【宮崎哲弥の時々砲弾】 トゥルーライズ

“ポストトゥルース(post-truth)”の世界が到来しているのだそうな。ポストトゥルース、“脱真実”、或いは“真実後”とでも訳すのだろうか。ポストトゥルースがジャーナリズムで盛んに取り沙汰されるようになったのは、『オックスフォード英語辞典』を発行するオックスフォード大学出版局によって、昨年の“Word of the year”に選ばれたことがきっかけだ。その定義によると、“世論形成に際して、客観的な事実よりも、感情・個人の信条・信念に訴えかけたほうが、より影響力を及ぼす状況”を指す。思想史的な観点からすれば、然して新しいお話ではない。抑々、“ポストモダン”という時代区分は、“客観的な真実と言えるような事象が成り立たなくなる”という特徴によって画されていた筈だ。然るに今日、殊更この語が言及されるようになった背景には、世界的な政治情勢の変化がある。オックスフォード出版局も認める通り、昨年のイギリスの『ヨーロッパ連合(EU)』離脱や、アメリカ大統領選におけるドナルド・トランプの地滑り的勝利の背景に、「インターネット上で飛び交うフェイクニュースや流言飛語の類が、有権者の投票行動を左右してしまった」という認識がベースとなっている。如何にもプロージブルな状況判断だが、仮にこれを認めるとしても、そういう事態を招いた責任の過半は、既存メディアのミスリーディングにあるように思えてならない。日本経済新聞の名物コラム『大機小機』の名手・カトー氏も、この語を取り上げ、大半の新聞がまるで確説であるかのように載せている“増税不安解消説”が、ファクトに反することを論証している(『増税で不安は解消しない』・2016年12月23日付朝刊)。

「最近の消費が低迷する原因は人々が社会保障に対して抱く将来不安にあり、不安を解消するため消費税増税で財源の安定・充実化を図るべき」という「増税不安解消説は、ごく単純な事実を見逃している。それは2014年4月に消費税が5%から8%に引き上げられ、その後、消費が低迷したことだ。仮に増税が社会保障への不安を解消するのなら、今ごろ消費は増えているはずだった。現実にはそんなことは起きていない」。理論的にもおかしく、「合理的な個人を考えてみると、恒久的に増税されると将来にわたって得られる実質所得が減るので消費は恒久的に減少する。非合理的な個人の場合では、目先の所得減少により強く反応するから消費は減少する」のだ。少し調べたり、考えたりすればわかることを、新聞は態と書かない。そして、偽情報を広報して世間を誑かし、他方で財政状況を懸念しながら、当の新聞には「軽減税率を適用してほしい」と、“公器”を用いて世に訴え、政府に働き掛ける。まさに、ポストトゥルースの尖兵の名に相応しいのが日本の新聞なのだ。新聞への軽減税率適用運動を最も熱心に行った毎日新聞が、よりによってポストトゥルースを扱った記事の中で、「安倍晋三首相が“新しい判断”によって、消費税増税を再延期したのは食言だ」とか、「有効求人倍率の上昇をアベノミクスの成果と喧伝するが、それは人口減で求職者が減っているからに過ぎない」等という嘘話を平然と報じているのは、注目に値する。前者について言えば、経済政策は時宜が肝要なのだから、判断根拠を示して方針を転換することに何ら問題はない。カトー氏の指摘通り、2014年の増税が国民経済に齎したダメージを考慮すれば、再延期は全く妥当な措置である。後者については、政策効果の指標となるのは求人件数であり、それは大きく伸びているのだ。昨年の有効求人数の年平均は252万9959件で、1963年の当該統計開始以来最大を記録している。“虚偽を剔抉する”という趣旨の報道に蔓延る虚偽。ポストトゥルースの闇は斯くも深い。


宮崎哲弥(みやざき・てつや) 研究開発コンサルティング会社『アルターブレイン』副代表・京都産業大学客員教授。1962年、福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒。総務省『通信・放送の在り方に関する懇談会』構成員や共同通信の論壇時評等を歴任。『憂国の方程式』(PHP研究所)・『1冊で1000冊読めるスーパー・ブックガイド』(新潮社)等著書多数。


キャプチャ  2017年2月23日号掲載
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