【働き方改革・日本再生への処方箋】(下) ものづくり“明るい現場”が勝負を決める

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思い返すと、本誌系には数年おきに書かせて頂いているが、テーマは毎回似ている。前回はリーマンショック後の2009年で、題は『日本型“ものづくり立国”は滅びず』であった。その時もその前の時も、筆者は年に数十ヵ所ペースで国内外の産業現場を見てきた実証社会科学者として、日本の製造業に対する理論的にも証的にも根拠の無い過剰な悲観論――例えば製造業総空洞化論等を徹底的に批判してきた。こうした言説を経営者が信じて、短絡的な意思決定をすれば、まさに予言の自己実現的に、閉鎖の必要のない国内工場が閉鎖され、無用な産業衰退や社会不安を引き起こすからである。前回から既に数年経つが、今回の主張も基本は変わりがない。確かにその後、東日本大震災・大企業の品質欠陥問題・アべノミクス・国内労働力不足・格差拡大問題・テロ続発等あったが、地道な能力構築を続ける現場の現実は変わらないし、現場学の理論にも大きな修正は無い。筆者は日常生活ではよく間違える人間だが、ものづくりの産業論や現場論に関しては、過去四半世紀、あまり間違えていないと自負する。それは、筆者が優れた学者だからではなく、優れた現場は哲学的にも論理的にも首尾一貫しているからである。よって、それを一通り理解し、現場に足を運び、確認していれば、誰であれそうそう間違えない筈だ。では何故、優秀な言論人や経営者や為政者のかなり多くが、こと産業論や現場論となると間違った言動を繰り返す傾向があるのか。本稿ではこれについて、論点を絞って考えてみたい。具体的には、産業現場の歴史観・哲学・論理・理論・戦略とその欠如という問題について、筆者なりの意見を述べてみたい。

先ず、歴史観について。短期の動向や流行の言説に過剰反応せず、根拠の無い雰囲気にも流されず、産業現場の本質を理解し、それを10年・20年先の長期的な経営戦略や産業政策に反映させる為には、我々はブレの無い歴史観を持つ必要がある。無論、上から俯瞰する産業史も必要だが、今、とりわけ重要なのは、現場視点の“下から見上げる歴史観”――それも長期のそれである。我々は、少なくとも戦後70余年の全体を通観し、2010年代半ばという現時点が持つ歴史的な意味をよく考えた上で、日本の産業や企業や現場の未来に関する次の打ち手を考えるべきである。現場視点の歴史観は企業毎・現場毎に異なり得るが、筆者は次のように考える。即ち、第2次世界大戦後直ぐに冷戦が勃発し、その後、東西冷戦期が40年以上続いたが、1990年の冷戦終結を転機に、今度は20数年のポスト冷戦期となった。マクロ的に見れば、日本経済は冷戦期には伸びたが、ポスト冷戦期には伸びず、“失われた20年”となった。一方、現場視点で見れば、現場の競争環境は戦後ほぼ一貫して厳しかったが、特にポスト冷戦期は異常なハンディキャップのついた“苦闘の20年”だった。しかし、今は“ポスト冷戦期の終わり”で、ハンディキャップが正常化しつつあり、日本の優良現場の生き残るチャンスは概して高まっているのである。もう少し細かく、20年単位で見てみよう。終戦直後に冷戦が始まると、日本が西太平洋の戦略的地点にあったこともあり、敗戦国である日本は経済成長を許容され、冷戦前半の1950~1960年代は“移民無き高度成長期”となった。アメリカや中国と違い、成長期に工業地域への労働力の大量移動が無かった(※出稼ぎはあったが桁が違った)日本では、慢性的な労働力不足・生産能力不足故に、長期雇用・長期取引が定着し、結果として多能工のチームワークによる調整能力の高い現場が族生した。トヨタ生産方式の確立も、この時期だ。次いで冷戦後半の1970~1980年代は、主に西側先進国間の“冷戦下の国際競争”の時代となった。円高(※対ドルで3倍)と経済成長率低下(※半減)で国内外の競争は激化したが、日本の優良現場は生産性向上・生産期間短縮・品質改善等の能力構築で乗り切った。自動車等輸出財の国内現場は、賃金率が同等の欧米に対し、労働生産性で優位に立ち、円高なのに貿易摩擦を起こすほどの競争力を発揮した。高生産性のトヨタ方式が海外で注目されたのも、この頃である。しかし、冷戦終結で状況は一変する。1990~2000年代は、東西の壁が崩れ、中国が低賃金人口大国として隣に出現した。ポスト冷戦期のグローバル競争では、新興国に対し数倍の生産性優位を確保しても、賃金が20倍では焼け石に水。抑々、冷戦期の東西分断の間に蓄積された日中の国際賃金差は、通常の国際貿易論では説明できない異常な大きさであった。然しもの国内優良現場も、謂わば20倍のハンディキャップを背負って苦戦。更に、バブル崩壊後の長期不況・金融危機・少子高齢化も加わり、日本経済は停滞した。そしてデジタル情報革命により、日本の調整能力型の現場が不得意とするモジュラー型(調整節約型)への急速な移行が進んだ家電産業では、物的生産性を数倍にした国内工場でさえ閉鎖される事態となった。総じて、この時期の日本の貿易財現場を振り返ると、自動車等擦り合わせ型(調整集約型)アーキテクチャの製品は、更なる能力構築により生産・設計の優位性を確保し、輸出を続けたが、デジタル化したモジュラー型製品の多くはハンディキャップを跳ね返せず、衰退した(※以上の貿易現象は“設計の比較優位説”で説明できるが、これについては後述する)。

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とはいえ、冷戦期に蓄積されたこの異常な国際賃金差も、流石に永久には続かない。2005年頃から、中国では農村地域からの労働力の無制限供給が限界に達し、ほぼ5年で2倍ペースの賃金高騰が始まった。約10年後の現在、中国の製造業の賃金は、多くの分野で日本の5分の1か、それ以上に達している。賃金ハンディキャップの縮小である。この為、存続をかけて大幅な生産性向上を行ってきた。国内優良現場のコスト競争力は回復に転じた。しかも、そうやって既に物的生産性を高めていた国内工場であっても、筆者らの調査によれば、その多くは正味作業時間比率(実労働時間のうち、本当に付加価値を生み出している時間の比率)が未だ10%以下に留まる。この比率が例えば3倍になれば、単純計算上は物的労働生産性も3倍になる。実際にこうやって、物的生産性を2年で3倍、5年で5倍等にした工場の実例を、筆者は幾つも知っている。つまり、国内の優良現場の多くは、尚も2倍から数倍の生産性向上の余力を持つ。実際、「新興国の現場が射程距離に入ってきた」「最早日本が安い」といった国内現場の声を、2010年頃から聞くようになった。ハンディキャップが縮小し、潮目が変わったのである。貿易論の観点から言うなら、東西冷戦期自体が世界の貿易圏が二分される異常な時代であった。それに続くポスト冷戦期も、冷戦期に蓄積された異常な国際賃金差を前提に、現場がグローバル競争を行う異常な時代だった。2010年代の今、全世界の貿易財現場は、実に戦後初めて、国際賃金差と現場の生産性差が拮抗し得る“正常な時代”に入りつつあるのかもしれない。

こうした現場視点の戦後史を踏まえて言うなら、国内の高生産性の現場が生き残れる確率は、過去20年よりは次の20年のほうが確実に高くなろう。即ち、国内の優良現場は、ポスト冷戦期の長いトンネルを抜けつつある。繰り返すが、潮目は変わりつつあるのだ。こうした長期の歴史観が欠如していると、一見、真逆の2つの問題が同時に起こり得る。即ち一方で、歴史観を欠く意思決定者は、短期の動向・目先の損得・流行の言説に過剰反応して、長期判断を誤る恐れがある。例えば、日本の一部の大企業に「円安になったので、一旦海外生産の国内工場回帰を決めたが、その後円高に転じたので中止した」との経営判断があると聞いたが、国内・海外生産体制の再構築といった“グローバル長期全体最適経営”に関わる案件を、短期の為替レートのみで決めることには大いに疑問がある。他方で、現場に関する歴史観を持たないと、それによって明らかになっていた筈の重要な“潮目の変化”を見落とす恐れがある。実際、中国の賃金高騰というグローバル競争の大転換点が10年前には始まっていたのに、それを見落としていた識者や、未だに「どうせ日本の工場は中国にはコスト競争では勝てない」という十数年前の議論で思考が止まっている論者が少なくないことには驚かされる。未来の産業技術に対する洞察も同様である。昨今はIoT・AI・自動運転・ビッグデータ等が流行中だが、当初はそれらに過剰反応した挙げ句、時が経てば忘却してしまう結果にならないか。逆に、その前に流行した3Dプリンターの本格的活用に地道に取り組んでいる企業は今、どれだけあるのか。これらも、産業技術進化に対する歴史観を持って対処すべきことだ。企業が真に対処すべきなのは、流行が終わった後の産業技術進化の“真水”の部分なのである。産業技術に関する立ち入った議論は他の機会に譲るが、一言で言えば、今は複眼的な技術観が必要と考える。即ち一方では、謂わば上空の“重さの無い世界”、つまりICT空間・サイバー空間では革命的な技術革新や事業革新が続いており、不可能が可能になる出来事が多いが、逆に地上の“重さのある世界”、つまり自動車等物理法則に従う製品の世界では、資源・環境・安全等の制約条件が年々厳しくなっており、これまで可能だった設計が難しくなりつつある。製品設計の複雑化が極限に近付きつつある分野もある。要は、重さの無い世界とある世界とで、全く逆方向の趨勢が見られるという、21世紀の設計界の状況を、過去の産業革命から続く歴史観を持って考え抜く必要がある。サイバー空間の革命的変化のみに一方的に目を奪われていると、技術判断を誤る恐れがあると筆者は懸念する。

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次に、「ものづくり現場は何の為に存在するのか?」という、やや哲学的な問いについて考えてみよう。例えば、東西冷戦の終結により、圧倒的に低賃金であった中国の産業現場が、突然、背後から“世界の工場”として出現した時に、多くの日本国内現場は何故、あのようにじたばたと生産性向上や需要創造で粘ったのか。そのポイントは、現場が持つ多面性にある。抑々、ものづくり現場は先ず以て企業の一部であり、従って一定の利益を出さねば、本社から閉鎖命令が来てしまう。一方、現場は産業の一部でもあるから、良い値段で製品を買ってもらい、付加価値を生むことも期待される。更に、現場は地域に埋め込まれた社会的存在であり、安定的な雇用で地域に貢献することも期待される(右図)。このように、地場の中小企業であれ下町の町工場であれ、地域に根差す現場重視の企業は、利益確保・顧客満足・雇用安定の3つの目的を同時に追求する経済主体であり、これは近江商人の“三方よし”、つまり“売り手よし買い手よし世間よし”の商売哲学に通じる。その意味で、我々が全国各地で目にする現場重視企業は、標準的な経済学の教科書に出てくる利益最大化一辺倒の資本主義的企業とは行動原理が異なる、多面的な存在なのである。更に、これをある種の古典派経済学のモデルで分析すると、低成長経済で厳しい価格競争に直面する現場重視の企業は、自らが生産性向上と有効需要創造を同時に行わないと、“三方よし”の定常状態を維持できないことがわかる。これは、ポスト冷戦期の中小企業や生産子会社で多く見られた、「現場は生産性を大幅に上げる能力構築を行い、一方、社長は走り回り、仕事を取ってきて雇用を確保する」という行動パターンとぴったり一致する。

こうした“良い現場”が持つ哲学や行動原理を理解しない限り、ポスト冷戦期の日本国内の貿易財現易の多くが、何故あのように大幅な生産性向上を達成できたのかは理解できない。抑々、低成長下における工場の生産性向上は余剰人員を発生させるので、工場主が走り回って余剰人員分の仕事を取ってくる“三方よし”の哲学を示さない限り、従業員は解雇のリスクを恐れて生産性向上に協力しないだろう。会社がトヨタ方式等の生産革新手法を導入したというだけでは、ポスト冷戦期の多くの国内現場が達成したあの大幅な生産性向上は説明できないのである。ところが、産業現場は謂わば“沈黙の臓器”であり、多くを語らないので、こうしたポスト冷戦期の国内優良現場の目覚ましい向上自体を抑々知らない識者が多いことに驚かされる。現場の哲学を知ることが、健全な産業理解の第一歩だと考える所以である。以上のような歴史観や哲学があって初めて、ものづくりの論理を理解することができる。これを単にテクニックの寄せ集めと考えれば、本質を見誤る。一見、泥臭い現場にも、実は精巧な論理体系があるのだ。ものづくりの論理は、筆者もお会いした大野耐一氏(※トヨタ生産方式の創案者)やその弟子筋の重鎮方・優れた製品開発リーダー・優れた事業モデルを持つ非製造業の経営者・現場も世界情勢も見ている優れた中小中堅企業経営者・継続改善で成果を出す現場リーダー等のお話を丹念に聞いていれば、大体わかってくる。言い方は様々だが、そこに共通するのは、付加価値の“良い流れ”を作ること、そして“良い流れを作れる人”を作ることに対する深い洞察と強い意志である。まさに、ものづくりは流れづくりであり、流れづくりは流れを作る人づくりである。筆者は技術管理や生産管理の学者なので、この論理を多少学問的に言い換えている。詳しくは本や論説をご覧頂きたいが、概略は以下の通りである。付加価値の源泉は設計にある。設計とは人工物の機能と構造に関わる情報である。ものづくりとは、市場に向けて“良い設計の良い流れ”を作ることである。よって、ものづくり現場とは、付加価値、つまり設計情報が流れる場所のことを指す。製品や工程は、設計情報と媒体の結合物である。開発は設計情報の創造、生産はその媒体への転写、販売はその顧客への発信――よって、ものづくりは開発・生産・販売・購買を含む広義の概念である。

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良い流れとは、設計情報が顧客に向かい、淀みなく正確に、つまり高い密度・速度・精度で流れる状態を指す。流れていない状態を無駄という。良い流れは期間短縮・生産性向上・品質向上を齎す。ものづくりの組織能力とは、良い流れを制御し改善する多数のルーティーンのシステムである。それは創発的に進化する。競争力とは“選ばれる力”である。企業が資本市場に選ばれる力を収益力、製品が顧客に選ばれる力を“表の競争力”、現場が会社に選ばれる力を“裏の競争力”という。現場同士で組織能力や裏の競争力を競うことを“能力構築競争”という。能力構築競争は裏の競争だが、国際分業を決めるグローバル競争は、国際賃金差や為替レート等のハンディキャップ付きの表の競争である。よって、物的生産性等裏の競争力で勝っていても、ハンディキャップを乗り越えられなければ、国内現場が存続できる保証は無い。設計は人工物の機能と構造に関する情報だが、2つの面を持つ。即ち、設計内容に関する具体的な因果知識がテクノロジー(固有技術)であり、設計形式に関する抽象的な関係知識の抽象的側面がアーキテクチャ(設計思想)である。機能要件や制約条件が厳しい製品は、機能構造関係が多対多で複雑な擦り合わせ型アーキテクチャになり易い。これに対し、機能構造関係が一対一でシンプルなものをモジュラー型(組み合わせ型)アーキテクチャという。アーキテクチャは機能要件や制約条件に応じて進化する。日本の現場は調整能力が高い為、調整集約的な擦り合わせ型アーキテクチャの製品で設計の比較優位を持つ傾向がある。製品差異化とグローバル競争が進む21世紀の貿易現象は、“設計の比較優位説”による説明を必要とする。

現場の論理を筆者なりに纏めれば以上だが、無論、このままでは実践の場にいる現場人や産業人には、その全体像が上手く伝わらない。そこで、実際の教育の場では、具体例を増やし、現場の言葉に言い換えて講義や講演を行う。例えば、能力構築は“現場がより良い流れを作ること”、需要創造は“社長が動いて仕事を取ってくること”となる。経済学部では、約50時間・700ページの教科書と1000枚のスライドで講義する。一方、現場改善指導者の師範学校である『東京大学ものづくりインストラクター養成スクール』の講義でも50時間と1000枚を使うが、教材はより実践的なものに変え、具体的な事例を増やす。学外での講演では、2時間ぐらいかけて具体的な事例を中心に説明する。「30分で話せ」となれば、「“良い設計の流れ”だけ覚えてくれ」と言う。その結果、現場の技術者や管理者、技術系スタッフや中小企業の経営者は、「先生の話は大体よくわかる」と言ってくれることが多い。ところが困ったことに、「先生の話は難しくてわからないね」と仰るのは、理系・技術系の人より寧ろ、文系、特に経済学部出身の経営者や本社スタッフである。これはどうしたことであろうか? この疑問が、次の“理論”の話に繋がる。経済学部出身である筆者の現場論がわからないという人が、経済学部出身者に多いことの背景には、経済学自体の歴史が関わっているように思える。経済学は大きく、19世紀までの古典派と、20世紀以降の新古典派に分かれるが、クラシックも健在な音業界と異なり、今は新古典派経済学が特にアメリカで圧倒的な勢力になっており、古典派の系統は欧米でも日本でも旗色が悪い。特に冷戦終結後は、新古典派の隆盛が著しい。それ自体に異論は無いし、新しい学説が興隆するのは当たり前と思われるかもしれない。が、そこに“交換の経済学”と“生産の経済学”という軸が絡むと、話はやや複雑になる。アダム・スミス等古典派の経済学者の多くは、産業現場における富や価値の生産や生産物の分配についてよく論じており、そこには工場管理等経営学の要素もかなりあった。しかし、20世紀初めに一般均衡論を擁する新古典派経済学の古典派に対する優勢が明らかになると、恐らくアルフレッド・マーシャルの産業経済学を最後に、新古典派経済学は産業や現場といった精緻な一般均衡論から見れば、余計とも言える多面的な存在を捨象する方向に進んだ。こうして、一般均衡論が完成度を高める過程で、主流派の経済学が現場や産業の生産的側面を正面から論じることは少なくなっていった。産業論はマーシャル以後のほぼ100年、軽視されてきた感がある。

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しかし、嘗て20世紀主流派の大経済学者であるジョン・ヒックス(右画像)が指摘したように、現在主流の新古典派経済学は、一般均衡論をベースとする“交換の経済学”であるのに対し、経済学の全体系は古典派を源流とする“生産の経済学”をも必要としている。例えば、「冷戦終結後の日本国内現場の多くが、生産性を大幅に高め、グローバル競争で生き残った」という重要な産業現象をよりよく説明できるのは、生産関数一定の教科書的な新古典派モデルではなく、現場系の原価計算と同型の費用式を持つデヴィッド・リカード的な現代古典派経済学だと思われる。逆に言えば、「新古典派(≒交換の経済学)のスタンダードな教科書で学んできた多くの経済学部出身者が、財界・政界・言論界を問わず、企業や市場や金融や財政に概して強い反面、産業や現場の分析が浅い傾向があることには、こうした経済学説史的な背景がある」と筆者は考える。グローバル競争下で新興国も先進国も賃金や生産性が大きく動く21世紀においては、交換の経済学も生産の経済学も両方必要と思われる。そして、交換の経済学において、土台の供給主体が企業であるのに対し、生産の経済学のそれは、前掲図で示したように“現場”である。例えば、互いに類似した費用式を共有する現代の古典派経済学・現場経営学、及び現場系会計学の三者が連携することによって、現場べース・産業べースの“生産の経済学”が一定の存在感を持つようなことも、将来、ひょっとしたらあるかもしれない。

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扨て、以上のような現場の歴史・哲学・論理・理論を踏まえて、我々は21世紀前半、国内産業、及び世界産業に関して、どのような企業戦略、或いは産業政策の方向性を示すべきであろうか? 筆者は、「良い現場をできるだけ多く日本に残すことが、下から見上げる現場発の戦略論の、単純且つ明快な基本方針だ」と考える。要は、放っておいても危機感を持って、じたばたと生き残りの為の能力構築や需用創造を続け、その為に草の根的な生産革新や製品革新を続ける全国各地の“良い現場”に対して、彼らに“じたばたする自由”をもっと与え、成果を出した現場は確実に地域に残すことを伝え、以て現場と本社の信頼関係を醸成し、“良い現場”を“明るい現場”にしていくことである。要するに、「現場に能力構築の自由をもっと与えよう」との考えである。ここで言う“明るい現場”とは、“見通しの立っている現場”のことである。例えば、10年後に自分がそこで活躍している姿が想像できる工場である。そして“良い現場”とは、自らの存続の為に能力構築や需要創造を続け、高い競争力を維持しているしぶとい現場を指す。これに対し、政府や自治体も、良い現場の活性化を支援する直接的な現場支援策を、より積極的に打ち出していくべきであろう。これまでやや固有技術偏重であった産業支援政策のバランスを修正し、現場による流れ改善の努力や、改善人材育成の努力に対して、より直接的な資金・その他の支援を強化すべきだろう。そうやって、明るく強く良い現場が持つ将来への活力を、企業や産業や地域の活力として取り込んでいくこと。地道ではあるが、これが現場発の企業戦略・産業戦略・地域戦略の根幹である。

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「ポスト冷戦期が終わり、新興国に対する賃金ハンディキャップが縮小し、“グローバル能力構築競争”の時代に移行しつつあるという現場の今の歴史的状況を踏まえるなら、2020年代に向けて明るく強い国内現場を増やしていくことは十分に可能だ」と筆者は考える。無論、「国内の良い現場を増やせ」との主張は、国粋主義や保護主義とは無縁である。寧ろそれは、グローバル企業の長期全体最適経営に通じる道である。来るべき“グローバル能力構築競争”の時代とは、国際賃金差の縮小により、中国もその他のアジア新興国も含め、世界中の輸出拠点が能力構築努力抜きには存立できなくなる時代である。従って、日本等の生産性の高い優良現場からの能力移転が無ければ、賃金が高騰する新興国拠点のコスト競争力の維持は次第に困難になってくる。こうした状況下で、日本の多国籍企業が国内に温存すべきは、自ら能力構築を続けつつも、海外拠点への能力移転を積極的に行う“闘うマザー工場”であろう。そうした明るい現場・良い現場が国内に将来沢山残れば、それらは世界中の顧客満足に貢献し、国内外企業の利益に貢献し、世界中で雇用確保に貢献し得る。未来の“良い現場”とは、そうしたグローバルな“三方よし”を実現し得る存在である。今後は、こうした製造業の“良い現場”が長い奮戦の中で学んだ“良い設計の良い流れ”作りの能力構築能力を、如何にしてサービス業や農業等の非製造業に普及させていくかも課題である。更に良い現場は、人を育て、多くの人の人生に意味を与え得る。万一、円が暴落した時には、日本経済を支える最後の砦ともなり得る。総じて、日本に明るい現場が増えていなければ、そこに明るい日本経済は無いだろう。以上のような現場の歴史観・哲学・論理・理論・戦略観が、“良い現場”への共感を持ってより広く理解されるようになれば、筆者が数年後にまた出てきて同じ主張を繰り返す必要は無くなるだろう。それこそが、2020年代に向けて筆者の希望することである。


藤本隆宏(ふじもと・たかひろ) 経営学者・東京大学大学院経済学研究科教授。1955年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了。東京大学経済学部助教授・ハーバード大学上級研究員等を経て現職。著書に『能力構築競争 日本の自動車産業はなぜ強いのか』(中公新書)・『日本のもの造り哲学』(日本経済新聞社)・『現場主義の競争戦略 次代への日本産業論』(新潮新書)等。


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