【オトナの形を語ろう】(15) 友情ほど大人の男のカタチが鮮明にあらわれるものはない

今週は、“無頼”の話にも通じる友情の話をしよう。家族の中で、親が子供を守る為に、自分の命さえ犠牲にして子供を危険から守り抜く話は、よく聞く。実際、そういう行動は社会の中で、よく起こる。次に伴侶、若しくは夫婦の中で、妻を、夫を守る為に身体を張るケースも、これもよくある。昔は、師と弟子という関係にも、それはあった。日本の武家社会の、武士がなした忠誠では、戦さ場もそうだが、殉死の例等を見れば、これも武士道として長く日本人の中に存在した。これが友情となると、日本人の中では些か珍しいケースに思われがちだが、私が見聞してきた友情には、“オトナの男の形”がこれほど鮮明に表れるものはないように思える。家族の繋がりでもなければ、血縁・血族・一族でもない男同士がめぐり会って、何かを感じ取り、相手を敬い、かけがえのない友とし、生涯、相手のことを思って生き抜く。これほど形の良い生き方が他にあるだろうか。私が、その話を聞いたのは20歳の夏であった。その年の夏の初め、私は弟を海難事故で亡くした。私の生まれ故郷の瀬戸内海の小さな海での事故だった。台風が近付いているのに、弟は1人でボートを遭ぎ、沖へ向かった。

「何故、そんな無謀なことを?」と思いながら、台風の中を10日間捜索し、遺体を陸に揚げてやることができた。弟の死については、これまで小説で書いて来たので、ここで詳細を語るのを省くが、息子を亡くした父と母の姿は哀れであった。私もたった1人の弟を失い、戸惑いと怒りがあった。酒量も増えたし、ギャンブルに身を置く時くらいしか、そのことを忘れることができなかった。そんな折、九州にギャンブルに出かけて、知人からその話を聞いた。「Aのオヤジさんは知っとるやろう?」「あぁ、去年の暮れも、ここで世話になったし…」。Aさんは、小倉の顔役で競馬場や競輪場へ遊びに行く折に、何かと世話をしてくれる人だった。ヤクザではなかった。九州は、Aさんのように、1人で町の世話をしている人が多かった。組織に組みしないのが九州人の特徴だった。「春先に殺された」「えっ、本当に? どこでだ?」「銭湯からの帰り道だ」「誰に?」。知人は首を横に振った。Aさんは人から恨みを受ける人ではなかったし、既に80歳近かった。「そら、線香でもあげに行かにゃならんの」「葬式の前に弔いをした者がおったんじゃ」「ほう、身内の者か?」「それが中学生じゃ」「本当か? 倅か孫かな?」「いや、Aさんのとこへガキの時から出入りしとったいうことじゃ」。

「何じゃ、その話は? 相手は?」「黒崎のゴンタクレじゃ」「1人で殺ったのか?」「あぁ、1人らしい。その話で持ちきりじゃ。刑事の話じゃ、その中学生が言うには、Aさんはそいつのポン友と言ったそうじゃ」。ポン友? 何のことだ? 男同士の親友ということなのか? 15歳でそんな発想が――。15歳と言えば、昔は元服の年齢で、武士の世間では、その日から大人の男と見做した。その時に家内では祝いをする。祝いと同時に短刀が与えられ、いざという時には自ら命を絶つ為の切腹の作法をきちんと教え込む。人と戦い、殺める力は無くとも、自らの命を絶つ要領を教えるのである。私が少年の頃は、私の父がそう言ったように、西方(九州・中四国地方)の大人たちは子供に、死生観の中に自死の必要性を説いた。その中学生にその意識があったかどうかは知らないが、死生観さえ確立できていれば、友の為に人を殺める発想が起こり得ないとは言えないだろうと思った。様々な人の憎愛はあるが、人が人を愛しむという行為の中で、友情は何千年も確固たる情念として受け継がれてきたものである。「それで、その中学生は今、どうしているんだ?」「鑑別所へ送られたそうだ」「そうか…」「どう思うか? この話を」「悪くはない。見事とさえ思う」「俺も、そう思う」。少年をそうさせたのは、Aさんの責任では勿論ない。「彼の、この先の一生がどうなるのか」と思わないでもなかったが、65歳もの年齢の差があっても、友情の為にそう行動した1人の少年を肯定する人々が、この世の中に未だ生きていることが、私は悪くないことだと思っている。大人の男のやることは、甘い観念では計れないのだ。 【続く】


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。近著に『東京クルージング』(KADOKAWA)。


キャプチャ  2017年3月13日号掲載
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