【精子提供のリアル】(05) 身元開示求め海外バンク利用

東海地方の30代夫婦は、夫が無精子症で、海外の精子バンクから精子提供を受けることに決めた。日本の医療機関が募集する精子提供者(※ドナー)は匿名で、将来、子供から「ドナーはどんな人?」と聞かれても答えられないと思ったからだ。無精子症だった――。夫は3年が経った今でも、仕事帰りに妻から電話で診断結果を告げられた瞬間が甦る。頭が真っ白になった。診断後も更に詳しく調べたが、精子が見つからなかった。妻は母親になる道が断たれたと思い、「この世に生きていてこれほど傷つく日はもうない」とまで感じた。通院先から提示された選択肢は、①死ぬまで2人で生きていく②特別養子縁組をする③第三者の精子による人工授精(※AID)――の3つ。この時、夫婦はAIDを初めて知った。夫は「妻の血が繋がるなら」とAIDを選んだ。当初、『日本産科婦人科学会(日産婦)』登録の医療機関でAIDを受けた。日産婦のルールではドナーは匿名。夫婦には、このことが引っかかった。子供が成人後にAIDで生まれたことを知って傷付くことがあり、早く告知をすることが重要だと勉強会で学んでいたからだ。「子供に告知し、『(ドナーは)どんな人なの?』と聞かれても、『わからない。ごめんね』でいいのだろうか」。
夫婦が検討したのは、デンマークに本社がある世界最大の精子バンク『クリオスインターナショナル』。クリオスでは、身元を開示するドナーと開示しないドナーがいる。開示のほうを選べば、子供が18歳になると、精子提供をした時に登録したドナーの名前や住所、生年月日を知ることができる。1年間検討し、クリオスが紹介する国内の医療機関で体外受精を受け、子供を授かった。夫は、「ルーツがわかるようにしておきたい。それがAIDを選んだ親の責任だ」と話す。妻はおなかの子に、出自について伝える絵本を読み聞かせてきた。「私たちの元に来てくれて、とっても嬉しかった気持ちや、ずっと待っていたことを伝えたい」。AIDで生まれた人から出自を知る権利を求める声が世界中で上がっており、フランスでは法律で権利が認められている。クリオスは2019年3月、日本語対応の窓口を開設した。2020年11月までに国内で150人以上が利用。遺伝性疾患や感染症の検査を経た精子を凍結し、海外から郵送する。価格はドナーの身元を開示するかどうか、プロフィールの情報量、精液の状態等で異なる。身元を開示する場合のモデルケースで、送料や関税等を含め体外受精1回分で約19万円、人工授精5回分で約80万円かかる。現在、クリオスは国内の医療機関が応えられない需要の受け皿になっている。日産婦では人工授精より妊娠の可能性が高い体外受精について、第三者からの精子提供を巡る決まりはないが、クリオスは利用者の半数以上が国内の医療機関で体外受精を受けている。また、日産婦では対象外の戸籍上の夫婦ではない利用者も多い。5月のアンケートでは、利用者の内訳は未婚女性が半数超、女性同性愛者のレズビアンカップルが1割だった。2020年の日本人利用者のうち、身元開示ドナーを選んだのは69%、趣味等詳細なプロフィールを記載したドナーを選んだのは98%だった。クリオスの日本事業担当で、告知等について利用者にカウンセリングをしている伊藤ひろみさんは、「当事者は誰にも相談できず、インターネット上で調べて治療を受けている。適切な支援が増えれば告知をする人も増えるのではないか」と話す。 =おわり
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(くらし医療部)中川友希が担当しました。

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