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【令和時代の日本生存戦略】(23) ボランティアはマウンティングの一種なのか?



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社会的な動物は、地位を巡って激しい競争をしている。精子(※いくらでも生産できる)と卵子(※月に1回しか作れない)のコストの違いによって、殆どの哺乳類ではオスが競争し、メスが選択することになる。地位の高いオスは多くのメスから求愛され、地位が低いと相手にされない。だが、チンパンジーやボノボのような類人猿では、メスもヒエラルキーを作り、地位が高いほど生存や子育てが有利になる。ヒトは哺乳類の中で最も高度に社会化されており、育児を含めれば妊娠した女性のコストは極めて大きい。だとしたら、女はセックスの相手を徹底的に選り好みする筈で、それによって男たちの地位を巡る競争も激烈になる。それと同時に、女集団の中でも地位を巡る競争が起きる。中学や高校で誰もが経験したように、スクールカーストにおいては、地位の高い女子生徒はカースト上位の男子生徒とつきあうのだ。このようにして、一旦集団ができると、その中での序列が重大な問題になる。男集団では序列が明確になるのに対し、女集団では暗黙の序列が好まれる等の違いがあるが、興味深いことに、これはチンパンジーと同じだ。安定したヒエラルキーを作るには、誰が誰の上位かを決めなくてはならない。これがないと組織が機能しない為、軍隊や会社では階級や肩書きが必要になる。では、肩書きのない集団はどうするのか。この時に使われるのがマウンティングだ。マウンティングは主に霊長類のオス同士が行なう順位確認行動で、相手に馬乗りになった(=マウントをとった)ほうが優位、マウントされたほうが劣位になる。オスたちは常にマウントをとりあって自分の地位を確認し、同時にメスに地位の高さをアピールしているのだ。

集団内の序列の変動は死活問題なので、ヒトの脳は下方比較(=マウントすること)を報酬、上方比較(=マウントされること)を損失と感じるように進化した。相手にマウントすると自己肯定感が高まって良い気分になり、逆にマウントされると脳内に大音量で警報が鳴り響く。たとえそれが、“善意”の名の下に行なわれたものであっても。アメリカの心理学者であるニール・ボルジャーとデヴィッド・アマレルは、ニューヨークの女子大生を被験者にして、支援の仕方で心理的な影響がどう異なるかを調べた。人々がどんどん孤独になっている現代社会では社会的支援が重要だとされるが、どんな支援でもいいわけではないと考えたのだ。被験者の学生が部屋に入ると、そこには別の女子学生がいて、「どちらかが人前でスピーチすることになる」と告げられる。これは心理実験の定番の仕掛けだが、もう一人の学生はサクラで、嫌なことをさせられるのは常に被験者だ。アメリカの大学生でも、いきなりスピーチするのは大きなストレスになる。そこで、同席した学生相手に練習するよう促される。この時のアドバイスの仕方で被験者の心理がどのように変わるかを調べるのが実験の目的だ(※従って、実際にスピーチするわけではない)。スピーチをする(と思って)緊張している被験者は、“見える(=あからさまな)支援”か“見えない(=婉曲な)支援”かを受けた。“あからさまな支援”では学生から「貴女はこうするべきだ」という直截的なアドバイスを受け、“婉曲な支援”では「自分だったらこうする」と伝えられた。このサポートを受けた時の心理状態を調べると、“あからさまな支援”は“婉曲な支援”よりずっと心理的苦痛が大きかった。自分と同じ立場の学生から「こうするべきだ」と言われた被験者は、「マウントされた」と感じたのだ。このことを確認する為に、次の実験では優位・劣位を暗示する会話が加えられた。「貴女はアドバイスを必要としているようだけど」と自信のなさを指摘され、上から目線で“あからさまな支援”を受けた被験者は、最も大きな心理的苦痛を感じた。それに対して、「貴女にはアドバイスはいらないだろうけど、私には必要かもしれない」と、下から目線で“婉曲な支援”を受けた被験者は、最も心理的苦痛が少なかった。ここまでは予想通りだが、驚いたのは、上から目線で“婉曲な支援”を受けた時の心理的苦痛が、下から目線の“あからさまな支援”とほぼ同じで、何の支援も受けなかった時より僅かに大きかったことだ。中立的に見えるアドバイス(※「こうすればいいんじゃないの?」等)ですら、言い方次第では、ストレス下にある相手にはマウントと感じられるのだ。この結果は、苦境にある人へのサポートの難しさを示している。“善意”の言葉も、相手は自尊心への攻撃だと思って、物凄く傷付いてしまうかもしれない。だとすれば、支援者は常に「私は貴方より無力です」と卑下すればいいのだろうか? だが、これも上手くいきそうにない。

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これは別の研究者によるものだが、被験者はある課題について、参加者の中で成績トップの友人か、平均的な成績の友人かの何れかからサポートを受けた。その結果は、正当性の高い(=成績の良い友人からの)アドバイスでは課題の成績が上がり、正当性の低い(=平均的な成績の友人からの)アドバイスでは逆に成績が下がってしまった。自分と同程度の(無力な)相手からのアドバイスは役に立たないのだ。このことは、教育が成立するには教師の権威が必須である理由を教えてくれる。生徒が教師を尊敬しているか、少なくともその科目については自分より高い能力を持っていると認めているのでない限り、あらゆる言葉は“攻撃”と受け止められてしまうのだ。圧倒的な強者からのアドバイスなら、マウントと感じて自尊心が傷付くことはない。序列の違いは誰の目にも明らかなので、相手には態々マウントをとって序列を示す理由がないとわかっているからだ。だが、両者の力関係が接近してくると話はややこしくなる。支援を受ける側は、それが善意によるものなのか、マウントしようとしているのか、疑心暗鬼になってしまう。そしてこれは、被害妄想というわけではない。序列が曖昧な時は、どんな機会も逃さずにマウントするのが進化の最適戦略なのだ(※読者の皆さんも会社でしばしば体験するのではないだろうか)。この一連の実験は、何故ボランティアに人気があるのかを教えてくれる。善意の名を借りて無力の人間をサポートする側に回ることは、自尊心の低い人にとって、それを引き上げる最も簡便な方法なのだ。これも“言ってはいけない”のひとつだろうが、ボランティアに関わったことのある人は薄々気付いているのではないだろうか。


橘玲(たちばな・あきら) 作家。1959年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。『宝島社』の元編集者で雑誌『宝島30』2代目編集長。2006年、『永遠の旅行者』(幻冬舎)が第19回山本周五郎賞候補となる。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)・『専業主婦は2億円損をする』(マガジンハウス)・『朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論』(朝日新書)等著書多数。


キャプチャ  2022年1月27日号掲載




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