【オトナの形を語ろう】(17) 「男は人に笑われてナンボ」…友に教わった“生きる肝心”

前回、私の競輪記者の旧友から、大人の男に必要なこととして、「伊集院さんよ。あんたはいつもどこか気を張っている。それだけではあかん。『男は人に笑われてナンボのもん』ということを身に付けな、そらいつまで経っても二流いうことやで」と教えられたという話を書いた。そのことについて、もう少し詳しく書いておく。私は、若者であった頃のある時から、「他人に、人に笑われるような生き方はすまい」と決めていた。そう決めたのは、私の父親が「いいか、男は人に笑われるようなことをしてはいかんぞ。他人から指差され、笑われるほどみっともないことはない。わかったな」――そう教わったからだ。以来、私は誰に対しても笑われることがないように行動してきた。「馬鹿にされるような男にだけはなるまい」「陰で他人が自分を笑っていることを耳にしたら、『どういうことだ?』と必ず問い質す」。そんな風に生きてきた。ところが、30歳代の半端に、親友が、ある夜、酒場の席でそう話し出した。「お前さんの言葉であっても、俺は他人から笑われるのが大嫌いでね。『笑われるくらいなら死んだほうがマシだ』と思っているんだが」と応えた。

すると、友は言った。「ちゃうちゃう。わての言うてる笑われなあかんいうのは、今日、2人で出た結婚式の披露宴のあんたを見て、言うとこ思たんや」「…」。私は、友が何を言っているのかわからなかった。その日の昼間、私たちは、関西で活躍している競輪選手の結婚式に招かれて出席していた。「あの席で、後半になって、皆が壇上に呼ばれて、踊る拾好になったやろ? あの時、あんただけが浮いていたんや。あんなもん、一緒になってヒョットコでも安来節でも踊って、笑うてもらうんが、わては大人の男やと思うんや。『何を気取ってんのや?』と思われたら、人は懐には入って来てくれへんで…」「悪いが、俺は易々と他人を自分の懐に入れようとは思わない」「そらそれでかまわんとわても思う。けんど、『何を気取りやがって』と人に余計なことを思わせんのは間違うてる。よう考えとき」「…」。私は返事をせず、その夜は友と別れた。しかし、親友の言った言葉である。自分がそうであるように、彼も私のことをいつも考えてくれていることはわかっていた。その言葉は、いつも私の頭の隅から離れなかった。3ヵ月・半年するうちに、友の話そうとした本当の意味がわかりかけてきた。そんな折、住んでいた京都の夕暮れの高瀬川で、1人の男が川の中に首まで浸かり、岸辺から知人に「早く揚がって来い」と言われても、半ベソの顔で杭に掴まったまま、首を振っていた。

夏の夕暮れだったから寒くはなかったが、見物人たちは大笑いをして男を見ていた。男は誰かの名前を呼んでいた。「頭が少しおかしいのか?」とも思ったが、軈て足音がして、小柄な着物の女が小走りにやって来て、男に向かって言った。「あんた、何しょうもないことしてんのや?」「やぁ、来てくれたか。気持ちええで」。男が初めて白い歯を見せて笑った。そこでまた、皆が笑い出した。「早う揚がって来い。せやないと承知せいへんで」「わかった、わかった」。男は頭を掻きながら、ずぶ濡れの身体で岸に揚がってきた。女が差し伸べた手を握って嬉しそうだった。軈て、2人は雑踏の中に消えていった。「面白いもん見たな…」「けど、ええ番やな、あの2人」。見物人も去っていった。その時、私は「他人に笑われるとは何なのだろうか?」と思った。あの男は、見物人に笑われようがどうでもいいのだろう。“笑われる”ということは、然して大人の男が生きていく根本の処にはないのだろう。「そうか…」。1年後、後輩の若い競輪記者の小さな結婚式があり、その席で私は余興で踊りを披露した。普段、踊ることなどしないのだから、懸命に手足を動かせば動かすほど笑われた。席に戻ると友が言った。「あれでえぇねん。皆、嬉しそうやったで」。もう30年以上も前の話であるが、あの時、友が“生きる肝心”を教えてくれなければ、今でも私はつまらない男だっただろう。 【続く】


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。近著に『東京クルージング』(KADOKAWA)。


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