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【中国共産党100年・強権解剖】第1部・源流(05) 国が動かせない“党軍”

20220527 14
南シナ海に浮かび、“中国のハワイ”とも呼ばれる海南島。中でも有数のビーチリゾートとして知られるのが、南端の三亜だ。外資系高級ホテルが並び、砂浜では観光客が日光浴を楽しむ。だが、そこから数百mも歩くと、不釣り合いな看板が立っていた。“軍事施設の撮影禁止 公安局”。近くに人民解放軍海軍の南海艦隊の拠点がある為だ。タクシーで付近を走ると、塀の上に鉄条網が張られた軍事施設が次々と目に入る。運転手に「海軍基地か?」と尋ねると、曖昧な返事の後、無言になった。中国共産党総書記(※国家主席)で中央軍事委員会主席の習近平は4月、三亜を訪れて中国初の強襲揚陸艦等3隻の就役式を行ない、海軍力を誇示した。南シナ海に面した三亜は海洋権益の拡大を進め、アメリカ軍を西太平洋と南シナ海から排除することを狙う中国の前線基地に他ならない。海空軍の急速な近代化を進める解放軍は、常備軍として世界最大の200万人超を擁し、質的にも今世紀中頃に“世界一流の軍隊”となることを目指す。その歴史は党創建6年後の1927年、僅か約2万人の陸上兵力から始まった。江西省南昌で同年8月1日、武装蜂起した南昌蜂起を起源とする。軍の創設直後から一貫しているのが、党と軍を一体化した上で“党が鉄砲(=軍)を指揮する”原則だ。1929年12月、福建省古田で開かれた幹部会議で、毛沢東が起草し、採択された決議文に基づく。以降、民主主義国の軍隊が政治から中立を保つ“国軍”であるのに対し、解放軍は共産党と不即不離の“党軍”であり続けている。

軍の指揮権を持つのは党中央軍事委員会(※現在7人)で、主席以外は職業軍人だ。国家機関の国務院(=政府)は軍を動かせない。この為、巨大な軍事組織を如何に統制するかが、歴代の指導者にとって難題となった。圧倒的なカリスマを誇った毛ですら、軍の実権を握っていた林彪による1971年のクーデター未遂を防げなかった。鄧小平も軍長老らの意向に逆らえず、後継者と目していた胡耀邦の総書記解任(※1987年)に追い込まれている。毛や鄧と異なり、軍歴のないまま総書記となった江沢民と胡錦濤は其々、前任者の息がかかった軍事委副主席(※軍人最高位)の影響力排除に苦心した。特に、胡は軍への指導力を十分に発揮できず、2008年の四川大地震で救助の初動が遅れた一因になったとの指摘もある程だ。習は違った。2012年の総書記就任後、反腐敗闘争を発動し、江沢民派の軍事委副主席を失脚させた。更に、建国以来最大とされる軍事体制改革を断行して、軍事委の下部機関である4総部を解体し、軍事委主席の自らに権力を集中させた。当然、軍には不満が溜まる。軍事体制改革を宣言した翌年の2014年10月、習は一芝居打った。軍の高級幹部約400人を引き連れ、重要会議を開催したのだ。選んだ場所は、毛が85年前に党軍を確立し軍を掌握した福建省古田だった。「(毛が打ち立てた)“党が鉄砲を指揮する”原則こそ、強軍の魂だ」。習は毛を模倣することで軍に党への絶対的忠誠を求め、自らの地位を確立しようとしたのである。習とその周辺が党軍化の徹底を図ったのは、ソビエト連邦崩壊とも関係がある。ソ連軍が国軍化し、党ではなく市民の側についた為、ソ連は崩壊した――と分析しているようだ。党軍の構造そのものの弱点を指摘する声もある。『防衛研究所』主任研究官の杉浦康之は、「軍事改革で習主席の軍への統制力は強まった」としながらも、「一見強固なようで常に不安定要因はある」とみる。台湾の国防大学戦略研究所所長だった沈明室は2018年の論考で、党軍化を強めて政治との距離を縮めた結果、逆に軍が特定の政治勢力と結託して、党の方針を左右する可能性に言及している。沈は、文化大革命を主導し、党の中枢を占めていた四人組が1976年、軍長老である葉剣英らの部隊に電撃逮捕されたこと等を実例として挙げた。中国へ圧力をかけ続けるアメリカに対抗する形で、党と軍内では強硬派の声が高まりつつある。自らも台湾統一の野望を抱く習は、アメリカ軍が介入する前の武力統一を軍が主張した場合、その誘惑に抗しきれるのか。人民解放軍は6年後の2027年に創設100年を迎える。 《敬称略》


キャプチャ  2021年7月5日付掲載
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