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【木曜ニュースX】(196) 略奪横行、隣人に殺される不安…“屈辱”のマリウポリ占領、“恥辱”のロシア国歌

ロシア軍の激しい包囲攻撃を受けたウクライナ南東部の要衝、マリウポリ。街の大部分は破壊され、ロシア軍の占領下に置かれている。そこから北西約200㎞にあるザポロジエには日々、命辛々逃れてきたマリウポリ市民が到着している。今月上旬、現地で取材した。 (取材・文・撮影/カイロ支局 真野森作)



20220519 01
町外れの倉庫の居室に、涙ぐむ女性と高齢者ら6人の姿があった。何れも先月中旬にマリウポリを脱出し、1ヵ月近くかけてウクライナ政府側の拠点都市、ザポロジエに辿り着いたばかり。「私たちを助けてくれて本当にありがとう」。終盤の道程を車で送迎する等支援したのは、プロテスタントの牧師、ゲンナジー・モフネンコさん(54、右画像の右から2人目)らのボランティア組織だ。自身は侵攻直後にマリウポリから孤児院の子供たちを避難させ、戻れなくなったという。「これまでに1200人以上の脱出を助けた」と話した。前線近くまで食料等支援物資も運んでおり、小さな倉庫が彼らの基地だ。「悪夢が漸く終わった」と口にする避難民に体験を聞いた。会計士のエレーナ・アバルマソワさんと18歳の娘、ワレリヤさんの母子(※右画像の左側2人)は、戦闘の最前線となったエリアの9階建て共同住宅で暮らしていた。2月下旬にロシア軍の侵攻が始まって、直ぐに地下駐車場へ他の住民約100人と避難したという。隣の建物が焼け落ちた為、そこの住民たちも受け入れた。「私たちの住宅は合計5回の攻撃を受けた。爆発で腕や脚を引きちぎられた人たちは、出血多量で死んでいった」。エレーナさんは振り返る。電気や水道等といった生活インフラは全て破壊された。外で集めた枯れ枝で焚火を熾して調理し、雑魚寝する日々。「3月までは寒くて足が凍え、寝るのもつらかった」。それでも侵攻当初にウクライナ軍兵士が地下へマットレスや食料、医薬品を運んでくれたことが功を奏し、生き延びられたと感謝している。市民にとって一番危険だったのは、水源から飲み水を運んでくる作業だった。砲撃や流れ弾をかいくぐって行くしかない。道路には犠牲となった人々の遺体が幾つも横たわっていた。

爆音の中で緊張を強いられる生活だったが、エレーナさんは「戦争には少しずつ慣れていった」と語る。寧ろ、市民の間での略奪行為の横行が「戦争より怖かった」という。食料品が不足する中、他人から力ずくで奪ってでも得ようという住民も現れていたからだ。「下手すれば隣人に殺されるかもしれない。人はそんなところまで落ちてしまう」。ロシア軍による占領後、ロシア側が開いた人道支援物資の配給所へ何度か足を運んだ。午前11時の開始を目がけ、腹を空かせた人々が早朝から列を作る。屈辱的だったのは、配給時にロシア国歌が流されることだった。「(ロシア軍の攻撃で)家も日常生活も失った中で、悔しくて涙が出た」と唇を噛み締めた。ウクライナ東部のドネツク州では2014年5月、ロシアを後ろ盾とする武装勢力とウクライナ軍の本格的な戦闘が始まり、この年の夏には同州南部に位置するマリウポリでも武力衝突が繰り広げられた。マリウポリは一時期、武装勢力側に占拠された経緯もあり、親露的な住民が人口の2~3割は存在すると指摘される。エレーナさんは配給所で40代の親露派の地元男性に初めて遭遇し、「ロシアによって街が解放された」と話す姿に衝撃を受けた。ソ連時代に郷愁を抱く高齢層の親露派志向は未だ理解できたが、同世代にもいるとは思わなかったからだ。こうした背景もあり、ロシアの対独戦勝記念日に当たる今月9日、マリウポリ市内では親露派勢力のパレードが実施されている。ロシア軍による占領を喜ぶ住民も中にはいるのが現実だ。エレーナさんは、ロシア軍支配下の街を歩く際には、娘のワレリヤさんが襲われないようにと上着のフードで顔を覆わせ、毎晩寝る時は2人でぎゅっと手を握っていた。一番の気がかりは、別の地区に暮らす年老いた母親の安否だった。その後に知ったのは、多くの市民が希望の有無に関わらず親露派支配地域やロシアへ連行されているという話だ。2ヵ月以上所在が不明だったエレーナさんの母親も、ロシア軍兵士の命令で車に乗せられ、親露派側のドネツク市へ送られていた。エレーナさんとワレリヤさんは心を決め、先月10日に徒歩で故郷を離れた。マリウポリから出る際には、重装備のロシア軍の検問で携帯電話の写真やメール、SNS等を細かくチェックされ、恐怖を感じたという。「戦争前までつまらない不満を口にしていたけれど、今思えば美しい街で満足な暮らしを送っていた。21世紀に何故、こんな中世のようなことが起きるのでしょう」。今月6日、ザポロジエ郊外の避難民受け入れ所にマリウポリから到着したばかりの男性、アレクサンドルさん(※仮名、56)は「巨大なローラーが街の上を転がり、全てを押し潰す光景を想像してほしい。空爆、ミサイル、様々な爆弾が住宅を襲った。ヤツらには何の躊躇いもない。これはまさにジェノサイドだ」と沈鬱な表情で語った。元ウクライナ軍人の為、占領地に残る知人らへの危害の恐れを考えて、本名は明かせないという。アレクサンドルさんはロシア軍による2月24日の侵攻開始後、国防省傘下の地域防衛隊の一員として防衛戦に加わった。住宅の間を走り回り、塹壕から銃を撃ったが、多勢に無勢だった。

仲間は3人しか残らず、比較的頑丈な自宅の半地下部分へ逃げ込んだ。「住居を破壊された隣人たちを助け、地下室に閉じ込められた人々を救出したこともあった」。一緒に暮らした隣人の中には高齢女性も3人おり、1人は負傷していたが、治療の手立ては無かった。「市街戦は民間人の犠牲を意味する。誰がヤツらを招いたというのか」と憤る。ロシア軍の戦車が、自国側の戦死者や負傷兵をも踏み潰しながら走って行く様子を目撃したという。「花火のように落ちてきて、その後、燃え始める」という焼夷弾での攻撃も体験した。戦禍の中では生き抜くのに必死だった。幸い、近くの泉から飲み水は得られた。食料は倉庫から盗み出したり、破壊された家々から穀類を少しずつ見つけたりした。ある壊れた倉庫で見つけたたばこ2カートンは貴重だった。たばこ1箱が「ガソリン1リットル、小麦1㎏等、何にでも交換できた」からだ。緑豊かな港湾工業都市だったマリウポリは変わり果てた。「最早、何もない。一からの再建が必要になる。ヤツらは大型爆弾も落とし、爆発で巨大なクレーターができている」。アレクサンドルさんが市内から脱出したのは先月17日だった。運良く車に乗せてもらったり、歩いたりしながら幾つもの検問を通過し、ザポロジエまでは実に20日間かかった。ロシア軍は、占領地から出ようとするウクライナ軍関係者をデータベースで特定し、拘束しているという。アレクサンドルさんの場合はリストでのチェックが甘かった為、危うく難を逃れた。検問の一つではロシア軍兵士と話す機会もあった。その彼は「マリウポリでは大勢が戦死した。(ロシアの)家に帰りたい」と嘆き、軍用糧食を分けてくれたという。2日ぶりの真面な食事だった。「私には家も車もあった。今や(所有物は)この小さなリュックサックだけ。ロシア人は戦争犯罪者たちだ。1発のミサイルでどんな悲劇が生まれるか、想像しようとしない。ウラジーミル・プーチンに(ロシア大統領選で)投票した全員に連帯責任がある」。こう語り、拳を固く握った。アレクサンドルさんが到着した避難民受け入れ所は、ショッピングモールの駐車場に大型テントを設営したものだ。激戦が続くマリウポリの『アゾフスターリ製鉄所』からの避難バスも到着する支援拠点。避難民は警察による身元確認の後、食事や衣類を受け取れる。当初は砲撃による負傷者が多かった為、医務室もある。ボランティアとして働くデニス・クニシュさん(31)は、「避難民の多くは心理的に深刻な状態で来る。地下に長く身を隠し、雨水を飲んで生き抜いてきたからだ。製鉄所から逃れた人たちは特に疲れ切り、厳しい状況を思い出しては涙を流していた」と語る。心理カウンセラーのナタリア・アチューシェワさん(45)は、「母親の皆さんは自分の子供を前に落ち着いてみせねばならず、何が起きているか説明するのにも苦労したそうです」と話した。子供たちにとって戦争体験は深い心の傷になる為、表面上は元気になっても注意するよう親に促している。ザポロジエでは、2014年から続いたウクライナ東部紛争の避難民を受け入れてきた為、経験が蓄積されている面もある。現在はロシア軍の占領地域から数十㎞しか離れておらず、ザポロジエ原発も攻撃された。空襲警報が頻繁に鳴る中、市内にはザポロジエ州内からの避難民も多く、支援物資配給所には長い行列ができていた。


キャプチャ  2022年5月13日付掲載




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