【解を探しに】第1部・漂流ニッポン(06) 憧れた国、つらい現実

20170316 05
「自分も海の藻くずになっていたかもしれない」――。神奈川県綾瀬市の小さな貸工場。シリア難民を乗せたボートが難破し、子供らが犠牲になったニュースを見る度に、工場主の春山偉さん(45・右画像)の胸は痛む。27年前、妹と弟を連れ、小さなボートで母国を出た。ベトナム戦争で南ベトナムの軍幹部だった父は度々監禁され、家族も迫害を受けた。「この国では未来が無い」。4日後、南シナ海を漂流中に救われ、“ボートピープル”として日本政府から難民認定を受けた。最初の職場は川崎の町工場だった。だが、快く迎えられたのは初めだけ。先輩から“ベトナム野郎”と罵られた。働きながら大学に通い、金属加工の技術を磨き、2008年に独立。営業先で顔を見た途端、あしらわれたことも一度ではない。「過ぎたことだから…」。10年前に帰化した春山さんの口は重い。事業は軌道に乗り、銀行から融資も受けられるようになった。「人生、ずっと暗いトンネルの中。我慢して、光が見えてきた」。在留外国人は、昨年6月末で過去最多の217万人となった。最近は中国や韓国以外のアジアや南米出身者も目立つ。春山さんら約1万人のインドシナ難民はその先駆けとして、日本社会に道を切り開いた筈だった。

「ボケ! こんなこともわからんのか!」。大阪市内の住宅建設現場に怒号が響いた。雨の中、指示を聞き間違えたベトナム人のグエン・ズンさん(仮名・30)が、日本人に叱責されていた。途上国の人材育成を目的とした技能実習生は約18万人。4年前から3割増えた。グエンさんもその1人だ。来日して2年経たず、満足に日本語を話せない。月給10万円強の内、生活費は3万円。怒鳴られたり殴られたりは日常茶飯事だ。耐え切れずに失踪した仲間は見つかって強制送還された。「日本の暮らしに憧れていた。でも、自分が来たのは間違いだった」。実習生の失踪者は昨年、10月までで約4930人と、年間の最多を更新した。本来は国際貢献の筈の制度が、「低賃金で長時間酷使する抜け道に使われている」(実習生を支援する指宿昭一弁護士)。国士舘大学の鈴木江理子教授(移民政策)は、「いくら外国人が増えても、相手への理解や人権意識が足りないままでは、国際化が進んだとは言えない」と指摘する。「先生に心から深く感謝します」。東京都杉並区の清水隆子さん(62)は11月、ベトナムに帰国した実習生の女性からメッセージを受け取った。女性は、清水さんが代表を務めるNPOで、スマホを使った無料の日本語講座を受けていた。愚痴を言ったり、励ましてもらったり。日本人と日常会話ができたことで、異国での生活に潤いが生まれた。「彼らに必要なのは、小さな支えなのです」。その支えが壁を崩し、光を届けると信じる。


⦿日本経済新聞 2016年1月5日付掲載⦿
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