【震災6年・未完の事業】(07) 中間貯蔵、用地まだ21%

20170310 06
『東京電力』福島第1原発の事故後、福島県大熊町の自宅が帰還困難区域に指定された大工・鈴木清孝さん(65)は今、約40㎞離れた同県小野町で暮らしている。祖父が100年近く前に大熊町へ入植して以来、土地を守ってきた。自宅とジャガイモや大根の畑が計約3ha。木造2階建ての自宅は、駆け出し時代の約40年前、父と一緒に建てた。事故から3年経った2014年、除染で出た汚染土等を保管する中間貯蔵施設の建設予定地に、この土地も含まれることが決まった。土地を国に売るか、所有権を残す地上権契約を国と結ぶか――。帰還が見通せない中、迷う日々が続く。施設に保管した汚染土は、30年以内に福島県外で最終処分されることが決まっている。だが、30年後に震災前の暮らしを取り戻せるのかはわからない。先月、一時帰宅した際、自宅は荒れ果てていた。隣接する畑は重機で造成され、施設の建設が始まっていた。鈴木さんは、「外堀を埋められ、売却を迫られている感じだ」と嘆く。施設の建設に抵抗する人もいる。いわき市に避難中の男性(65)は、国との契約に応じる気になれない。反対を続けても、以前の生活に戻れないかもしれないが、「今があるのは先祖のおかげ。家が無くなれば、その歴史も無くなる。諦め切れない」と涙を見せた。

中間貯蔵施設は大熊・双葉両町に跨り、予定地は『東京ドーム』340個分の1600haに上る。国は計1.6兆円を投じ、土嚢を仮置きする保管場や、土嚢から出した汚染土を濃度で分別する施設、焼却炉等を多数建設する。保管する汚染土は、最大で約2200万㎥と見込まれている。用地の取得が進まず、事業は遅れがちだ。環境省によると、先月末までに719人から336haを取得する等したが、全体の21%に留まる。それも虫食い状態で、同省の担当者は「纏まった土地がないと、保管できる汚染土の量は限られる」と話す。同省が2011年に公表した工程表では、2014年夏頃に本体工事を始める予定だったが、2年以上遅れて昨年11月、漸く着工した。予定地に地権者は約2300人いるが、約640人とは連絡が取れていない。今月1日現在、施設に搬入できた汚染土は約20万㎥に過ぎない。この為、福島県内の各地には今も、1300万㎥以上の汚染土が置かれたままになっている。汚染土の輸送にも課題がある。10トンダンプ1台が運べるのは土嚢6袋(6㎥)。現在、1日平均200台のダンプが施設に汚染土を運んでおり、近くを通る片側1車線の道路は慢性的に混雑している。昨年11月には、大熊町の県道でダンプが中央線から食み出し、対向のダンプと衝突する事故が発生。安全面の不安が指摘され始めた。近くに輸送ルートがある同県楢葉町の農業・松本公一さん(61)は、「昨夏から何台ものダンプが列をなして通るようになった。事故が心配」と肩を顰める。環境省は来年度に、1日平均350台、ピークの2020年度には同3600台を通す計画だ。大熊町の渡辺利綱町長は、「今後、計画通りに汚染土の搬入が進むのが不安だ」と懸念を示し、関係自治体と共に輸送専用の道路建設を求めている。


⦿読売新聞 2017年3月8日付掲載⦿
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