主力事業“総崩れ”に無策の経営が祟った『キヤノン』――『東芝』子会社買収で“汚い手段”、露呈した慢心と認識の甘さ

20170302 07
「3、2、1…」。快晴に恵まれた鹿児島県肝付町。先月15日午前8時33分、カウントダウンのアナウンスが“ゼロ”を告げるのとほぼ同時に、ロケットは『内之浦宇宙空間観測所』から勢いよく真っすぐに飛び立っていった。打ち上げは無事成功したかにみえた。だが、僅か20秒後、忽ちにして暗転する。ロケットの状態に関するデータを地上に送るテレメトリーの電波が途絶してしまったのだ。3段式のこのロケットは、第1段エンジンを分離した後に機体の姿勢制御を実行する。そして、それが完了した時点で、高度や速度等が事前に設定した条件の範囲内に入っていることを確認した上で、地上からの電波で第2段エンジンへの点火を指示する設計になっていた。テレメトリーの電波が途絶えてしまっては、ロケットの状態が確認できず、敢えて点火を強行すれば思わぬ方向に飛んで行ってしまう危険性が捨て切れない。結局、点火は見送られ、機体はそのまま第1段落下予定海域へと着水。海底へと消えた。『宇宙航空研究開発機構(JAXA)』が目指していた超小型人工衛星を載せたミニロケット『SS-520』4号機(右画像)の打ち上げプロジェクトは、呆気無く失敗に終わった。全長9.5mと、主力ロケット『H2A』の5分の1以下のサイズ。電子機器用等に量産されている民生品を日本で初めて使って、大幅な低価格化を実現したのだ。成功すれば、世界最小のロケットによる衛星の打ち上げになると共に、日本の宇宙ビジネスを拡大させる絶好のチャンスになるとみられていたが、水を差された格好だ。トラブルの原因は、今後の詳細な調査を待たなければわからない。ただ、打ち上げ直後に飛行中のデータを送受信できなくなるというのは、「極めて異例」(JAXA筋)。それだけに、事情通の間からは「民生品の活用や過度なコスト削減が一因では?」との声も漏れる。

そして、このプロジェクトにエンジニアを送り込む等、民間企業として参画し、低価格化推進の主役とも言える地位を担ってきたのがキヤノンだ。中でも中心となったのは、発行済株の53%を保有し、カメラのシャッターやレーザースキャナー等の精密部品の製造を手掛ける子会社の『キヤノン電子』。“アビオニクス”というロケットの機体の姿勢や軌道を制御する為の搭載電子機器の開発・製造を行った。ロケットの飛行軌道を把握する“誘導制御計算機”や、ロケットの切り離しの際に作動させる“火工品制御ユニット”、姿勢を水平にする時に使う“姿勢制御ユニット”等で構成され、ロケット開発では「エンジンに次いでカネがかかる」(『三菱重工業』関係者)とされている。キヤノンでは、これをデジタルカメラや複合機等で培ってきた設計・生産手法、更には最適な調達部品選択のノウハウ等を応用することによって低価格化。ミニロケットに搭載できるサイズの小型軽量化にもこぎつけたとされる。確信とは言えないまでも、打ち上げ成功へのある程度の自信もあったに違いない。地上での実証実験では、民生品でも殆ど問題の無いことが確認されていたし、昨秋には小型人工衛星そのものの自社開発も完了させているからだ。『CE-SAT-1』と呼ばれる地球観測衛星で、縦横50㎝・高さ85㎝・重さ65㎏。デジカメ技術を生かした撮影装置が搭載されており、開発製造費は10億円以下と、他社製の10分の1以下だ。既に商業用衛星向けロケットを手掛ける『インド宇宙研究機構』と契約を締結。来月、インド南東部の『サティシュダワン宇宙センター』から打ち上げられることが決まっている。キヤノンでは、これを2年間運用して撮影精度等を確かめると同時に、受注活動も開始。「衛星関連ビジネスで、2020年前後に500億円、2030年に1000億円を稼ぎ出す」との青写真を描く。だが、宇宙航空業界関係者の1人は「ロケットのアビオニクスへの民生品適用には、新たな発想による技術開発が必要な筈。デジカメ技術等の応用だけで済む訳がない」として、キヤノンの慢心と認識の甘さを指摘する。一口にアビオニクスと言っても、ロケットのそれと人工衛星のそれとでは「まるで違っている」からだ。実際、2000年代以降、衛星への民生品採用は急速に進んでいるが、ロケットへの搭載は「殆ど例が無い」(『NEC』関係者)とされている。ロケットは超高速で飛行する。この為、アビオニクスに対しても、それに相応しい高速動作が要求される。地球の軌道を回るだけの衛星であれば、複数の部品・回路・モジュールを搭載してバックアップ機能を持たせ、信頼性を担保したり、トラブルを最小限に抑えたりすることも可能だ。しかし、ロケットでそれをやろうとすれば、動作が遅くなってしまうので使えない。衛星のアビオニクスを作れるだけの技術力があるからと言って、直ちにロケットのアビオニクスに転用できるとは限らないのだ。キヤノンからすれば、「衛星ビジネスばかりでなく、あわよくばロケットビジネスも…」との下心があったのだろうが、無残にも打ち砕かれた形。それどころか、仮に人工衛星でも思うような成果を上げられなければ、信頼とブランドの失墜は必至で、来月の打ち上げに向けて最早、「後が無くなった」(キヤノン電子関係者)ことになる。

20170302 08
それにしても、一眼レフで世界シェア5割超を誇る等、カメラや事務機で高い占有率を持つキヤノンが何故、不慣れとも言える宇宙ビジネス等に手を染めるのか。背景にあるのは、他でもない、スマートフォンの高機能化や普及等で、既存の主力事業が市場構造の変化の波に呑み込まれつつあることへの強烈な危機意識だ。先月31日に開示された2016年12月期決算。トランプ相場による終盤にきての円安効果で、着地こそ何とか無難に纏めたものの、キヤノンは昨年4月・7月・10月と、期中に3度もの業績下方修正を強いられた。期初に前期比1.3%増の3兆8500億円と見込んでいた連結売上高は、4月に3兆6000億円(前期比5.3%減)、7月3兆5200億円(同7.4%減)、10月3兆3600億円(同11.6%減)と、ずるずると後退。3600億円(同1.3%増)としていた営業利益も、4月に一転して3000億円と、同15.5%の減益計画に陥ると、7月2650億円(同25.4%減)、10月2350億円(同33.8%減)と、時と共に減益幅を増大させる体たらく。昨年から新たな5ヵ年計画を打ち出し、2020年12月期で売上高5兆円以上、営業利益率15%(※単純計算で営業利益7500億円)以上との目標を掲げたが、出足から躓いた。確かにこの間、急速に進んだ円高のインパクトは少なくない。海外売上高比率が8割に達するキヤノンでは、1円でも円高に振れれば、対ドルで年間50億円弱、対ユーロで同30億円弱、営業利益が目減りする。だが、コンパクトデジカメやレーザープリンター等の販売数量減少の影響も大きく、とりわけデジカメは台数の落ち込みに未だ歯止めがかからない。要するに、「本業が何とか命脈を保ち、財務体質に未だゆとりがある内に、事業構造の大胆な組み替えや、次代のコアとなるべき新規事業を確立しておかなければ、何れ会社が立ち枯れてしまう」という訳だろう。

「(独占禁止法が定める)事前届出制度の趣旨を逸脱し、独禁法第10条第2項の規定に違反する行為に繋がる恐れがある」。昨年6月末、『公正取引委員会』はキヤノンに対し、異例とも言える文書での注意喚起に踏み切った。キヤノンが同年3月に発表した東芝の医療機器子会社『東芝メディカルシステムズ(TMSC)』の買収劇。その買収スキームに法的な瑕疵のある疑いがあるというもので、公取委が注意を行うのも、注意した事実を対外公表したのも初めて。キヤノン側はこれを受け、「注意を真摯に受け止め、今後とも法令を遵守し、透明性の高い経営に取り組む」とのコメントを出したが、半ば脱法的とも言える手法を弄してまでTMSCの買収に拘ったのも、前述した危機感の表れだ。種類株・新株予約権・特別目的会社(SPC)…。TMSC買収スキームでは、これらの道具がフル動員された。第三者が設立したことになっている資本金僅か3万円のペーパーカンパニー(『MSホールディング』)に、一時的にTMSCの議決権を移行させる一方、キヤノンは議決権の無い種類株1株と、日本の独禁法を始めとした各国の競争法の審査が全て終わった後に初めて権利を行使できる新株予約権を6655億円で取得するといった仕組みだ。独禁法では、当局に株式取得を届け出てから30日間を経過するまで、株式を取得できないことになっている。但し、売上高ゼロのMSホールディングに独禁法による届け出義務は生じない。当局の審査を待つことなく、TMSC株の譲渡・取得ができるという訳だ。当時、東芝は会計不祥事に伴い、巨額赤字に陥り、債務超過転落の危機が目前に迫っていた。これを回避するには、2016年3月期末までに何としてもTMSCの株式売却益を計上する必要があるが、公取委の審査を待っていたのでは間に合わない。こうした隘路を打開する為にキヤノン側が編み出した手法とされるが、MSホールディングは果たして完全に独立した第三者と言えるのか? 公取委では結局、「キヤノンとTMSCとの間に結合関係を認定するだけの明確な証拠が無かった。グレーだがクロではない」として、買収自体は認可。12月までには各国の審査もクリアして、全ての手続きを完了させたとはいえ、SPCを介在させて独禁法の網を潜り抜けたのは事実。当局側は「今後、キヤノンと同じことをする会社が現れたらクロと考える」とも警告しており、「汚い手段」(法曹関係者)との批判は免れまい。尤も、こうして懐に入れたTMSCをキヤノンが今後、自社の成長にどう生かしていくのか、将又6655億円という買収金額に見合うだけの相乗効果をどう引き出していくのかは未知数だ。TMSCは、画像診断装置で国内首位。中でも、コンピュータ断層撮影(CT)装置では世界でトップ3に入る。2016年3月期の連結売上高は約4170億円、営業利益180億円。「利益率はそう高くないものの、毎期安定的に100億円以上の利益を稼ぎ出せる実力がある」(キヤノン関係者)とされている。

20170302 09
ただ、“強い”とされる国内では、病院数が減少を続けている。必然的に、機器の納入先はジリ貧傾向だ。この為、成長を確保していくには今後、海外に活路を見出すしかないが、欧米等先進国の販売網は「尚も弱体」(事情通)だ。それに、TMSCは機器売りが主体。これに対し、『シーメンス』等ライバル大手は既に機器販売に加え、病院経営に関するコンサルティングやIT活用のサービス事業等を組み合わせたトータルサポート重視に舵を切り、販路を広げている。TMSCは、この点で大きく出遅れている格好だ。一方の新興国も、価格競争が厳しい。磁気共鳴画像(MRI)装置を中心に、需要自体は拡大しているとはいえ、TMSCは現在、その主要部品であるマグネットを外部からの調達に頼っているのが実情だ。「コストが嵩んでとてもじゃないが、価格で太刀打ちできない」との声は、TMSC内部からも聞こえてくる。買収完了後の記者会見で、キヤノンの御手洗冨士夫会長兼CEO(右画像)は、「TMSCの独立性を保って経営する」と言い切った。「経営は今のTMSC首脳陣に委ね、リストラもしない」という。キヤノンの医療関連事業は、眼科検査装置等だけで年商約200億円。規模も小さく、画像診断装置は“門外漢”なだけに、「口を挟まないほうがいい」という判断だろう。だとしたら、相乗効果は殆ど見込んでいないということにもなりかねないが、それならそれで、単体ベースでは2016年3月末で純資産僅か634億円に過ぎない会社の買収に、6655億円もの巨費を投じた説明もつかない。TMSCの買収資金を確保する為、キヤノンは6000億円超を短期借り入れ、無借金経営に別れを告げた。2016年12月期の純現金収支は4000億円超の赤字となり、キャッシュフロー経営の看板も消した。盤石だった地盤に、微かながらも亀裂が生じようとしている。


キャプチャ  2017年2月号掲載




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