【「佳く生きる」為の処方箋】(40) 外科医の“大リーグボール養成ギプス”

「先生は後進にどうやって手術を教えていますか?」。手術見学に来た医師からそう聞かれ、答えに窮することがあります。何故なら、具体的に技術指導をしている自覚がないからです。第一助手としてサポートするのは、若手が難しい手術に初めて挑む時だけ。それも、手術時間が長引かないよう、ナビゲーションに徹しています。手とり足とり教える等ということはなく、時には厳しく叱責することも。準備不足で手術に臨んでいようものなら、「お前は外科医に向いていない」と容赦なく糾弾します。それでもしぶとく這い上がってくる者、そういう叱責をきっかけに教科書を読み漁るようになり、「何くそ、いつか見返してやるぞ」と闘志を燃やす者、本気で私を凌駕しようとする者…。私が望むのは、そういう後進です。実際、私もそうやって歩んできました。「第2・第3の“天野”ではなく、己の看板を掲げて勝負できる外科医になってほしい」と思うのです。外科医として確実に力をつける方法は、自らに多くの“負荷”を課すことです。例えて言うと、“大リーグボール養成ギプス”。昭和世代には懐かしい漫画『巨人の星』で、主人公の星飛雄馬が装着していた、あの肉体強化ギプスです。飛雄馬は野球の特訓時だけでなく、食事等普段の生活の場でもギプスを着け、自らの肉体に負荷をかけ続けました。これを外科医に当て嵌めると…。専門領域についての知識を習得し、手術に必要な手技を身に付け、現場での勘所や要領を学び取り、いざ手術の機会を与えられたら、そのチャンスを十二分に生かし、更に病状の重い患者さんの病棟管理を行い、論文を纏めて学会発表も…。

これらをきっちりと熟しながら日常生活を送る。それが、彼らにとっての大リーグボール養成ギプスとなります。この“特訓”を毎日続けていれば、上から手とり足とり教えられなくても、自然と実力がついていきます。尤も、ただ“熟す”だけではダメで、自分なりに考える・掘り下げる・確認するというプロセスを踏んで、深く濃く学ぶことが重要です。例えば、心臓弁膜症の手術では、ある種のリングを縫い付ける際、“4㎜以下での運針”が推奨されています。縫合の間隔がそれを超えると、糸が縒れる危険があるからです。「4㎜だぞ」と若手に声をかけると、「はい、わかりました」と返ってきます。手術後、ある者はそのリングの能書に目を通して“4㎜”を確認します。しかし、ある者はそれをしない。ちょっとしたことですが、実はこの差は大きい。改めて文字で確認すると、“4㎜の意識”が徹底されます。体に染み込むから忘れないのです。一事が万事で、日々の小さな負荷が成長の分岐点になります。外科医が星飛雄馬と大きく違う点は、いつまで経ってもギプスの負荷が取れないことでしょう。私も未だにギプスを着けたままです。手術で感じた疑問や違和感、或いは患者さんを助けられなかった無念、「どうしたら救えたのか」という自問自答…。それらが全て新たな負荷になるからです。反面、長年の疑問に答えが見つかった時等は、ギプスが1個外れたような爽快感を覚えます。前回、“緩過ぎず強過ぎない縫合のコツ”について書きましたが、あれも長年の宿題が解けてギプスが外れた一例です。それにしても、私が30年かけて解いた答えも、後進に伝授するとなれば僅か5分です。彼らはそれを自ら確認し、確実に模倣すればいい。環境は十分。そのような中から、先人が気付かなかった新しい工夫も見えてくるでしょう。嘗ての私がそうだったように、師を打ち倒すような外科医が生まれてもいい筈です。


天野篤(あまの・あつし) 心臓外科医・『順天堂医院』院長。1955年、埼玉県生まれ。日本大学医学部卒。『亀田総合病院』『新東京病院』等を経て、2002年に順天堂大学医学部心臓血管外科教授に就任。2012年2月18日に天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀。2016年4月より現職。著書に『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)・『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』(NHK出版新書)等。


キャプチャ  2017年2月23日号掲載
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