【ふるさと納税の今】(03) 70億円流出、都市部焦り

東京都世田谷区役所のロビーでは、2ヵ月前の区報が今も手に取れる。“70億円が流出!!”と他の自治体に流れた税額を示す太字の見出しが躍り、「住民サービスに使えるはずだったお金です」と区民に訴える。通常号とは別の“ふるさと納税特集号”。年1回発行し、新聞折り込み等で各戸に配布していると区の担当者は言う(※左画像、撮影/竹内紀臣)。読んだ住民からは「おかしな制度だとわかった」と納得する声の一方、「世田谷もお礼の品を充実させて稼げばいいじゃない」という意見も寄せられた。「そんな中でも普段から一番多いのは…」。そう切り出し、担当者は落胆する。「『自分の控除額の上限がいくらなのか?』という問い合わせ。他の自治体に寄付したいということなのだろう」。ふるさと納税で他の自治体に寄付すると、住民税などが控除(=軽減)される。居住自治体にとって、本来入る筈だった税金が他の自治体に流出する形で減収となる。人口約92万人と政令市並みの規模を誇る世田谷区の流出額は、拡大の一途を辿る。2015年度は2.6億円だったが、その後は16.5億円、31億円…と増え、今年度は70億円に達すると見込まれる。保坂展人区長は今月15日の定例記者会見で、「この先100億円、120億円と増えていけば、造るべき学校の校舎や高齢者施設の整備が先送りされる等、明らかな影響が出る」と危機感を露わにした。
総務省の7月発表資料によると、流出額は全国で5番目。ただ、上位4自治体は、財源不足を補う地方交付税を国から受け取れる交付団体だ。来年度も交付団体のままなら、流出額の4分の3は補塡される。一方、東京23区は交付税に頼らずに財政運営できる不交付団体。実質流出額は世田谷が全国トップと言える。11月。東京23区の区長で構成する『特別区長会』の山崎孝明会長(※江東区長)が総務省を訪れ、交付・不交付の格差の調整等を求める要望書を出した。「政治・経済・文化の中心として日本を牽引してきた東京の役割を考慮していない」「このままだと立ち行かなくなる」。文面からは、都市の反発と焦りが滲む。世田谷区は返礼品競争に参加していない。「制度への異議申し立てと整合しなくなる」(経営改革・官民連携担当課の高井浩幸課長)為で、お礼は地元の小さな店や障害者施設で作ったお菓子等ささやかなものにとどめている。代わりに力を入れるのが、使い道を明確にしたクラウドファンディング型の寄付だ。昨年度は過去最高の約1.8億円を集め、PCR検査の拡充等を約束した『新型コロナウイルスをともに乗りこえる寄付金』がその4割を占めた。高井課長は、「流出額に比べれば小さいが、故郷への応援や共感を示すという元々の趣旨に沿った寄付文化を根付かせたい」と話す。一方、流出額が全国4位の82億円に上る川崎市が期待するのは、返礼品に採用した事業者の飛躍だ。高津区の町工場街。創業54年の『今野工業』が製造するステンレス製燻製機は、昨年、返礼品に加わった。なめらかな曲線のフォルムは、金属板を轆轤のように回転させながら加工する“ヘラ絞り”という職人技で作られる。今野靖尚専務(55)は、「低温で仕上げる“冷燻”ができる鍋型燻製機は、他にはない」と胸を張る。共同開発し、販売を担当する『スモーキーフレーバー』(岐阜県美濃市)の服部弘社長(48)は、「返礼品登録で知名度が上がり、燻製初心者の購入や問い合わせが目立つようになった。自分も燻製講座の講師に呼ばれたり…」と裾野の広がりを実感している。川崎市役所資金課長の土浜義貴氏は、両社のような事業者に「返礼品になったことを販路拡大のきっかけにして」と強調しているという。「商品や技術を知ってもらう機会が増えれば、市内経済は活発化し、税収も伸びる。最終的には流出分だって取り戻せるかもしれない」。 (山下俊輔)

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