【大震災から6年・福島で生きる】(05) さまよう自主避難者

20170310 13
「誰も路頭に迷わせないで」――。先月21日、『東京電力』福島第1原発事故に伴う避難者を支援する『避難の協同センター』は、参議院議員会館で政府や福島県に住宅支援の継続を訴えた。避難指示区域以外から退避した“自主避難者”は今月末、災害救助法に基づく住宅の無償提供が打ち切られる。「新しい住まいが決まらない」。そんな相談が相次いでいる。代表世話人の松本徳子さん(55)も、自主避難者の1人。福島県郡山市に住んでいたが、2011年3月の原発事故で建屋等が壊れる事態に不安を抱き、翌月から地元の中学校に進学する予定だった娘を東京の親戚宅に避難させた。自宅近くの小学校校庭で年換算で1mSvを遥かに超える放射線を検出。自らも避難し、同年10月末から神奈川県川崎市の集合住宅で娘と暮らしている。自宅敷地内は除染廃棄物の袋が搬出されないまま残っており、地表面の線量は国の避難指示解除の目安(年20mSv)を超える。仕事の為、夫が1人で暮らしているが、二重生活の負担は県の住宅支援で軽減されている。松本さんは、「原発事故の被害は続いている。県内に留まった人には健康面の支援をし、避難した人には住宅支援を継続してほしい」と求める。

受け入れている自治体の対応も割れている。200世帯以上の自主避難者が住む北海道では、道営住宅の無償提供を来年3月末まで延長する。ただ、避難者が多い自治体では、公営住宅で受け入れられる数に限界がある。中には“1人親”・“子供3人以上”等、厳しい入居条件を設ける自治体も。ある自治体職員は、「避難者以外にも入居希望者がおり、公平性を保つ必要がある」と話す。避難指示が無く、不安を抱えながら留まった住民らの思いも複雑だ。「体のことを考えれば避難すべきだった」という郡山市の会社員の女性(44)は、「仕事もあった。夫や義父母等、家族を置いて避難する選択肢は無かった」と振り返る。事故から半年が過ぎると、市内では放射線への懸念を口に出し難くなり、避難した人を「金持ちだから」と揶揄する声も聞いた。女性は、「幼い子供がいたり、これから子供を産む若い人等、避難指示区域以外でも避難したくなるのは当然」と庇う。自身も、6年経った今でも不安は消えない。自主避難者への住宅支援の打ち切りに対する批判を受け、福島県は2年を限度に、1年目は最大月3万円、2年目は同2万円の補助を決めた。ただ、世帯収入の上限があり、多くは対象外だ。事故から半年後の夏、幼稚園児だった娘と山形市に自主避難した女性(44)も対象外だ。避難を続ける負担は軽くない。だが、4月から小学6年生になる娘が修学旅行を楽しみ、卒業式を迎えるまで山形で暮らすつもりだ。「娘の思いを優先したい」という女性は、「止むを得ず避難した子供が、避難先で築いた友人関係を尊重できる社会であってほしい」と願う。6年の歳月は、避難をより複雑にしている。

■250世帯が来月も“未定”
福島県によると、先月17日現在、福島第1原発事故の自主避難者は約1万2200世帯。県が戸別訪問した結果、9割超の約1万1300世帯は4月以降の住居が「決まった」と答えたものの、250世帯は「未定」だった。県は住居確保に向けた支援策を説明する為、今後も戸別訪問を重ねるという。県によると、自主避難者の内、県外に避難している人は先月時点で3万9598人。大震災1年後の2012年3月の約6万2700人から減ってきているが、尚も4万人近い。災害救助法に基づく仮設・借り上げ住宅の無償提供は、政府が実質的に負担してきた。だが一昨年6月、放射線量が非常に高い帰還困難区域を除いた区域の避難指示を、2017年3月までに解除する方針を提示。同時に無償提供も一律延長が廃止となり、自主避難者への支援は各自治体で異なる。 =おわり


⦿日本経済新聞 2017年3月9日付掲載⦿




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