【刑務所のリアル】(09) シャブの運び屋で実刑に…韓国の女子刑務所に服役したギャルサー代表の1095日

20170314 07
「私はね、兎に角、目立ちたかった。何でも人と違うことがやりたかった」――。17歳で人気ギャルサー『豹猫(サーベルキャット)』を立ち上げた仲河亜輝さんは、他のグループとは違う過激なパフォーマンスで、自らのギャルサーを売り出した。「全員、上半身裸でTバック姿。私は背中の刺青を初披露した。私の干支が辰年だったから、縁起を担いで龍と天女の刺青を入れた。私が刺青を入れたのがきっかけで、サークル内で刺青が流行り出した」。豹猫は注目を浴び、親睦サークルも数多くできたという。「だから遊びまくったよ、酒も男も。でも、クスリだけはやらなかった。いくらギャルサーとして活躍していても、皆未成年だから、お金が無かったし」。そんな亜輝さんにある日、“悪魔”が囁いた。「『マレーシアに行って荷物を受け取るだけで30万円くれる』って言うんだ。丁度、メンへルで引きこもっていたから、『治療にいいかな』と思ってOKした。今になって考えてみると、世間知らずの私なんか運び屋にはもってこいの人材だったのかもね。クスリ関係はやったことがなくて、全く知識も無かったし。最初、関西弁のイケメンが同行することになっていたんだけど、『急用ができた』とか言って、代理の人間が私と行くことになった。その男が、またイケてない。ガッカリだったよ。自称有名大学卒のその男は、顔がシミだらけだった」。亜輝さんは、この冴えない相棒を“シミ”と名付けた。「マレーシア滞在4日目の出国の直前に、外国人から指定の場所で荷物を受け取り、イケメン関西人の指示で韓国へ向かった。仁川国際空港に着いたら、いきなりシミと一緒に別室に連行された。私らが受け取った荷物に、覚醒剤2㎏(※末端価格1億4000万円・2016年現在)が入っていたの」。当然のように、亜輝さんとシミはその場で緊急逮捕された。「韓国でよかったですね。これが中国やマレーシアだったら死刑ですよ」。後に亜輝さんの面会に来た韓国駐在大使館員は、慰めるように言った。亜輝さんは、この大使館員の言葉で事の重大さを知ったという。

そして、運命の判決の日。「主文、被告人を懲役3年に処す」。亜輝さんは無罪を主張したが、3年の実刑が確定した。簡単な考査を済ませ、亜輝さんは韓国最大の『清州刑務所』に服役することになる。「日本の刑務所のように、女の子の性器の中を調べられるなんてことはなかった。全裸での簡単な検査が終わったら、舎房に入れられた。そこは、韓国語を話せない外国人ばかりの舎房だった」。亜輝さんは、入所から1年間、この舎房で過ごすことになる。日本の刑務所でいうと考査房に当たるのだろう。「舎房は雑居だったよ。雑居といっても、言葉が理解できない外国人ばっかりだったから、会話が成立しないんだ。これが一番辛くて、鬱病みたいになって、生理も出所までズーッと止まっていた。そんな辛い暮らしを助けてくれたのが、両親の面会。会話に飢えている私に、日本から両親が態々会いに来てくれて…。私、面会室で号泣しちゃった」。その日は亜輝さんの誕生日だった。亜輝さんが背中に刺青を入れた時、生まれて初めて母親に殴られたという。以来、母親との間には確執があったのだが、バカな娘の為に面会に来てくれた親心に感動し、心から感謝した。「日本と韓国は近いようでも、やっぱり外国は外国。異国での生活は、日本人の私には中々馴染めなかったよ。舎房の床は畳じゃなくて、ゴムマットのようなフローリングで、食事用に大きなテーブルがあった。壁には、皆の私物整理用の棚があった。練る時は布団じゃなくて、マットレスに毛布だけ。トイレは日本の刑務所と同じで、腰から下は磨りガラスで見えないようになっていて、上半身はガラス張り。トイレットペーパーとかは、舎房の皆と持ち回りで購入したよ」。日本の刑務所が定価販売なのに対し、清州刑務所は購入物品全てが定価より格安だったという。「刑務所だけど、仕事をするかしないかは自由。刑務作業ってのが無かった。それに、お菓子とかの食品は月に4万ウォン(4000円)まで買えた。日用品とか生活必需品は無制限に買えるんだよ」。刑務作業を続けることで贖罪する日本の刑務所と違い、韓国では強制ではなく、あくまでも本人の意思を尊重する。亜輝さんは入所当初、作業に出役せず、手紙や日記を書くことで寂しさを紛らわしていたという。日本語で手紙や日記を書くことで、心の平衡を保てたのである。そんな清州刑務所での苦しい1年が過ぎた頃、亜輝さんは別の外国人房に移された。「ここで初めて、日本人受刑者と同房になれたんだ。1人の無期懲役の中国人女性以外、日本人受刑者は全員、運び屋で捕まっていた。皆、男の為に身体を懸けてね。私は日本人と話せるようになってから、だいぶ元気になったよ」。日本人と生活できるようになって、亜輝さんは舎房に引きこもらないで、工場に出役するようになったのである。「工場は洋裁工場。私は仕事が好きじゃなかったから、ミシンは使わずに雑用ばっか。それでも暇潰しにはなったよね」。だが、亜輝さんは決して模範囚という訳ではなかった。「工場では何度も外国人と喧嘩した。ギャルサー時代のリーダーシップを教官(刑務官)に評価されたのかな、出所が近付いた頃は工場の班長に任命されていたよ」。

20170314 08
工場作業を終えた後の自由時間は、細やかな楽しみだった。「テレビは、退屈な刑務所生活で貴重な娯楽だったね。丁度その頃、バンクーバーで冬のオリンピックをやっていた。日本人の活躍を見たいと思っていたのに、キム・ヨナが金メダルを獲った瞬間ばっかりテレビで流されてウザかったもん。別に韓国人が嫌いだった訳じゃないよ。母親ほども年の離れた韓国人受刑者から韓国語を習ったりしていたから。無期懲役の中国人女性とも凄く仲良かったよ」。この清州刑務所は、韓国で観客動員数380万人を誇った映画『ハーモニー 心をつなぐ歌』(CJエンタテインメントジャパン)の舞台となった刑務所である。亜輝さんと同房の無期懲役の中国人との友情は、まさにハーモニーを彷彿とさせる。「敷地内でロケがあったのは知っている。洗濯物を干すシーンの側が、私の舎房の近くだったよ。流石にエキストラでも出してくれなかったけど(笑)。制作側はセットを使う予定だったが、清州刑務所側が内容の趣旨に賛同し、所内の撮影を許可したという。受刑者が生活している空間を使ったロケは、韓国でも異例のことだった。「日本の刑務所と違って、韓国の刑務所は、中で受刑者が出産したら、18ヵ月だけ母親が赤ちゃんを養育することが許されるんだって。普通に雑居房で、赤ちゃんと他の受刑者と毎日の生活を送るんだよ」。流石に赤ちゃんとの生活は体験しなかったが、軈て亜輝さんにも出所の日が来る。韓国の法規により、亜輝さんには仮釈放が無かった。亜輝さんだけではなく、男に利用された運び屋の日本人女性たちは全員、仮釈放が付かず、満期だった。「辛い3年間だったけど、いいことも一杯あったよ。先ず、自分の悪い部分にどんどん気付いて、見直すことができるようになったのが一番かな。だから、反省はしているけど、服役したことを後悔はしていないよ」。亜輝さんは今、歌舞伎町で小さなクラブを経営している。「私が27歳の若さで独立できたのも、3年間の受刑生活で心身共に成長できたからかな」。刑務所は行刑施設であるが、人によってはモラトリアム期間となることもあり得るのである。逮捕から7年、亜輝さんは失った3年間を取り戻そうと、懸命に頑張っている。 (取材・文/ノンフィクション作家 影野臣直)


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