【震災6年・未完の事業】(01) 新校舎、児童は戻らず

大きなランドセルを初めて背負い、登校を始めた被災地の子が、もう中学生だ。東日本大震災と『東京電力』福島第1原発事故から6年。福島県ではこの春、4町村の避難指示区域が相次いで解除される等、大きな節目を迎える。地域再生の筋は見えてきたか。被災地の現場から報告する。

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建物から余分なものを削ぎ落とした。木の温もりと、窓から差し込む光が残った。この春から、同県楢葉町の小中学生が学ぶ新校舎だ。福島第1原発20㎞圏内で漸く、子供たちが授業を受けられる。町の配慮が際立つ。放射性物質を気にしながら窓を開けなくて済むよう、エアコンを完備した。冬は床暖房。保護者の要望も受け、未就学児の英語遊びを始める。町外の学習塾による授業 も、土曜日等に開く。「1人でも多く戻ってもらいたい」との思いからだ。関連予算は総額20億円を超える。避難先のいわき市にある仮設校舎で学ぶ小中学生は129人だった。しかし、新校舎に通う意思を示すのは90人ほど。震災前にいた児童生徒数の2割にも満たない。計9クラスを想定していた中学の校舎に、小学1年生から中学3年生までの9学級が割り当てられることになった。2015年9月に避難指示が解除された後、拙速を避けて、再開の準備と周知に1年半かけた結果がこれだ。

今月末に解除される飯舘村が34億円の予算をつける等、教育環境の整備に力を入れる自治体は多い。それだけに、楢葉町の試みを注目していた担当者らの表情が一様に厳しい。「現実を突きつけられた感じがする」。“極限の少子化”という現実だ。市町村に設定されていた避難指示は、この春で総面積の7割近くが解かれ、対象住民8万1000人の内、5万6000人は避難者でなくなる。ただ、2014年10月に大半の避難指示が解除された川内村でさえ、帰還した住民は2割。その後に解除された楢葉町や葛尾村は1割ほどだ。子育て世代の動きが鈍い。6年の避難が、暮らし方を変えたのだ。解除された5市町村の帰還住民の内、60歳以上が占める割合は平均で65%。全国平均を30ポイントほど上回る。まちづくりの中核は当面、高齢の住民らが担うことになる。しかし、彼らにも不安がある。例えば医療機関。南相馬市小高区には震災前、14施設あったが、昨年7月の解除後、再開しているのは僅か3施設。嘗ての勤務医でも呼び戻すのは難しい。川内村の診療所には内科医が1人勤務するものの、週の半分は不在。救急時に最も早く運べるのは郡山市だが、40㎞以上離れている。各地の介護施設も、再開の見通しが立たない。「募集をかけても法定の職員数を確保できないから」という。人が消えれば、地域の機能は急速に失われる。停止した機能の再起動には、途方もない労力を要する。住民や行政が向き合う復興とは、誰も経験したことがない未知の仕事だ。


⦿読売新聞 2017年3月1日付掲載⦿
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