【Global Economy】(26) 竹森俊平の世界潮流:“通貨安誘導”の被害妄想

「中国等が自国通貨を安く誘導し、アメリカへの輸出を増やした為、アメリカの雇用が奪われた」――。ドナルド・トランプ大統領のこうした主張は、論理的に正しいか。国際経済学者である慶應義塾大学の竹森俊平教授が、円・人民元・ユーロの通貨安の背景を解説する。

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トランプ大統領は1月31日、中国と日本を名指しし、「通貨を安く誘導している」と批判した。新政権の国家通商会議のトップを務めるピーター・ナバロ氏も同日、「ドイツがユーロの過小評価を利用し、自国の貿易を有利にしている」と訴えた。アメリカの通貨批判が脅威なのは、問題があるとする国に対し、一方的に保護貿易政策等の制裁を掛ける懸念がある為だ。その兆候は、トランプ政権の前からあった。昨年2月にバラク・オバマ大統領(当時)が署名した『2015年貿易円滑化・貿易執行法』は、“アメリカに対する貿易黒字額”・“為替介入の規模”等、3つの数値基準を用い、“為替操作国”を認定するとしている。認定された国には、改善の為の行動計画を要求し、改善しなければ制裁するというのだ。日本・中国・ドイツは、既に“監視リスト”に入れられている。今後の通貨問題は更に注意が要る。トランプ大統領がアメリカの雇用を守る為、保護貿易政策も厭わない方針を打ち出しているのに加え、ドル高傾向が当分続くのは確実だからだ。ドル高の最大の要因は、2008年のリーマンショック以降の世界的な景気低迷の中、アメリカ経済が最も早く回復したことだ。現在も景気低迷やデフレ傾向に直面する他の国では、中央銀行は依然として金融緩和を続けている。

他方、アメリカの『連邦準備制度理事会(FRB)』は、景気回復を受け、短期金利を引き上げ始めた。その結果、アメリカの金利が日本の金利より高くなれば、低利で調達した円資金を高利のドル資産で運用すると有利になる。円を売ってドルを買う取引が拡大し、ドルの価値が上昇する。円・ドルレートでのドル高は、両国の金融政策のスタンスの違いの反映に過ぎない。つまり、金利を上げるアメリカも、低金利を続ける日本と同じだけ責任がある。それが問題なのなら、アメリカは金融政策の基本方針を見直さなければならない。だが、リーマンショック後の不況に対し、FRBが積極的な金融緩和をしなかったなら、果たしてアメリカ経済は回復しただろうか? トランプ政権による中国やドイツへの批判も、基本的に的外れだ。両国の通貨安の状況を見ると、世界経済の現状が浮かび上がる。日本と異なり、中国は『中国人民銀行』(中央銀行)が為替水準を意図的に誘導する為替介入を行っている。現在の為替介入の目的は、“通貨(人民元)安にする”ことではなく、“通貨安を止める”ことにある。中国はリーマンショック後の景気後退を防ぐ為、国営銀行による融資を促し、建設需要を盛り上げた。鉄鋼業の生産も刺激され、今では世界の鉄の半分を生産する。だが、過大な建設投資がバブルを生み、それが崩壊して、買い手のつかない土地や建物が増えた。その結果、銀行に莫大な不良債権が溜まった。不安を感じた国内投資家は、人民元資産をより安全なドル資産に換えようとする。この“資本逃避”が昨年から拡大している。為替介入を行わずに放置すれば、人民元は暴落する。中国が国際準備通貨として確立しようと目論む人民元の信用が傷付く。だから、中国人民銀行は人民元を買い支える。人民元安に誘導できる状況ではない。ユーロ安も、ドイツ経済とは別の要因で生じている。ユーロ安が、世界最大級の貿易黒字国であるドイツの輸出に恩恵となっているのは事実だ。ドイツの昨年の貿易黒字は2529億ユーロ(約30兆円)と、過去最高になった。2008年以降、ドイツ経済は素早く回復した。ドイツの産業は賃金の上昇に歯止めが効いており、労働生産性の上昇率が高い。この為、他の加盟国、特にヨーロッパ南部の産業を席巻する傾向がある。

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共通通貨の使用により、ユーロ圏内では国毎の通貨安政策が不可能だ。ユーロの金融政策を運営するのは、ユーロ加盟19ヵ国を対象とする『ヨーロッパ中央銀行(ECB)』だ。ヨーロッパ南部の経済は回復が遅れ、デフレ傾向まで生じ、ECBの金融緩和の必要性を生んだ。仮にECBがドイツ経済だけを念頭に行動すれば、既に利上げに転じ、ユーロ資産の購入が増えて、ユーロ安も収まっている筈だ。だがECBは、南の経済が不安な為、低金利を続け、ユーロ安が定着している。長期の不況に苦しむイタリアでは、銀行の不良債権問題が深刻化している。イタリアの銀行の不良債権比率は16%と、日本で2000年前後に銀行の不良債権問題が深刻だった時期と比べても2倍だ。政府の債務が巨大なイタリアでは、民間で国債を引き受けるのは、暗黙に政府の保護を受ける国内銀行だけだ。その銀行の財務が国債を買い支える力が無いほど悪化し、イタリア国債の信用まで下がっている。イタリアの政府と銀行は持ちつ持たれつの関係にあるが、両者が互いを支えられなくなりつつある。ECBは、ユーロ加盟国の国債を大量に購入し、市場にユーロを供給する。イタリア国債も買っている。ECBの金融緩和で最も助けられているのは、ドイツではなくイタリアかもしれない。戦後、アメリカの為替政策は、“強いドル”と“弱いドル”の間を揺れ動いた。ドル高はアメリカの輸出にマイナスだが、海外からの低利資金を引き付けるプラス効果がある。アメリカの金融業やグローバル企業は、ドル高の波に乗り、低利資金を高収益の対外投資に振り向けることで潤った。トランプ政権が他国の通貨安への批判を今後強めるかどうかは、“ドル高・他国通貨安”の恩恵を受けてきたアメリカの金融業やグローバル企業の発言力に依存する。


竹森俊平(たけもり・しゅんぺい) 経済学者・慶應義塾大学経済学部教授。1956年、東京都生まれ。パリ大学留学(サンケイスカラシップ)。慶應義塾大学経済学部卒。同大学大学院経済学研究科修了。同大学経済学部助手やロチェスター大学留学を経て現職。著書に『世界経済危機は終わった』(日本経済新聞出版社)・『欧州統合、ギリシャに死す』(講談社)等。


⦿読売新聞 2017年3月3日付掲載⦿
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