【オトナの形を語ろう】(16) 友情という情念の中には思惑や損得勘定がない

先週書いた、友情の為に行動した中学生は、大人、壮年となり、今は福岡の更生施設の責任者になっている。鑑別所を出て職工になり、独立して、60歳までは工場の経営者として、きちんと人生の役割を果たしたということである。若い時の誤ちは(私は誤ちとは思わないが)、いくらでも取り返すことができるのが、人間の一生というものである。扨て、今週はもう少し、友情の話を語ろう。友情と言うもの、即ち人として生まれて、家を出るようになり(“学校へ通う”ということもそうである)、そこで出逢った人を信頼し、「自分が出来る限りのことをしたい」と願う気持ちは、人間がなす行為の中でも最上級の中に入ると私は思っている。友情という人と人が交わす情念の中には、思惑や、第一、損得勘定が無い。更に言えば、家族・血縁という、一見、絶対性を持つ人々を超えた情念があるのである。女性同士の友情というものは私には解らないので、男同士の友情を語るのだが、私にも何人かの友ができて、相手が自分に対して情愛を抱いてくれれば、くれるほど申し訳ないというか、「自分にはそんな価値は無い」と思ってしまうことが長く続いた。

ところが、ある時、友が窮地に堕ちた時、私は自分の仕事を放って「彼を救わなければ」と思い、実際、「彼の為に、やれるだけのことをしよう」と思った。結果として、彼は自死し、私の行動は無為になったのだが、彼が家族に(奥様に)残した私宛の手紙に礼が書いてあり、他の様々な内容は別にして、「おまえに逢えて良かった」という一文を目にした時、私は自分の至らなさを悔んだが、後になって、相手が(私のことを)そう死に際で考えてくれたことに、「やはり、2人が過ごしてきた何十年という歳月は間違っていなかったのだ」と思った。そこに欺瞞が一切入る余地が無かったからである。男として、この世に生まれ、当然、揺さぶられ、虚仮にされ、踏まれ、殴られ、唾を吐きかけられ、笑われもするが、友というものを得ることができれば、それらのことが笑い話にできるほど、男は成長をする。何故なら、相手を慈しみ、相手を敬い、「相手の為にベストを尽くしたい」という気持ちが、1人の人間を鍛え、強くし、逞しくなっていくと私は考えている。私は自分の拙い著書の中で、『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』という長いタイトルの小説を書いた。その小説は一読、友へのレクイエムに思えるが、そうではない。その友と出逢ったのは、私も未だ30代半ばで、右も左もわからなかった時代だった。競輪場で出逢い、以来、二十数年間を共に過ごした。

実際に、2人が何かにつけ逢っていた時代は、4~5年である。あとは東京と大阪で別々に生きていたが、いつも私の中に、その男は存在していて、美味いものを食べる機会があれば「これは美味い。あいつに食べさせてやりたい」と思ったし、偶にギャンブルで勝てば「せめて半分の金でも、あいつに渡してやりたい」と思ったりした。男は私と同じ歳で、関西の某スポーツ新聞のレース部の責任者をしていた。甲子園競輪場・西宮競輪場(この2つは現在、廃場になっている)・奈良競輪場・向日町競輪場、少し足を伸ばして和歌山競輪場、岡山の玉野競輪場まで2人で旅をした。奈良競輪場の駅まで2人で田圃の畦道を歩いたこともあったし、向日町では立ち寄った居酒屋でチンピラと大喧嘩になり、2人ともボコボコにされたこともあった。2人とも、競輪用語で言うところのマーク屋が好きで、贔屓の選手が競り合いで負けて入院すると、記者席から病院へ直行した。私が上京し、小説を書き始めるようになった時、誰よりも喜んでくれたのが、その男だった。私は、その男から、人生にとって大切なものを教えられた。その頃の私は、「身体中から刺が飛び出しているのでは?」と人が思うくらい、いつも何かに対して憤りを持ち、相手が易々と自分の懐に入ってくることを嫌った。ある日、男は言った。「伊集院さん、あんた、そのままじゃ、つまらん人間で終わる。他人に平然と笑われる男にならなあかん。皆、どこかで笑われて生きとんのや。あんた一人がそれを避けて生きたら、嫌な男でしかない」。初めはそれができなかったが、男といるうち、少しずつ笑われて平気になった。今の自分があるのは、その友のお陰である。男は最期、安アパートで腐乱死体で発見された。悔むばかりの友であった。 【続く】


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。近著に『東京クルージング』(KADOKAWA)。


キャプチャ  2017年3月20日号掲載
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