東京都心のビルを蝕む“永代供養ビジネス”の闇――コンサル会社と建設会社が大儲け、名義だけ借りた“自称”寺院も跋扈

「忙しい貴方も仕事帰りにいつでもご先祖さまを供養」「天候にも左右されずにお墓参り」「格安で永代供養」――。住居ともオフィスともつかない意匠。その正体は、“納骨堂”という名のビル型の墓地である。だが、その栄華の本質は、一攫千金の典型的な“売り切りビジネス”であり、ビル型墓地は近未来、遺骨の溢れ返る廃墟ビルに化ける危険性が高い。“安い・近い・お手軽”を売りにする納骨堂。但し、その将来に陥穽が無ければの話だが――。

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「雨後のタケノコのように…」と言ったら、仏様がお怒りになり、罰が当たるだろうか。そんな例えを想起させるほど、東京都心から感染したかの如く、ある特殊なビルが増殖している。インターネット・テレビCM・活字広告には、メリットがこれでもかと並ぶ。ところが、その美辞麗句とは裏腹に、この納骨堂ビルを舞台とする永代供養ビジネスは、宗教心を忘れた住職の拝金主義と、そこに乗じて暴利を貪るコンサルティング会社や、デベロッパーの底無しの欲心に塗れている。肌寒い先月の昼下がり、東京の一等地として名高い港区赤坂。『TBS』に程近い一ツ木通りの繁華街から緩やかな坂を上ると、20秒ほどで右手に白亜の5階建てビルが現れた。縦に細い建材を幾重にも施す意匠で、ガラス張りの1階ロビー以外、内部は見え難い造りになっている。建物の名称は『伝燈院 赤坂浄苑』。入り口上部に刻まれた三羽の鳥のレリーフは、過去から現在、そして未来への飛翔をイメージしたという。高級石を敷き詰めたロビーは、一流ホテルと見紛う。ここは、現在も販売促進活動を展開しているビル型墓地の1つである。『トヨタ自動車』の『クラウン ロイヤルサルーン』がエントランス前に横付けされた。600万円近いこの高級車の運転席から出てきたのは、作務衣姿で血色の良い住職。遅いランチにでも出かけるのか。毛糸の帽子を被りながら、赤坂の街へ足早に姿を消した。“墓地”の購入を検討しているのだろう。エントランス前では、老夫婦がパンフレットを片手にビルを見上げて、夫人は「とっても綺麗ね」と夫に話しかけている。独身と思われる60歳前後の女性は、終の棲家を探しているのか、ロビーで熱心に説明を聞いていた。

この赤坂浄苑は、2階と3階が参拝ブース。専用カードを翳すと、別の場所に保管された納骨箱が参拝スペースへ機械で自動搬送されてくる。参拝が終わると扉が閉まり、納骨箱は元の場所へ。参拝スペースには花が飾られ、焼香も可能だ。永代使用料は150万円で、維持費に相当する年間護持会費は1万8000円。3758の区画の内、一昨年末までに1100基が販売済み。完売すれば、それだけで56億円余りの巨費になる。赤坂浄苑の主体である伝燈院は、石川県金沢市に本院を置く曹洞宗の寺院。遥か遠い日本海側の寺院がここに納骨堂を開いたのは2013年、桜の季節だった。区画の販売は、仏壇・仏具大手『はせがわ』に委託している。「区画の売れ行きに応じて、はせがわが手数料を取り、残りの売り上げが伝燈院に入る仕組み。そこから伝燈院は、建設費の借金を返済していくお金の流れだ」と、ビル型墓地ビジネスの元担当者は教えてくれた。伝燈院と建設会社の間は、墓地ビジネスを専門とする開発・コンサル会社が仲介している。この方式は他のビル型墓地でも凡そ同じであり、宗教法人の寺院だけが儲ける訳ではない。いや、寧ろ寺院の取り分は「保証金名目等で利益全体の3割程度」と、前出の元担当者は明かす。つまり、ごっそりと大金を手中に収めるのは開発・コンサル会社と建設会社なのである。納骨堂ビルの数は、地方の過疎化・少子高齢化と連動して右肩上がりのカーブを描く。東京全体で2000年度の287ヵ所から、2014年度には387ヵ所へ急増。この大半が都心部で造られた。同じ期間、一般墓地が9783ヵ所から9649ヵ所へ減ったデータと比べると、納骨堂の伸長と盛況ぶりは一目瞭然だ。理由は、寺院や霊園の墓地の値段や抽選倍率に尽きる。墓の価格は、区画の使用できる永代使用料と墓石・工事費等の合算で、総額はバカにならない。都立霊園は安くとも200万円近くに上り、しかも倍率は例年6~7倍。民間も含めて、東京の墓にかかる費用の平均は300万円を超える。老後の資金すらままならないこのご時世に、庶民がポンと出せる金額ではない。これに対し、納骨堂は10万円余りから、高くて150万円の価格帯に集中している。赤坂浄苑のケースで見ると、はせがわは伝燈院の実入りを担保する為、一定数の販売を保証する契約を交わしている。このシステムで、区画の約3割を既に売却したという。麻布・三田・新宿・神楽坂等、ビル型の納骨堂は他にも点在しており、近隣住民と対立したケースも目立つ。ビル型と言っても、1基20万円のロッカー式から、150万円の機械搬送式までタイプが異なる。1区画100万円でも、1000区画の販売で10億円だ。それでも購入者には、一般墓地より廉価で便利であるに越したことはない。宗教法人にとっても、その施設を宗教目的で使用する場合に限り、固定資産税等が原則として非課税扱いになるという極めて有利な税制が適用される。それ故に、“売る側も買う側も満足”と思いきや、「大いなる誤解だ」と関係者は内情を明かす。「結論から言おう」。そう切り出したこの関係者は、「ビル型墓地の多くは、遠くない将来に“幽霊ビル”になるだろう」と言い切った。どういうことなのか?

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マンションと比べてみると、その罠の輪郭が見えてくる。マンションは管理会社にメンテナンスを任せるのが通例で、居住者が規模に応じて管理費を払い、修繕積立金を支払っていく。外装・配管の改修・エレベーターの交換等、多額の経費が見込まれる為、修繕に万全を期すなら、1世帯当たりの平均で100万円ほどの積み立てが必要とも言われる。それでも、子供や孫への相続、或いは売却で誰かが住み続けるのが一般的だ。「マンションなどどうなるかわからない」と指摘されていても、東京の人口や世帯が増え続ける限り、無人のマンションだらけになる風景は想定し難い。他方、ビル型の墓地の永続性は、同じ“空間”利用のマンションよりも格段に危うい。前述した赤坂浄苑の年間維持費は1万8000円で、他は5000~1万円の納骨堂も少なくない。それでも千単位の区画であれば、年間数千万円が転がり込み、一見すると運転資金は十分賄えるように映る。しかし、外装改修やエレベーター交換、況してや搬送式の機械メンテナンス費用は「とてもこんな少額の維持費では賄い切れない」と、前出の関係者は断言する。何故かと言えば、一時的に大金が集まっても、それは年を追う毎に出ていくばかりで、逆に収入が釣瓶落としで減っていく蓋然性が高いからだ。マンションと異なり、納骨堂ビルの場合、将来に亘って子・孫・曾孫と“墓守”が続く保証など全く無い。いや、寧ろ少子高齢化に伴い、首都圏で墓地不足が続く一方、その墓参りをする親族さえいなくなる公算が極めて大きい。となれば、長き将来に亘って必要となる年間維持費を、一体誰が払うのか? それは10年・20年単位で先払いしたところで、気休めでしかあるまい。

加えて、納骨堂に収容できる遺骨の容量は限られ、1基当たり4人分が平均的だ。夫婦2人が入っても、あと2人だけ。維持費も入ってこない。納骨堂のビルは、経年による劣化に歯止めがかからず、改修の費用は工面できない。況してや、建て替えなど絶望的だ。納骨堂を運営する宗教法人は、どこも“永代供養”を売り物にしている。それは、墓参りしてくれる人がいなくても、寺が責任を持って、永代に亘って供養と管理をすることを約している筈だ。だが、維持費もままならず、ビルが朽ちるのに、寺が未来永劫、そんなことを本当に請け負えるのだろうか? 都内の住職は、「抑々、ビル型墓地の乱立は、墓不足と高値につけ込んだ拝金主義の象徴でしかない」と切り捨てる。デベロッパーが寺と組み、寺有地や訳ありの土地に納骨堂ビルの建設を計画する。そして、総額10億円単位で売り捌いていく。宗教法人の実入りは前述したように、精々3割程度で、「デベロッパーやコンサル会社が大金を手に入れて『はい、さようなら』」(前出の関係者)。それが典型的なパターンだという。例えば、土地代10億円、建物5億円としよう。1区画が100万円で5000区画を売れば50億円。単純計算で35億円を売り上げ、この内、デベロッパーが一部を宗教法人へ回す。要するに売りっ放し。寺の住職には、「降って湧いた大金に溺れ、ベンツ等高級車を乗り回して、贅沢三昧の放蕩生活に浸る輩が少なくない」(同前)。だが、それも束の間の夢。宗教法人は、ビルの老朽化と激減していく収入で、息の根が止まりかねないのだ。東京都は2015年3月、赤坂浄苑が納骨堂として使う敷地と建物の前年度分の固定資産税等として、計400万円余りを納めるよう求めた。確かに、地方税法は「宗教法人が宗教目的で使う土地や建物は固定資産税等を非課税にする」と規定され、これまで墓地も非課税扱いだった。そこで伝燈院は、納骨堂も墓地と同じ非課税扱いで申告していた。ところが東京都は、赤坂浄苑が「宗派を問わず遺骨を受け入れ、はせがわに建物内で営業を認めたりしている」として、課税対象と判断したのだ。伝燈院は課税取り消しを求めて提訴。角田徳明住職は、「他で課税された例は聞いておらず、我々だけ課税されるのは納得いかない」「他の宗派の方も受け入れて布教するのは当然。故人の為に毎日読経する等、宗教活動に使っている」と主張したものの、東京地裁は昨年5月、「宗教団体として主たる目的の為に使用している状態とは認められない」と請求を棄却したのだ。この裁判の意味するところは、「原則、非課税の宗教法人の名前を使っても、営利目的と認められれば非課税の特権は与えられない」という、至極当然の事実に他ならない。裏を返せば、税金を払わない前提で収支計画を立てていた宗教法人の目算は、大きく狂ってしまう。皮肉にも、宗教法人が訴えた裁判により、ビル型墓地ビジネスのリスクが証明されたのである。

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赤坂浄苑はホームページで、「継承される方がいらっしゃらない場合は、伝燈院合祀供養塔へ安置し永代供養いたします」と説明するが、ビル型墓地を運営する宗教法人が、どこもそんな余裕がある訳ではない。寧ろ、地方の寺院が墓地開発のコンサル会社と組み、都心に納骨堂を次々と建立させていく異様な景色からは、仏法の教えとはかけ離れた拝金主義の生臭さが漂う。このビジネスの世界では、名義だけ借りたような“自称”寺院も跋扈し、“永代供養”の4文字を掲げて納骨堂ビルへ誘う。宗教法人の看板だけが残り、永代供養してくれる筈の住職は存在しない。そんなビル型墓地が「あと50年、いや30年もすれば続出してこよう」と、先の住職は懸念を隠さない。永代供養とは対極的に、採算の合わない宗教法人は将来、有名無実化してしまう恐れを内包しているのだ。納骨堂ビルを運営する宗教法人の関係者は、「田舎の寺院は荒れ果てて、一般墓地は草ぼうぼうで放置されている」と指摘し、綺麗で利便性の高いビル型墓地の優位性を力説する。それも宗教法人が将来に亘り機能して、経営が成り立っての話だが、この売り切り商売は根っこから永続性と相容れない構図だ。残された遺族の鎮魂の思いからビル型墓地へ入ったはいいが、それは結果として利益最優先の輩を潤わせるだけ。挙げ句の果てに、自分の亡骸は永代供養の名の下で、見知らぬ寺院の一角に押し込まれていく。いや、それどころか、都心の廃墟ビルで人知れず放置される未来すら誰も否定できない。そんな羽目に陥るくらいなら、いっそ野晒しになっても、田舎や郊外で地面のある墓地の草葉の陰に永眠したほうが浮かばれるか。然もなければ、海原へ散骨する“海洋葬”や、大樹の下に纏めて埋葬してもらう“樹木葬”で自然に還るほうがマシかもしれない。“夏草や 兵どもが 夢の跡”――。首都の中枢に佇む遺骨満載の廃墟ビルは、いつの日か、一時の栄達に酔った遺骨ビジネスの墓標となるに違いない。


キャプチャ  2017年3月号掲載




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