【中外時評】 日本の安定、おごりは禁物――財政や雇用、試練これから

何でこんな人を大統領にしたのか――。唐突に7ヵ国からの入国制限を命じた大統領令。メディアから裁判官まで、気に入らない者に容赦なく放たれるツイート砲。挙げ句は、存在しない海外のテロまで持ち出して謝らない厚顔無恥さ。お茶の間のテレビは、“今日のトランプ”を面白おかしく伝える。民主主義のお手本だった筈のアメリカが何故。失望・驚きに軽侮も入り交じった反応が日本を覆う。マッカーサーは嘗て、日本人の文明度を“12歳”と評したが、「どちらが12歳なのか?」(経済官庁幹部)という声まで聞こえてくる。混乱はアメリカだけではない。ヨーロッパでも反移民等を掲げる異端政党が台頭。今年実施するフランスの大統領選やドイツ、オランダの総選挙では、台風の目になる可能性がある。こうした中で、内外の投資家の間では日本の政治・社会の安定度を再評価する見方が高まっているという。国の信用リスクの大きさを示す国債のクレジットデフォルトスワップ(CDS)の保証料率は最近、約7年半ぶりに日本がアメリカを下回った。日本の保証料率が低下する一方、政権が漂流するアメリカはやや上昇している為だ。極右政党『国民戦線』のマリーヌ・ル・ペン党首が4~5月の大統領選候補として支持を伸ばすフランスは、この数字が1月以降、跳ね上がっている。日本経済は、2008年の米欧発金融危機の波をもろに被った。当初は「蜂に刺された程度」(閣僚)との見方もあったが、経済の悪化は先進国で最大級だった。だが、米欧で広がる政治混乱の影響は今のところ、蚊に刺されたほども受けていない。それ自体は喜ぶべきことだろう。一旦、既存の政治への不信が広がれば収拾は難しく、大衆扇動的な政治家の台頭を招き易くなるからだ。とはいえ、「だから日本のやり方は優れている」と自己満足に陥るのも禁物だ。『BNPパリバ証券』チーフエコノミストの河野龍太郎氏は、「日本の足元の政治的な安定性は、将来世代を犠牲にする形で保たれている」と指摘する。

先進国でも突出して高齢化や人口減少が進みつつある日本。財政は、国内総生産(GDP)比で見た債務残高・赤字共に、先進国では最悪レベルだ。本来ならば、膨らむ社会保障の給付や負担について厳しい選択を国民に求めなければいけないところだが、問題を先送りしている。そのツケは若者世代に回る。「若い層の先行き不安は高まっており、世代間の分断は既に起き始めている」と語るのは、元衆議院議員で『東京財団』研究員の亀井善太郎氏。将来世代の視点で改革を促す為、財政や社会保障の先行きを推計する独立機関の国会設置等を提言しているが、政治の反応は尚も鈍い。米欧の政治混乱の火種になった移民・難民問題。日本政府は「所謂移民政策は考えていない」とし、「日本は外国人が少ないから安定している」との見方も少なくない。だが、実際には外国人の雇用は100万人を超えるところまで増え、こうした人々無しには経済や社会は回らなくなっているのが現実だ。その多くは、日本の国際協力の一環として入れ替わりやって来る“技能実習生”という名目で働いている為、日本社会に溶け込めるよう支援する体制はできていない。中川正春議員(元文部科学大臣)は、「なし崩し的にではなく、どこからどのような形で外国人を受け入れるのかを、将来を見据えて正面から議論することが不可欠。その為の包括的な基本法を超党派で作りたい」と意気込む。だが、永田町では「問題を直視して動こう」という機運は薄い。一方、米欧の政治不安の火種になった雇用の喪失問題については、「人手不足が課題となる日本では心配ない」との声がある。数だけみればそうだが、人工知能(AI)やロボットの活用が進めば、これまで持っていた技能だけでは失職したり、仕事がみつからなかったりする人材のミスマッチが深刻になる恐れがある。転職がし難く、新技能を学び取る機会も少ない硬直的な雇用システムを変えていかないと、社会への打撃は米欧以上に大きくなるかもしれない。米欧の政治混乱は、“対岸の火事”にも映る。だが、日本も今の内に対処しておかなければ、将来、社会を揺さぶりかねない懸案を幾つも抱え、その多くが手つかずのままだ。敵を作って叩く大衆扇動政治は真っ平御免だ。しかし、問題が恰も存在しないかのように思わせて安心させる政治の大衆催眠術にも、気を付けないといけない。 (論説副委員長 実哲也)


⦿日本経済新聞 2017年2月26日付掲載⦿
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