【刑務所のリアル】(08) 「私は暴走族取材で12日間拘留されました」――中村淳彦氏(ノンフィクションライター)インタビュー

20170301 06
2004年10月の深夜、私は静岡県掛川市にいた。当時、5誌ほど抱えていた雑誌連載の1つに、“現代の暴走族”をテーマにしたものがあり、東京から取材に来ていたのだ。ファミレスで16~17歳のレディースたちの自慢話を聞き終えた私に、女の子たちが「これから大規模の集会がある」と言った。疲れていたが、行きがかり上、止むを得ず取材することになった。午前1時頃、だだっ広い郊外の駐車場に、派手なバイクやコテコテの“違法改造車”が約100台集まった。暴走族はティーンエイジャーを中心に構成されていたが、中には20代のOBも数多く参加し、全部で150人ほどいた。深夜の田舎路は車上で騒ぎ回る不良たちで埋め尽くされ、私・カメラマン・コーディネーター・編集者の4人も車に乗って同行した。朝の5時頃にやっと集会が終わると、私たち一行はへトへトになりながら帰途に就いた。異変が起きたのは、その2ヵ月後だった。翌2005年2月に入った頃から、掛川取材に行ったメンバーが次々と逮捕されたのだ。先ずコーディネーターが、そして担当編集者も逮捕された。「次は俺の番か?」。そんな予感がしたが、「ただ言われるがままに取材しただけで、どうして逮捕されなくてはならないのか?」と思っていた。割り切れない気持ちのまま、不安な日々が続いた。そして、ある12月の朝、ドアホンで起こされ、玄関に出てみると、3人の刑事が逮捕令状を片手に突っ立っていた。物腰は柔らかだが、家の前に止めてある警察車両に乗るように言われた。碌に荷造りもできないまま警察車両に乗ると、手錠をかけられ、腰縄もされた。両脇を刑事に挟まれた窮屈な状態で、サービスエリアでの休憩も無いまま、4時間ほどかけて静岡県の掛川警察署まで連行された。掛川署に着いたのは昼過ぎだった。先ず、パンツ一丁にされて、持ち物を検査された。それが終わると、直ぐに取り調べが始まった。納得できない気持ちはあったが、大人しくしていた。「何時に誰とどこで待ち合わせて取材に向かったか」という事実確認が繰り返された。警察は、“共同危険行為”による逮捕と説明した。暴走族の集会に参加している私の写真を30枚ほど見せられた。警察が待ち伏せをして撮影していたのだ。マスコミ絡みの事件はニュース性があり、“見せしめ”になる。最初から私たちを逮捕する筋書きだったのだ。

掛川署の留置場の生活は悲惨だった。部屋の鉄格子の下部には、食事を出し入れする隙間がある。食事はスープ・麦飯・パン等、質素で不味かった。朝は7時起床で、21時には電気が消える。髭剃りは共用だが、C型肝炎感染者用の電動剃刀が別途用意されていた。3畳部屋には先客が2名いた。覚醒剤で捕まった40代半ばのヤクザ・斉藤さん(仮名)と、器物破損で逮捕された40代後半の地元の不良・木村さん(仮名)だった。保釈金が払えず、3ヵ月ほど拘留されていた木村さんは、まるで“座敷牢の主”のように振る舞った。「看守は先生と呼べ」「トイレで用を足し終えた時には『終わりました』と言って水を流してもらえ」等、“留置場の掟”を教えてくれた。新参者の私は、木村さんの言った通りに振る舞ったが、「どうも変なことになったな…」という思いがジワジワと湧いてきた。留置場の娯楽といえば、昼に1時間流れるラジオと、体操の時間に吸える1日2本の煙草くらいだった。共有の本棚には、薄汚れた『こち亀』が置いてあった。風呂には週2回入れたが、垢だらけで黒ずんだ湯船に浸かる気はさらさら起きなかった。味気ない日々を過ごす内に、取り調べが苦でなくなってきた。午前10時から17時くらいまで続き、「共謀したつもりはない」と抗弁する私に、刑事が怒鳴ることもあったが、時間が潰せるのが嬉しかった。勾留から3日目には一度、浜松市にある検察に連れて行かれた。留置場生活12日目に、刑事に腰縄を付けられて浜松に連れて行かれた。「罰金刑(30万円)で釈放される」とわかった瞬間、嘗てないほどの高揚感があった。迎えに来た編集者によると、帰京する新幹線・のぞみの車中で、私は柄にもなく陽気で、周りの乗客が顔を顰めるほど大声で饒舌だったという。今考えると“ムショ病”だったのだろう。異様な空気が流れる留置場は、不良の世界と無縁の私には最後まで違和感のある場所だった。圧迫感のある3畳間に閉じ込められていると、拘禁症状が出てくる。周りには不良だけしかいない。いつ出られるかもわからず、精神的にも追い詰められる 。そして何より、自由が無い。貧困が蔓延する現代社会は、普通の人でも一歩間違えれば犯罪に手を染めざるを得ない。しかし、偶々逮捕されてしまった普通の人は、果たして留置場の生活に耐えられるのだろうか――。自由の無い3畳部屋に閉じ込められ、“不良の世界の最底辺”レベルの人間に囲まれる留置場所生活を、“地獄”と感じる人も少なくない筈だ。実際、私の次に留置場に入ってきたサラリーマンは、座敷牢の隅でシクシクと泣いていた。私と暴走を共にしたカメラマンは、逮捕・勾留後にげっそりと痩せて、仕事もままならなくなり、いつの間にか姿を消したという。逮捕によって刻まれるのは、“前科”だけではない。“心の傷”も残すのだ。 (聞き手・構成/フリーライター 金崎将敬)


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