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【WEEKEND PLUS】(209) 「いつか日本全体から頼られる島になれたら」――お笑いコンビ『ガレッジセール』ゴリさんインタビュー

終戦後27年間、アメリカ統治下にあった沖縄が日本に復帰してから、今月15日で50年を迎える。お笑いコンビ『ガレッジセール』のゴリさん(49)は、復帰1週間後の沖縄に生まれて“復帰っ子”と呼ばれてきた。その目に、50年の節目はどう映るのか。里帰りしたゴリさんに、那覇市で聞いた。 (聞き手/東京本社コンテンツ編成センター 伊藤絵理子)



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1972年に生まれたゴリさんは、県民の4人に1人が亡くなったという沖縄戦も、統治下の生活も知らない。アメリカ軍基地があることが当たり前で、アメリカの音楽やファッションに憧れて育った。だが、年を重ねるにつれ、復帰の年に生まれたことが意味を持ち始めたという。「小さな使命感のようなものがありますね。『沖縄の為に尽くしなさい』と言われているような気がして」。ゴリさんにとって、生まれ育った沖縄は“血と骨”そのものだと力を込める。先月中旬の昼下がり、那覇市の国際通りに敷かれた赤いカーペットを歩くゴリさんは、晴れやかな表情を見せていた。所属する『吉本興業』が運営に携わり、14回目を迎えた『沖縄国際映画祭』のハイライトだ。沖縄を題材にした映画や舞台等が2日間に亘り披露された。ゴリさんは映画祭に参加する常連で、今回はイベントの進行役等を務めた。コロナ禍で3年ぶりとなったレッドカーペットで、ゴリさんは感慨を語った。「沖縄で大きな映画祭が成功するのかなと思っていましたが、春の風物詩として定着した。こんなに嬉しいことはないです」。観光業に依存する沖縄に、新しい産業としてエンターテインメントを根付かせようと奮闘してきた。その思いが伝わった手応えを感じていたのだろう。口調も軽やかなお笑い芸人には、別の横顔がある。先月、初の小説『海ヤカラ』(ポプラ社)を刊行した。小説は子供達に沖縄の歴史を伝えるこの上ない表現手段だと、ゴリさんは考えていた。

舞台は、アメリカ統治下にあった1970年の糸満の港町だ。豊かな自然に生きる10歳の少年、ヤカラの成長物語に、沖縄戦や基地問題等の複雑で悲しい歴史を織り込んだ。「日本なのに日本じゃない。自分たちの島のルールを、アメリカが決める。アメリカ人が悪いことをしても罪に問われないという状況が、沖縄には27年間あった。そんな時代と場所があることを知ってもらいたかった」と執筆の理由を語る。作中、象徴的な場面がある。飲酒運転のアメリカ兵の車に轢かれ、歩行中の女性が死亡した。アメリカ兵は無罪となって本土へ帰国する。実際に1970年9月に沖縄県糸満市で起きた『糸満事件』を彷彿させる設定だ。「命の重さはちがうのかぁ!」。怒る住民の抗議デモを目にしたヤカラは、“自分たちの知らない沖縄”だと衝撃を受ける。ゴリさんは、主人公の父に「これが今の沖縄の現実さぁ。大事なことを自分たちで決められるようになるまで、沖縄の戦争は終わらない」と語らせた。「穏やかに見える日常生活に、戦争の影が入り込んでいる。少年が成長するにつれてその現実を感じ取っていくように、読んでいる人も共感してくれるのではないかと考えました」。小説には、ヤカラの父が沖縄戦の体験を語る場面もある。「海からは軍艦の艦砲弾が、空からは戦闘機の爆弾が落ちてくるから、まわりは死体だらけでねぇ…。逃げるのに必死で、死んだ人の上を歩いてもなにも感じないぐらいだったよぉ…」。架空の話ではない。ゴリさんが30代の時に知り、衝撃を受けた母の体験だという。「沖縄戦を伝えるテレビ番組を母と一緒に見ていた時、初めて僕から尋ねたんですよ」。祖父母も両親も、戦争の話はしたがらなかった。ゴリさんも聞けなかった。変化があったのは、自身が家庭を持ち、子供を授かってからだ。「子供達の未来に関わるようなことがあったら嫌だと思ったら、戦争が他人事ではなくなってきました」と振り返る。幼い頃から受けてきた平和学習も、この頃には理解を深められるようになっていた。「人は人を助けることができる。でも戦争の下では、人が人を追い詰める。憎くもない人の命を奪う。穴の中に人がいるとわかっていて、火炎放射器を向ける。平穏な日常生活を送っていた人たちが命の危険に晒される。ウクライナも同じです」。思い起こすのは、ウクライナ侵攻でロシア軍に包囲されたマリウポリの製鉄所だ。内部に民間人が避難しているとわかっていながら、攻撃が続いた。ゴリさんは、一国のリーダーの重要性にも言及する。「政治家や上に立つ人が決めたことに、兵士や民間人が巻き込まれる。だからこそ明快な判断力があり、頼れるリーダーを僕らも選ぶべきなんです」。ゴリさんは多感な時期に、沖縄を外から眺めている。7歳からの4年間は大阪で過ごし、「沖縄は経済や文化、全てにおいて遅れている」と感じた。19歳で上京してガレッジセールを結成した後は、相方の川田広樹さん(49)と「標準語でないと勝負できない」と沖縄の方言を封印した。

そうした本土へのコンプレックスも、沖縄出身の安室奈美恵さんが“平成の歌姫”として時代のシンボルになった頃には解消されていった。だが、小説で描いた“自分たちで決められない”構造は、復帰から50年経ってもなお残る。経済的にも、所得、貧困率、離婚率等多くの指標で、沖縄県はワーストの順位から抜け出せない。「経済が悪化すると家庭で夫婦仲が悪くなり、教育が手薄になる。子供が非行に走り、望まない妊娠も起きかねない。経済的な問題が生む負の連鎖とどう向き合っていくかが、常に僕の中の課題なんです。沖縄が抱えるそういった負の部分をエンタメに昇華するのは難しい。それができるのはドキュメンタリーの分野だと思うんです」。ゴリさんは、映画監督として作品の中で基地問題に触れてきた。「日本にあるアメリカ軍基地の70%が沖縄に集中している。だからといって、全部撤去するのはとても難しいことですし、日米地位協定や日米安全保障条約を見直すことも並大抵のことではない」。難題だとわかっていても、問題から目を背けない。ゴリさんの言葉を聞いて、復帰50年を目前にした沖縄の今の姿を知りたくなり、那覇市中心部を歩いた。カラフルな土産屋が並ぶ国際通りから路地に入り、商店街を奥に進むと生活感が漂い始めた。シャッターを閉めた店も目立つ。開店準備をしていた高齢の男性に、新型コロナウイルスの影響かと尋ねると、こんな答えが返ってきた。「その前から客は郊外に流れていたよ。返還された基地の跡地に商業施設ができて、人気だから」。沖縄県内のアメリカ軍基地は、この半世紀で施設面積の約3割が返還され、今では大型商業施設や高層マンションが建ち並ぶ。終戦前年に生まれたという洋品店を営む女性と店先で話すと、基地問題の複雑さが浮かんだ。「基地のお陰で生活できている人も多いし、基地がなくなったら経済は回らなくなる。沖縄はアメリカに恩がある。だけど、基地反対と声を上げる人がいる中で、そんなこと言ったら大変よ。親子だって本音は話せない」。沖縄の経済に占める基地関連収入は、復帰直後の約15%から5%に縮小し、依存からの脱却が進む。とはいえ、基地が抱える問題は多様で根深い。だからこそ、ゴリさんは自らができることとして“経済的な自立”に取り組んできた。今回の沖縄国際映画祭への参加だけでなく、沖縄出身のお笑い芸人らで作る舞台『おきなわ新喜劇』も旗揚げした。エンタメを産業化することが、経済の自立に繋がると信じている。沖縄の地場産業は戦争で壊された。統治下ではアメリカ資本が幅をきかせ、復帰後に独自の産業を育てる機運もないまま、本土からも資本が入り込んできた。そうした歴史を呑み込んで、ゴリさんは語る。「沖縄県民は数々の困難を乗り越えてきた強さがあります。僕は県民の底力を信じています。いつか日本全体から頼られる島になれたら素敵だなと思います」。 (撮影/喜屋武真之介)


キャプチャ  2022年5月13日付夕刊掲載
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テーマ : 沖縄米軍基地問題
ジャンル : 政治・経済

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