【中外時評】 青瓦台を2度追われた“姫”

韓国憲法裁判所の決定で大統領を罷免され、失職した朴槿恵氏(65)が、人目を避けるように青瓦台(大統領府)を去った。運命の皮肉だろうか。朴氏が青瓦台から追い出されたのは、これで2度目だ。1度目は27歳の時。1979年10月下旬、18年間に亘って韓国を率いた父の朴正熙大統領が側近に暗殺された。5年前には母もテロの凶弾で倒れ、他界していた。悲嘆のどん底にあって、頼るべき母もいない。父の葬儀を済ませると、妹と弟を連れ、追い立てられるように青瓦台を去った。朴氏にとって青瓦台は、単に一家が長年暮らした生活空間だっただけでなく、政治家としての帝王学を父から学ぶ場でもあった。母の死後はファーストレディー役を務め、父を補佐してきたからだ。「父は立派な先生で、私は真面目な生徒だった。父は主に歴史・安全保障・経済の話をしてくれた。知らず知らずのうちに、私は父からお金では計算できない貴重な課外授業を受けていた」と、自叙伝に記している。思い出の詰まった青瓦台を離れ、心に大きな傷を負った朴氏に追い打ちをかけたのが、父に忠誠を誓い、信頼していた人々の裏切りだ。クーデターで実権を握った全斗煥氏(元大統領)ら新軍部が、朴政権の功績を落としめる歴史修正に動き、嘗ての側近たちも相次ぎ同調していった。新軍部はファーストレディー役で脚光を浴び、国民の間で“姫(公主)”と呼ばれた朴氏の対外活動も厳しく制限し、両親の追悼式も許可しなかった。元側近らは見て見ぬふりをし、離れていった。「信頼できないという事実は悲しく憂鬱にさせる。当初から裏切る人もいれば、初めは真に忠誠を誓ったのに、どうせ弱い人間だからと、だんだんと権勢や名誉、カネによって心変わりする人もいる」(当時の日記より)。

逆境と孤独の中、“お姉さん”と朴氏を慕い、どこまでも付いて離れなかったのが、長年の友人となる崔順実被告だった。朴氏が大統領に当選し、青瓦台に戻ったのは4年前。両親の遺品も数多く持ち込んだという。成功裏に「大統領職を全うしよう」という心意気は、人一倍強かった筈だ。「時間はかかるだろうが、真実は必ず明らかになると信じている」。先の大統領罷免後に朴氏が出した声明には、不本意な形で青瓦台を追われた恨みや不満も滲む。だが、政治混乱をここまで深めた責任は重い。最大の失政はまさに、1度目の青瓦台での体験や教訓に囚われ過ぎたことにあるのだろう。韓国が民主化してから今年で30年。“教師”と仰いだ父の時代は軍事独裁体制だった。社会は大きく変貌したのに、朴氏は国民との対話を軽視し、帝王のような強権的な古い統治スタイルを貫いた。「じっと黙って報告を聞いた後、『あれはおかしい』『これはダメだ』と冷淡な批判ばかり繰り返した」。朴政権下の青瓦台で執務経験を持つ官僚は明かす。過去の“裏切り”のトラウマは、本来頼るべき側近すら容易に寄せ付けず、逆に私人である旧友の国政介入や横暴を許した。保守系の朴氏の罷免で勢いを増したのが、革新系の野党勢力だ。今年5月9日の次期大統領選では、最大野党『共に民主党』の文在寅前代表が優勢という。その文氏は、朴氏の父の軍事独裁に反旗を翻し、民主化運動に身を投じた経歴を持つ。親米・反北朝鮮の軍事政権と闘ってきただけに、反米・親北朝鮮の信条も色濃い。『ニューヨークタイムズ』によれば、北朝鮮との対話の重要性を強調し、「韓国はアメリカにNOと言うことも学ぶべきだ」と語っている。軍事政権の時代に郷愁を覚える世代、民主化運動に邁進した世代、そして民主化後の閉塞感漂う社会への不満を募らせる若い世代――。民主化30年の韓国社会は、未だ世代間の意識格差が大きい。保守と革新の対立、世代間の断絶をどう融和し、統治していくのか。過去の体験に囚われれば、現実を見失う。次の大統領が朴氏の轍を踏まない保証は無い。 (論説副委員長 池田元博)


⦿日本経済新聞 2017年3月23日付掲載⦿
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