムでしっかりと縛り、20分ほど放置する。すると、指先は白くなり、痺れて感覚が無くなる。

そして、手の平を上にして俎板に載せ、刃幅の広いノミを切断箇所に当てる。俎板は木製で厚みのある物が、ノミの刃を跳ね返さずに吸収して上手くいく。これでノミの柄を本槌で叩いてもらえば、ポンッと指先が飛び、完了である。指を詰めた瞬間に痛みは無いが、病院で処置が終わり、麻酔が切れた頃にジワジワくる。それから数週間は、寝返りするだけでも痛みで目が覚める毎日だ。詰めた指は白い布か懐紙に包んで、落とし前の相手に差し出す。受け取った相手は、指と引き換えに“香典”として見舞いを渡すのが作法だ。そして、指は各地の神社や寺にある“指塚”に納められ、供養される。神戸なら湊川神社の指塚が有名で、流石は本場と思わせる指揃えだ。番町のオジキは、自分の指を詰める機会をいつも探していた。カネになるなら、誰の為にでも、どんな理由でも指を詰めた。「誰かが賭場で大借金を作った」と聞けば、喜び勇んで指を詰めに行った。借金を作った者の代わりに指を詰め、その代償に幾らか受け取るのだ。ヤクザは、借金の清算に指を詰められることを嫌う。今時、指を詰めて持ってこられても困るからだ。番町のオジキもそこはよくわかっているので、先ず揉め事にする。借金主に代わって、取り立ての電話を受け相手を態と怒らせる。ある時は借金の保証をして知らん顔、怒り狂う相手と故意に遭遇するように仕組み、その場で揉める。番町のオジキ曰く、「人前で恥をかかせた」ことになるらしい。これで指を詰め、逆に高額な見舞いをせしめるのが手口だ。そんな番町のオジキだが、堅気になって田舎へ帰る若者の為に、1円にもならない指を詰めた。それが一昨年、5本目の指だった。そして、これを機に番町のオジキも引退し、堅気になった。ヤクザの限界である4本指にはならずに済んだ。 (http://twitter.com/nekokumicho


キャプチャ  2017年2月14日・21日号掲載
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