安倍首相に捧げる北方領土問題の正解――自称“ロシア通”に騙されるな! 間違いだらけの北方領土論を徹底論破する!

20160315 01

昨年12月15・16日、山口県長門市で、安倍晋三首相とロシアのウラジーミル・プーチン大統領が北方領土問題について会談した。「70年間動かなかった北方領土問題が大きく前進する」という期待の下、かなり前から報道が過熱していた。問題なのは、その中で発信力が強い人物が、メディアで誤った歴史認識を表明したことだ。これによって、日本国民にも間違った歴史認識が広まった懸念がある。とりわけ目立ったのは、口を開く毎に“歴史的事実”を連呼する鈴木宗男氏だ。例えば鈴木氏は、日本が批准した『サンフランシスコ講和条約』で、日本が南樺太や千島列島を放棄し、ソビエト連邦に引き渡したかのような発言をするが、同条約は「(それらを)ソ連に渡してはならない」と決めている。また、「歯舞・色丹の2島返還ではなく、択捉・国後を含めた4島返還でなければ、サンフランシスコ講和条約に反する」とした“ダレスの恫喝”(※鈴木氏の表現)は、逆に読むと、アメリカが日本に2島ではなく4島の主権を認めた有り難い発言でもある。鈴木氏の“歴史的事実”は、その主張と逆のことを証明している。中立的立場ながら、誤った情報を発信している人物として、橋下徹氏も挙げられる。橋下氏は「ヤルタ体制が覆らない限り、北方領土は取り戻せない」と発言しているが、ヤルタ体制なるものは最初から破綻していた。「ソ連の対日参戦を条件に、南樺太・千島をソ連に与える」とした『ヤルタ極東密約』も、フランクリン・ルーズベルト大統領の個人的約束に過ぎず、アメリカの議会もイギリスの議会も批准していない。しかも、米英両国はポツダム会議で、最終的にはソ連に対日参戦を要請しなかった。「ソ連は、連合国の合意が無いまま、日ソ中立条約に違反して、不法な侵略戦争を行った」というのが歴史的事実だ。また、橋下氏は(※鈴木氏もだが)国連憲章第107条の敵国条項にも言及するが、これによって「北方領土の占拠を合法化できる」と解釈しているのは、ソ連及びロシアだけである。また、彼らは後述するように、この条文を意図的に誤読している。更に1991年、海部俊樹首相とソ連のミハイル・ゴルバチョフ最高指導者による共同声明で、この条項が最早意味を失ったということを確認している上、国連でもこの条項の削除を進める決議が2005年になされている。そこで、以下で詳しい解説を交えつつ、この歴史問題の正解を出していきたい。

①ヤルタ極東密約
【誤り】ヤルタ極東密約で、ソ連の対日参戦を条件に、南樺太・千島列島はソ連に引き渡すことに決まった。その後、ソ連は参戦したので、南樺太及び我々が北方領土と呼んでいる島々を含む千島列島は、ソ連のものになった。
【正解】ヤルタ極東密約は米英の議会が批准しておらず、個人的密約なので、効力は無い。また、ポツダム会議で米英中は、最終的にソ連に参戦を要請しなかった。
【解説】先ず、『ヤルタ協定』とヤルタ極東密約は違うものだ。前者はヨーロッパの勢力地図を決めようとしたもので、後者はソ連に対日参戦させる為に領土と利権を与えることを決めたもの。ソ連はヤルタ協定について、ポーランド間等で最初から破っている。従って、「この協定を守れ」と言う立場にはない。極東密約も、関知していない日本だけでなく、英米に対しても拘束力はない。この密約は、ポツダム会議中に米ソ間だけの秘密会議で話し合われたもので、イギリスは加わっていない。それは、当時のウィンストン・チャーチル首相も第2次世界大戦回顧録で書いている通り。但し彼は、これも回顧録で述べているが、協定書に署名はしている。中国(国府)は完全に蚊帳の外だった。チャーチルの署名にしても、議会の承認も、閣議での合意も得ていない。そして、その後も得ることは無く、個人的約束のまま放置された。その証拠に、1952年になってイギリスの外務省が、この密約を初めて知り大騒ぎした経緯が、『ヤルタ極東密約協定』という公文書に残っている。アメリカでも、ルーズベルト大統領は議会に諮らず、密約のままにしていた。その死を受けて大統領になったハリー・トルーマンは、ポーランド問題等、ソ連のヤルタ協定違反のことで、ソ連のヴャチェスラフ・モロトフ外務大臣と激しい言い合いをした。この段階で、「極東密約を守る義務は無い」とトルーマンは考えるようになった。特に原爆完成後は、「ソ連の参戦は日本を降伏させる上で不要」と判断した。事実、モロトフにジェームズ・バーンズ国務長官がソ連に対日参戦を要請する文書を求められた時、拒否している。これは後で詳述する。アメリカ側では漸く、サンフランシスコ講和条約の準備段階になって極東密約のことが明らかになり、騒動になった。そして1952年、上院でサンフランシスコ講和条約の批准が行われる際、ヤルタ極東密約を承認しないことを付帯決議した。

②ポツダム宣言
【誤り】ソ連はポツダム会議に加わり、ポツダム宣言に署名しているので、ポツダム宣言第8条の「日本の主権は本州・北海道・九州・四国およびわれわれの決めた小島に限定される」の“われわれ”に当たり、日本の領土を決める権利がある。
【正解】ソ連はポツダム会議に参加したが、ポツダム宣言に署名することを拒否され、署名しないままポツダムを去っている。従って、ソ連は“われわれ”には含まれず、日本の領土を決める権利はない。
【解説】ポツダム宣言はアメリカ側が用意し、ソ連の同意無く、1945年7月26日にプレスリリースされた。ソ連もポツダム宣言案を用意してきたが、一顧だにされなかった。つまり、アメリカが用意してきた原案にイギリスと中国(国府)が同意しただけで、その内容にはソ連の如何なる意向も入っていない。当然ながら、この宣言書にスターリンは署名していない。署名欄は同一筆跡で、3ヵ国ともトルーマンの筆跡になっている。この宣言にある“われわれ”は、アメリカとイギリスと電報で同意を伝えた中国である。従って、ソ連に“小さな島々”を決める権利は無い。その証拠に、アメリカは戦後もこの態度を一貫して取っている。百歩譲って、ソ連を“われわれ”に含めるとしても、“われわれ”なので、米英中の合意無しにソ連が単独で日本の領土を決める権利は無い。ということは、ロシアが「2島を返還する」と言っても、それはポツダム宣言違反ということになる。

③ソ連の対日戦争
【誤り】ソ連の対日戦争は、英米や連合国の合意を得た合法的なものである。また、国連憲章によっても合法とされている。
【正解】ソ連の対日戦争は、英米及び連合国の合意が無いまま、日ソ中立条約に違反して起こした不法な侵略戦争である。ポツダム会議で武力行使の協議は行われず、協定書も作られなかったので、国連憲章によっても正当化できない。
【解説】ソ連は日ソ中立条約に違反して対日戦争をした。これを合法化する理由として、ソ連はヤルタ極東密約を挙げるが、前述の理由により密約は無効である。また、ポツダム会議中の7月29日、モロトフが「アメリカとイギリスとその他の連合国からソ連政府に対して対日参戦の要請書が欲しい」と要請した時、バーンズは「モスクワ宣言第5条と国連憲章103条と106条で十分なので、その必要はない」と拒絶している。国連憲章第106条は、「国連憲章第42条にある“国際平和及び安全の維持”の為の武力の行使を、第43条にある“国連の加盟国の間で特別協定を結ぶ”という条件を満たさなくても、モスクワ宣言に加わった4ヵ国(米英ソ中)と協議して暫定的に行使できる」としたもの。第103条は、「国連憲章が他の国際協定よりも優先する」と定めたもの。モスクワ宣言の第5条も、「4ヵ国が“国際の平和及び安全の維持”の為の共同の武力行使を互いに協議する」としている。つまり、バーンズは「何れ話し合って協定書を作るから、要請書は不要だ」としたのだ。ところが、その話し合いが持たれないうちに原爆の実験が成功し、「その使用によって日本を降伏させることができる」と考えたアメリカは、一方的にポツダム宣言を発表して、日本に対する武力行使の協議も協定書も作らないまま、ポツダム会議の幕を閉じてしまった。バーンズは回顧録で、「日本の降伏が近くに迫っており、われわれはもちろんソ連を戦争に参加させたくなかった」と真意を語っている。トルーマンも「米国と連合国は、ソ連を日本との中立条約に違反させる義務を負っていない」と、彼の回顧録で書いている。英米は、原爆の実験が成功した7月16日以降、対日武力行使を協議する意思を失っていたのだ。それでも領土欲に目が眩んだソ連は、米英を初めとする連合国の要請も無く、武力行使の為の協定も無いまま、勝手に侵略戦争に走った。ソ連に日ソ中立条約違反と対日戦争を正当化する根拠を与えないこと、それによってソ連に思い留まらせることが、トルーマンとバーンズの狙いだった。

④国連憲章第107条(敵国条項)
【誤り】国連憲章第107条(敵国条項)によって、ソ連は戦争の結果、取得した南樺太及び千島列島を正当に領有している。
【正解】1991年の海部・ゴルバチョフ会談の共同声明で、敵国条項が意味を失っていることを確認しており、ソ連の後継国であるロシアも日本に敵国条項を適用することはできない。また、「この条項によって(ソ連による)北方領土の占拠を正当化できる」という解釈は、ソ連及びロシアしかしていない。アメリカはソ連及びロシアのような解釈はせず、故に戦後一貫してソ連の占拠を不法としている。更に、2005年の国際連合首脳会議で敵国条項を削除することが確認されており、この条項は死文となっている。
【解説】1991年海部・ゴルバチョフによる日ソ共同声明は以下の通り。「双方は、国際連合憲章における“旧敵国”条項がもはやその意味を失っていることを確認するとともに、国際連合の憲章及び機構の強化の必要性に留意しつつこの問題の適切な解決方法を探求すべきことにつき意見の一致をみた」。よって、ソ連の後継国たるロシアが、この条項を理由に北方領土の不法占拠を正当化できない。また、ロシア(※特にセルゲイ・ラブロフ外務大臣)は繰り返し“戦争の結果”とミスリードするが、この条項の原文を読むと、国連憲章によって無効化できないとしているのは“戦争の結果”ではなく、“戦争の結果とった行動(action)”である。これでは精々、軍事的占領くらいの意味にしか取れない。これは大きな違いであり、ロシアが詐術を弄していることは明らかだ。因みに、軍事占領は主権とは別で、主権は軍事占領によっても奪われるものではない。抑々、領土や利権を得ることを目的に、日ソ中立条約に違反し、米英及び連合国の合意も無しに、日本に侵略戦争をしかけた結果として、その領土を奪うことをこの条項が正当化しているとするなら、国連憲章全体が空文化する。アメリカは1952年、「ポツダム宣言にある占領目的を達成した」として、日本本土の占領を終結させている。その後、奄美・小笠原・沖縄も返還している。若しロシアのような解釈をするなら、アメリカは奄美・小笠原・沖縄を返還しなくてよかったことになる。アメリカの例に照らしても、ロシアのようにこの条項を解釈するのは誤りである。加えて、敵国条項は1995年、日本やドイツ等が国連総会において削除する決議案を提出し、賛成多数で採択されている。2005年の国連首脳会合では、削除を決意することが確認されている。

⑤サンフランシスコ講和条約
【誤り】1951年のサンフランシスコ講和条約で、日本は南樺太・千島列島を放棄したので、南樺太と北方4島を含めた千島列島はソ連のものになった。
【正解】サンフランシスコ講和条約により、日本は南樺太・千島列島を放棄したが、同時にこの条約は「(これらを)ソ連に渡してはならない」ともしている。アメリカに関して言えば、上院がサンフランシスコ条約批准の時、付帯決議として極東密約を破棄したので、寧ろソ連の南樺太・千島列島の占拠は不法となった。
【解説】日本はサンフランシスコ講和条約に署名し、これを批准することによって、以下の同条約第2章に従って、南樺太及び千島列島を放棄した。「日本国は、千島列島並びに日本国が1905年9月5日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」。しかし、これはソ連に引き渡すことを意図したものではない。その逆で、以下の第7章25条により、引き渡してはならないことを決めてもいる。「この条約の適用上、連合国とは、日本国と戦争していた国又は以前に第23条に列記する国の領域の一部をなしていたものをいう。但し、各場合に当該国がこの条約に署名し且つこれを批准したことを条件とする。【中略】日本国のいかなる権利、権原又は利益も、この条約のいかなる規定によっても前記のとおり定義された連合国の一国でない国のために減損され、又は害されるものとみなしてはならない」。ソ連はサンフランシスコ条約に署名も批准もしていないので、ここでの“連合国”に含まれない。従って、“連合国”ではないソ連に樺太・千島列島を引き渡してはならない。このことは、1952年3月20日にアメリカ上院でサンフランシスコ講和条約の批准が可決された時、付帯決議として以下のように、この極東密約の批准を否決したことからもっとはっきりする。「上院の助言と決議として、上院はこの条約(サンフランシスコ講和条約)の中には、日本と条約に定める連合国が南樺太やその周辺の島々、千島列島、歯舞、色丹、その他日本が1941年12月7日まで領有していた領土に関する権利や名称や利益をソ連に有利に思われるように減少させたり、誤解させたり、権利や名称や利益がソ連のものであることに合意したとみなされるものはまったくないことを明言する。また、この条約やそれについての上院の助言と同意には、1945年2月11日付の日本に関するいわゆるヤルタ合意に含まれるソ連に有利な条項を米国合衆国が承認したと示唆するものはなにもない」。

⑥ダレス国務長官の干渉
【誤り】1956年の日ソ共同宣言の時、歯舞・色丹の2島返還だけで平和条約を結ぼうとした日本政府に、「4島一括返還でなければサンフランシスコ講和条約に反する」としてダレスが反対した、極めて不当な内政干渉である。
【正解】内政干渉ではあるが、サンフランシスコ講和条約第7章第25条と第26条により、不当とは言えない。ポツダム宣言とサンフランシスコ講和条約の署名国であるアメリカには、そのように主張する権利がある。また、逆に読むと、ポツダム宣言とサンフランシスコ講和条約の署名国であるアメリカが、少なくとも北方4島(※2島ではなく)の主権を日本に認めたものでもある。
【解説】ソ連はポツダム宣言の署名を拒否されているので、“われわれ”に入っていない。つまり、日本の領土を決める立場にはない。また、サンフランシスコ講和条約にソ連は署名も批准もしていない。一方、アメリカはポツダム宣言とサンフランシスコ講和条約の主体である。そのアメリカが、歯舞・色丹の2島返還では、国際法上何の権利も有さないソ連に国後・択捉を引き渡したことになるので、それはサンフランシスコ講和条約第7章第25条違反だとした。そして、以下の第26条の罰則規定(※発効後3年間だけ有効)により、アメリカも国後・択捉に見合う沖縄を貰い受けるとした。「日本国が、いずれかの国との間で、この条約で定めるところよりも大きな利益をその国に与える平和処理又は戦争請求権処理を行ったときは、これと同一の利益は、この条約の当事国にも及ぼさなければならない」。逆に読むと、アメリカは「国後・択捉も日本の領土だ」とお墨付きを与えたことになる。一方、ソ連の「2島を日本に引き渡す」という約束には、何ら国際法上の根拠は無い。元々、ソ連のものではないので、この約束は最初から無効である。アメリカから見れば(※日本から見ても)、ソ連(※今のロシアも)がやろうとしていることは、日本から強奪したものを日本に売り付けようという“盗品売買”である。更に言えば、あくまでもロシアの武力占拠を排除できればの話だが、日本が放棄したまま帰属が決まっていない南樺太・千島列島(※北方4島を除く)をどうするのか、アメリカを入れた多国間で協議することもできる。それ次第では、南樺太・千島列島を日本が回復することも可能である。ソ連は日ソ中立条約に違反して不法な戦争を仕掛けたのだから、戦争前の状況に立ち返って、その時点で日本が領有していた領土は全て手放さなければならない。ポツダム宣言が踏襲している『カイロ宣言』でも、日本が放棄すべき領土は“1914年の第1次世界大戦開始”以後のものとなっていて、南樺太・千島列島はこれに含まれていない。以上述べてきたように、ロシアは北方4島を含めた南樺太及び千島列島に、如何なる合法的権利も持っていない。戦争の為の戦力を持たない日本がすべきことは、約束を守らない相手と“盗品買戻し契約”を結ぶことではなく、一緒に“盗品”を返すよう圧力をかけてくれる強い絆の同盟国を増やすことである。


有馬哲夫(ありま・てつお) 社会学者・早稲田大学社会科学部社会科学総合学術院教授。1953年、青森県生まれ。早稲田大学第一文学部英文科卒。東北大学大学院文学研究科英文学博士課程単位取得満期退学。ミズーリ大学客員教授、メリーランド大学客員研究員等を経て現職。著書に『昭和史を動かしたアメリカ情報機関』(平凡社新書)・『アレン・ダレス 原爆・天皇制・終戦をめぐる暗闘』(講談社)等。


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