『三越伊勢丹』、社長辞任劇の深層――中間管理職も大西社長から離反、自壊の始まりか?

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「私は今後、“対話”を最も重視した経営を行いたいと思います。経営の内部・経営と従業員・労使間等の“対話”を充実させたいと考えます」――。今月7日朝10時半から、東京都新宿区の『三越伊勢丹ホールディングス』本社8階役員会議室で開かれた労働組合との臨時経営懇話会。来月から新社長に昇格する杉江俊彦取締役専務執行役員(左画像)の声が響いた。同日朝の取締役会で、大西洋社長の事実上の更迭と杉江取締役の昇格が決まったばかり。直後の懇話会には、大西社長を除く全ての社内取締役4人が出席した。労組側からは10人ほどが出席。臨時の会合とはいえ、労使一体で周到にお膳立てした様子が窺える。同社労働組合本部執行委員長の飯沼寿也氏は新経営体制に対して、「生き生きと働くことができ、ハラスメント等が無い職場風土の構築」「コンプライアンスを重視し、透明性のある経営体制」「長期的な従業員の幸せ」等を要望した。雇用安定を前提に、「新経営陣を全面的に支持する」とも述べ、蜜月ぶりが際立った。労組と経営陣による“大西包囲網”が、如何に強固になっていたかを示すものだ。労組と大西社長の間で火種が燻るきっかけとなったのは、昨年11月8日の決算発表だ。記者会見で大西社長は、苦戦する郊外・地方店について、「閉鎖も選択肢として抜本的に改革する」と公表した。記者から具体的な名前を聞かれた大西社長は、臆することなく店名を口にした。千葉県松戸市と東京都府中市にある伊勢丹、愛媛県松山市と広島市にある三越の店舗だ。「社内での具体的な決定事項は無く、閉鎖ありきではない」と付け足したが、メディアに具体的な店名が出たことで取引先等が動揺した。年明けも、札幌市や新潟市の店舗でのリストラを示唆する報道が続く。

「報道によって現場が混乱しています」。今年1月に開かれた経営懇話会。労組から厳しい声が上がった。石塚邦雄会長や大西社長が参加する定期的な会合だが、この時、労組から経営陣を問い質すような訴えが出たのだ。動揺は収まらなかった。先月、組合員に配られた春の労使交渉に向けた議案書。そこには、経営陣を批判する内容が盛り込まれた。「11月以降の経営陣の発言で、現場が混乱している」。石塚会長は労組の訴えに危機感を持ち、飯沼氏に会談を申し込んだ。「詳しい内容を聞かせてほしい。意見があれば言ってほしい」。2人は膝詰めで話し合った。社内の“反大西ムード”は1つの流れになり、今月4日、石塚会長が大西社長と面会。最終的には、大西社長が石塚会長へ辞表を手渡した。三越出身の石塚会長と伊勢丹出身の大西社長との間で起きた“伊勢丹vs三越”の構図に見えなくもないが、そう単純ではない。伊勢丹出身者が多い経営陣の内部でも、大西社長への不満が燻っていた。ある経営幹部によると、大西社長は取締役2人を前に「連携が悪い」と叱責したこともあったという。同13日、次期社長として記者会見に登場した杉江取締役は、大西社長について「社内での対話・コミュニケーションが不足していた」と述べた。取締役会内部で溝が深まっていたのは明らかだ。「社外で良い顔をしながら、社内に戻れば事業の不振を全て部下たちのせいにするのか。大西社長について、不満を持つ幹部は少なくなかった」。ある経営幹部は、そう打ち明ける。「大西社長は、私以上に販売現場を大切にする気持ちがあり、売り場も熟知していた」。東京都内店舗のある幹部がこう話すように、「現場の若手等から声を吸い上げよう」という意識は強かった。だが一方で、停滞する社内の改革を急ぐ余り、会社の屋台骨を支える中間管理職との距離が広がっていく。「若手社員からは支持を得ていたが、中間管理職を非難し過ぎていた」と、ある中堅社員は語る。三越と伊勢丹という、共に歴史ある会社が統合した経緯もあって、役職が多層に重なる重たい組織構造がある。大西社長は風穴を開けようと、社長が直接指揮できる領域を広げる組織改革にも着手していた。だがその一方で、存在意義を問われる中間管理職が疎外感を強めた。もう1つ、大西社長が改革のスピードを上げる為に進めた施策が、新規事業や他社との提携に際して別会社を作ることだ。「本社の官僚的な組織は決定に時間がかかり、思い切った手を打てない」という焦りがあった。例えば、外部との提携で立ち上げた婚礼事業や外食事業等の会社を、次々と設立した。ベンチャー企業のようなスピード感で事業を拡大したい思いがあった。こうした動きに反発する声も漏れてきた。象徴的なのは、2015年秋に提携に合意した『カルチュアコンビニエンスクラブ(CCC)』との取り組み。昨年4月に共同で顧客マーケティング会社を設立し、翌5月からCCCのTポイントサービスを三越伊勢丹に取り入れた。大西社長とCCCの増田宗昭CEOが意気投合したことが、提携を後押しした。

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だが、「三越伊勢丹にとって、顧客特性が違うTポイントとの連携に、どれほどメリットがあるのか?」と懸念する見方もある。大西社長は、単なるポイント連携に留まらず、例えばCCCが大阪府枚方市で展開する新たな商業施設『枚方T-SITE』のノウハウを、「自社の地方・郊外店舗の再生に生かせる」と見た。だが、これも社内の反応は鈍かったようだ。「現場の動きが足りない」と、大西社長は昨秋に話していた。石塚会長は、今年6月の株主総会で退任する予定。新体制は杉江新社長の考えが色濃く反映されることになる。杉江新社長は今月13日の記者会見で、成長事業の育成よりも「先ずは構造改革を優先したい」と述べた。経営戦略本部長である杉江新社長が、大西社長の急速な多角化路線と距離を置く姿勢が滲む。組織風土の刷新や新事業の育成等、大西社長の改革のメニューは一朝一夕に利益に繋がらないものも多い。「ロマンを求める大西氏の姿勢は、数値の目標管理を重視する経営戦略本部との溝を深め、最後は折り合いを付けられなくなった」。ある中堅幹部は、今回の退任劇の背景を解説する。ただ、百貨店という業態を再生させる改革の旗手として、社内外から大西社長への期待が高かったのも事実だ。「“百貨店を変える”というチャレンジ精神を評価していた」(SMBC日興証券シニアアナリストの金森都氏)。各社が横並びだったセールの時期を遅らせる等、業界の商習慣の是正にも動いた。年明けの初売りを遅らせて1月3日からにしたり、営業時間を短縮したりと、従業員の働き易さに配慮した施策も相次ぎ打ち出していた。

業界の“古い常識”を疑い、新たな“百貨店像”を模索していたことは確かだ。若手社員を重視したのは、「百貨店の常識に染まらない従業員の力で百貨店を変えていきたい」という意思の表れだったとも言える。だが、業績が下降線を辿る局面では、利益確保の要請が当然、高まる。大西社長の立場は微妙なものになっていった。三越伊勢丹ホールディングスの今年3月期の業績は、大きく落ち込む見通しだ。売上高が前年同期比2.9%減の1兆2500億円、営業利益は同27.5%減の240億円の予想だ。2018年度に営業利益500億円としていた目標を、延期せざるを得なくなった。ライバルの大手百貨店と比べても劣勢だ。今年2月期の営業利益予想でみると、『大丸松坂屋百貨店』を傘下に持つ『J.フロントリテイリング』は、前の期比6.3%減。『高島屋』は同3.1%増を見込む。これに対して、三越伊勢丹が約3割減と苦戦しているのは、SC(ショッピングセンター)等百貨店以外の事業が少ないことが要因だが、それだけではない。百貨店事業だけで比べてみても、他社よりも収益性が低いのだ。深刻なのは、最大の強みである筈の東京都心の旗艦3店の低迷だ。特に伊勢丹新宿本店の売上高は、昨年4月から先月まで11ヵ月の累計で前年同期比3.1%の減少。今月までの12ヵ月累計で8.7%増としていた当初予想とはかけ離れた数字だ。2012年から開始した新宿本店の改装は、約90億円を投資して翌2013年にかけて実施した。婦人衣料等、売り場構成を抜本的に見直し、ブランド別ではなく、伊勢丹の視点で自主編集する売り場を拡充した。新進気鋭のデザイナーやブランドも積極的に導入する等、“ファッションの伊勢丹”のイメージを改めて発信するものだった。大西社長は2003年、新宿本店に併設して“メンズ館”を開業したプロジェクトで活躍した実績があるだけに、本店改装には強い思い入れがあった。改装は、ファッション好きの消費者や業界内で高く評価される一方で、「今の日本の市況と合っているのか?」(大手百貨店のMD統括部長)という冷めた声も次第に広がっていった。折しも、2014年4月の消費増税が間近に控えていた。その後、消費者の財布の紐は固くなる一方で、高額で最先端のファッションを追求した売り場作りが裏目に出た面がある。「消費者の数歩先というレベルではなくて、少し行き過ぎなのでは?」(同)との見方も出てきた。

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2015~2016年以降、大手アパレルの業績不振が鮮明になり、百貨店への商品供給を絞るようになった。影響を大きく受けたのは、郊外や地方の店舗だ。大西社長は昨秋、本誌のインタビューで「業界は悪循環に陥っている。店舗に商品が回ってこない」と厳しい認識を示していた。代わりに力を入れたのが、独自ブランド品の開発だ。アパレル依存からの脱却を目指す大西社長が“仕入れ構造改革”と呼ぶ重要施策だった。だが、衣料品は振るわず、昨夏頃から業界内では「伊勢丹の過剰在庫が相当な水準まできている」と囁かれるようになっていた。伊勢丹と三越が経営統合したのは2008年。その頃、三越は経営不振から立ち直れずにいた。経営統合は、実質的に伊勢丹による三越の救済策だった。「重荷を抱えることになる伊勢丹側のメリットが少ないのではないか?」との見方は、当時からあった。それでも、伊勢丹の武藤信一社長(当時・故人)が経営統合に踏み切ったのは、「新宿本店に過度に依存する企業体質を変えたい」と思ったからだ。経営統合を決めた2007年当時、ある伊勢丹幹部はこのように指摘している。「収益を依存する新宿本店に何かあれば、経営は一気に揺らぐし、同店の売り上げを伸ばすのは限界がある」。統合後、“新宿1強”から都内に旗艦3店を併せ持つ店舗構成へと移行したものの、“新宿本店こそが絶対”という風土は変わらなかった。三越伊勢丹の大きな誤算は、この新宿本店の“神通力”が地方で通用しなかったことだ。2011年に開業した『JR大阪三越伊勢丹』は代表例だ。初年度の売上高は、目標の550億円を大きく下回る310億円と惨敗。僅か3年で、百貨店としての営業は終了した。ある地方店の従業員はこう話す。「うちの店の運営方法と商品政策は伊勢丹流。最新の素敵な商品で売るのは楽しいけど、“実際に買うものがない”百貨店になっている。あのやり方は、首都圏では上手くいっても地方店では無理だ」。

統合当時の課題が放置されてきたのは、地方店の営業強化の問題に限らない。店舗閉鎖や組織のスリム化等、経営効率化にも時間がかかり過ぎた。今月20日で閉店する三越千葉店等は、統合当初からリストラ候補として度々名前が挙がってきた。結局、長く手を着けられずにいた。三越の閉店ばかりが先行する一方で、不振続きの伊勢丹の郊外店舗の改革が生温かったのも問題だ。昨年11月の会見で、大西社長自身「検討するだけで、実行が伴わなかった部分がある。最終的には私の責任だ」と述べている。「統合効果が出れば、普通は経費が1+1=1.5になるのに、三越伊勢丹は1+1=2.5になっている」(証券アナリスト)。持ち株会社制を導入したことによる組織の肥大化にもメスが入れられないまま、経費だけが嵩む構造になっているのも、大きな課題の1つだ。統合を主導した元伊勢丹社長の武藤氏が闘病の末、2010年に死去したことも、会社にとって不幸だった。ライバル百貨店のJ.フロントリテイリングが、奥田務会長兼CEO(※現在は相談役)の下、スピードを重視した構造改革に取り組んだのとは対照的だった。大西社長は、自身が伊勢丹社長に就く直前、病床に伏していた武藤氏から1つだけ指示を受けた。「自分の聖書を作りなさい」。大西社長が最後まで諦めずに、百貨店を甦らせる理想を受け継いだことは間違いない。しかし、自らの構想を実現する為の経営チーム作りに苦戦していた。ある役員はこう証言する。「誰よりも三越伊勢丹という組織に苛立っていたのは、他ならぬ大西氏自身だ」。杉江新社長は今月13日の記者会見で、“人の話を聞く”と強調することで、大西社長の経営姿勢と距離を置く考えを示唆した。一方で同日、執行役員等幹部が大量に移動する人事が発表された。ある中堅幹部は、人事を見て「大西社長に近かった人が軒並み疎んじられている」と解説した。新体制は“対話重視”と言いながら、「十分な説明も無くクビを言い渡された」といった幹部の声も聞こえてくる。トップ交代を巡る騒動で、社内に感情的なシコリが残り、混乱が長引く可能性がある。今回の騒動が、伊勢丹と三越の看板に与える影響も少なくない。顧客からの信頼感が大切な百貨店だけに、「“お家騒動”があった会社となれば、イメージ悪化は避けられない」(前出の金森氏)。取引先企業や消費者に悪影響があったのは間違いない。杉江体制はある意味、マイナスからのスタートになる。

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最盛期に10兆円弱あった百貨店業界の売上高は、足元で6兆円を割り込み、経営環境は嘗てなく厳しい局面を迎えている。更に、百貨店が厳しくなっているのは日本だけではない。同社は将来の成長基盤にしようと、現在、中国と東南アジア等で20店以上を展開している。だが、海外百貨店事業の営業損益は、昨年3月期に5億円の赤字で、収益改善を急いでいる。先ずは各地の店舗で家賃引き下げ交渉を進めており、上海の伊勢丹は今年の契約分について、家賃の値下げを実現したようだ。だが、中国ではインターネット通販市場が日本やアメリカを上回るペースで拡大しており、百貨店は最も打撃を受ける業態とされる。都市部では好立地の百貨店の閉鎖も目立つ。日本と同様の抜本的な事業の見直しを迫られている。杉江新社長が経営効率を重視した路線へ舵を切ることへの期待の声もある。一方、「食品事業から突如として抜擢されて経営企画ラインに移った為、アパレルの主要取引先に杉江新社長はあまり知られていないようだ」(伊勢丹OB)。経営手腕は未知数だ。JフロントがSC等不動産事業を成長の軸に据える中、大西社長はあくまでも百貨店の将来像を描き出そうと苦闘してきた。その姿勢を評価する声は業界内外に多い。経営の数値管理等、手堅い印象がある一方で、ビジョンを示す力は未知数の杉江新社長。「うちはJフロントのようになってほしくない」という声は社内からも上がっており、“対話重視”・“利益重視”だけでは求心力は持続できない筈だ。今回の騒動が浮き彫りにした三越伊勢丹の“病巣”と格闘しながら、未来を示せるか――。それができなければ、業界の老舗が自壊に向かうシナリオが現実味を帯びる。 (取材・文/本誌 染原睦美・杉原淳一・日野なおみ・上海支局 小平和良)


キャプチャ  2017年3月20日号掲載
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