祝・“インチキ横綱”稀勢の里誕生! 相撲は中卒デブ同士がぶつかり合う最低最悪の見世物だ!

19年ぶりの“日本人横綱”の誕生によって、大相撲人気が空前の盛り上がりを見せている。マスコミは大相撲の話題を連日取り上げ、3月に始まる春場所の前売り券も即日完売。とはいえ、ブクブク太ったデブ同士がぶつかり合う見世物の何が面白いのか? 最低最悪な大相撲の正体を検証してみた。

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大相撲の人気が凄いことになっている。年に6回行われる本場所は常に連日、満員御礼を記録し、“スージョ(相撲女子)”と呼ばれる熱狂的な女性相撲ファンまで登場。お目当ての若手力士の入場待ちをする等、まるでアイドルのコンサートのようにキャーキャー大騒ぎするありさまだ。更に、そこへ輪をかけたのが、初場所で優勝して19年ぶりの日本人横綱となった稀勢の里の存在である。実際、3月12日に始まる大相撲春場所は、“稀勢の里効果”によって前売り券が僅か2時間余りで即日完売となるほどの人気ぶり。恐らく、春場所にも大量のスージョが押し寄せて黄色い声援を送り、通ぶった相撲ファンは稀勢の里の土俵入りや所作を見て、「うんうん」と訳知り顔で頷くに違いない。しかし、日本人の横綱が久しぶりに誕生したからといって、それが一体どうしたというのだろうか? ワイドショーや相撲ファンは「久しぶりの日本人横綱の誕生だ」と燥いでいるが、実は、稀勢の里というのは、『日本相撲協会』のゴリ押しによって昇進した“作られた横綱”に過ぎない。相撲協会の内規では本来、「橫綱昇進は2場所連続優勝か、それに準じる成績をあげた場合」とされている。ところが、稀勢の里は2011年に大関になって以降、5回も綱取りのチャンスがありながら、いつも肝心なところで星を取りこぼしてきた。そこで相撲協会が、綱取りのハードルを大きく下げ、“優勝すれば横綱”というユルユルの条件に変えたのだが、それでも優勝できなかったのが稀勢の里というダメ力士なのだ。初場所にしても、日本人横綱を熱望する相撲協会の無言の圧力を受けたライバル力士が、空気を読んでか前半にバタバタと態とらしく負け、2横綱1大関も稀勢の里との対戦前に休場してしまったことで、漸く優勝できたものだった。謂わば、“19年ぶりの日本人横綱”によって一儲けしたい相撲協会がでっち上げたのが、稀勢の里というインチキ横綱なのである。

抑々、一体相撲のどこが面白いのか? 大相撲は一応、力士たちが勝敗を争うスポーツ(格闘技)という建前になっている。また、五穀豊穣を祈って四股を踏んだ古代の奉納相撲を源流に持つことから、スポーツであると同時に神事ともされている。更に、相撲のことを「日本の国技」「日本の伝統文化」と主張するバカも多い。だが、相撲はスポーツでなければ神事でもなく、勿論国技でもない。相撲の本質とは、単なる“芸能”であり、“見世物”だ。相撲に現在のような土俵・番付・横綱の土俵入り・力水・清めの塩といった演出が導入されたのは、江戸時代前期のこと。当時の庶民にとって、大男がぶつかり合う相撲は、木戸銭を払ってでも見物したかった最大の娯楽。そこで、より楽しめる演出を取り入れたのである。力士たちも当然、あぶれ者等といった曰く付きのルーツを持つ者ばかりだ。極度に貧しい家に生まれたり、様々な事情を抱える体の大きな子供が、身売り同然に勧進元に預けられ、相撲という名の見世物にされていたのだ。現在の角界を見ても、学生相撲出身者や外国人を除けば、自分の意思で力士になった人間など先ずいない。多くが不登校や引きこもり等の問題を抱え、進学もできない為、中学卒業と同時に親がツテを頼って相撲部屋に入門させるのだという。無気力でお頭の弱い肥満児が、更正施設代わりに相撲部屋に連れてこられて、力士になる訳だ。そんな中卒のデブが、ちょんまげやふんどしという奇妙な姿になって体をぶつけ合い、その様子を見て大喜びで拍手しているのが相撲ファンなのである。そう考えれば、大相撲に度々“八百長”が指摘されるのも理解できる筈だ。実は、八百長という言葉自体、幕末から明治初期にかけ、相撲好きの“八百屋の長兵衛”が、伊勢ノ海五太夫という相撲部屋の年寄りに取り入る為に、囲碁で態と負けるように仕組んだことに由来する。見世物である以上、毎日興行しなければならない。真剣勝負をすれば、デブだけに直ぐケガをし、休場する力士が続出する。そうなったら客が減る…。デブのぶつかり合いという見世物である以上、力士の星の貸し借りは当然であり、八百長ですらないのだ。ところが、明治期に相撲専用の施設を作り、その施設を『国技館』と名付けたことから、「相撲はスポーツであり、日本の国技である」というインチキが生まれた。しかも、日清戦争が勃発すると、明治政府が「相撲は武士道の精神を体現した国技である」と称揚。この相撲の政治利用によって、“サムライ文化や武士道の延長にある伝統競技”とい嘘のイメージが益々広まってしまったのである。挙げ句の果てに、見世物小屋のデブが天皇賜杯を抱き、そのデブのぶつかり合いを事実上の国営放送である“皆さまのNHK”が、場所毎に中継する。それを見てバカな相撲好きが大騒ぎしているのが、現在の相撲ブームなのだ。

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尤も、いくらそう説明しても、「大相撲はスポーツであり、格闘技だ!」と言い張るバカもいることだろう。しかし、自分の体すら支えられないような桁違いのデブを、本当にスポーツ選手等と呼べるのか? 元々、デブ同士がぶつかり合う見世物として始まった相撲だが、ハワイ出身の小錦が活躍した1980年代半ば以降、232㎏の曙や224㎏の武蔵丸を始め、日本人力士にも179㎏の水戸泉に177㎏の琴乃若と、超重量級の力士が急増する。それに伴って増えたのが、技ではなく、巨体をぶつけ合うだけの単調な力勝負である。こうした桁外れのデブは、スポーツ選手を名乗っている癖に、体重に見合う筋肉が全然ついていない。例えば、筋力を示す指標の1つに、片方の足を伸ばす筋力を測り、それを体重で割った数字がある。オリンピック選手クラスの場合、その数字は1.2前後で、国体出場クラスなら1.0前後、趣味でスポーツを楽しむ一般人でも0.8前後はあるという。安全に運動するには、最低、それくらいの数字の筋力が無ければいけない訳だ。ところが、相撲協会が5つの相撲部屋の力士100人を対象に、この方法で筋力を調べてみたところ、驚いたことに、平均値が一般人より低い0.73しかなかったというのである。中には0.5や0.6程度しかない力士もいたという。つまり、力士というのは筋肉を鍛えず、ひたすらメシばかり食ってブクブクと太った本物の肥満なのだ。実際、力士の日常は、午前中の稽古が終われば、後はタダ飯を食ってゴロゴロ寝るだけ。やる気が無い中卒デブばかりなので、面倒臭がって本すら読まない。外に出てもパチンコをやるくらいで、それも一度座ると移動が面倒なのか、どんなクソ台でも持ち金が無くなるまで打ち続ける。こんな連中ばかりなのである。当然、相撲そのものもつまらない内容になる。最近の大相撲の決まり手は寄り切り・押し出し・はたき込み等、単純な技ばかりだが、それはブクブク太り過ぎの上に筋力が無いので、体が動かないからだ。

総合格闘技やプロレスに転向して、華々しい成績を残す元力士がいないのも同じ理由だ。縺れ合って土俵下に落ちると、土俵上に上がってくるのにも苦労するようなデブが、鍛え上げた格闘家に勝てる訳がない。だから、角界には心筋梗塞や心不全等、心臓が原因で早死する親方が異常に多い。朝稽古後に“食っちゃ寝”を毎日繰り返し、無理矢理体重を増やす力士たちは、まるでフォアグラの為に強制給餌で無理に肝臓を肥大させられるガチョウのようなもの。当然、心臓に負担がかかり、日常生活を送っているだけで疲労感が出たり、息苦しさを訴える力士もわんさかいるという。一昨年6月には、元大関の貴ノ浪が43歳の若さでこの世を去ったが、貴ノ浪も現役時代から心臓に持病があった。力士の巨大化に拍車がかかった1990年代には、1年で3人の力士が心臓疾患で急死したこともあるのだ。早死にするほど病的なデブがぶつかり合うだけの見世物を「面白い」と思うほうがどうかしている。勿論、大相撲が“日本古来の伝統文化”という触れ込みも真っ赤な嘘だ。確かに、相撲の源流が八百万の神々に奉納する古代の神事相撲にあり、江戸時代から続く歴史を持つ人気興行であるのは事実。しかし、伝統文化や伝統芸能という以上、よくも悪くも前時代的でなければならない。例えば、やはり江戸時代に大ブームを起こし、相撲とは様式美や代々受け継がれる名跡等の共通点も多い歌舞伎では、女性は絶対に舞台に立つことができず、外国人も同じだ。この時代錯誤と言える閉鎖的な姿勢こそ、本来の伝統芸能のスタイルである。ところが、大相撲も女性は土俵に立てないが、外国人力士はウヨウヨいる。寧ろ、ここ数十年間、大相撲の上位力士は外国人ばかりで、今回は珍しく日本人力士が横綱になったからこそ、騒がれているのだ。外国人力士がゴロゴロいる時点で、伝統芸能として決定的におかしいのである。外国人がちょんまげを結衣、ふんどし姿で土俵に立って神事を執り行うなど、コント以外の何物でもない。その癖、今の相撲ブームでは、モンゴル出身の横綱と日本人の大関が対戦する時、館内に“ニッポンチャチャチャ”といった気持ち悪い手拍子が沸き起こるのだ。以前の大相撲では、歌舞伎同様にファンが贔屓の力士の名を叫んで応援するのが1つの流儀だったが、最近はまるで戦後の日本人が力道山の空手チョップに熱狂したように、日本人力士ばかりを応援するのである。これが現在の相撲人気の正体だ。謂わば、大相撲も“日本スゴイ”ブームの一環として、お頭の弱い連中に消費されている訳だ。こんなものを見て喜んでいるのは、よっぽど悪趣味なバカか、単なるデブ専に過ぎない。全く、世も末と言うしかないだろう。


キャプチャ  2017年4月号掲載




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