【Deep Insight】(04) 1強ドイツに頼れぬ現実

ヨーロッパが新たな混沌に突入した。イギリスは近く、『ヨーロッパ連合(EU)』離脱を通告する。大衆迎合主義(ポピュリズム)の浸透が心配な各国の選挙も、オランダで口火を切った。“世界最強の女性”と言われるドイツのアンゲラ・メルケル首相に、事態収拾への期待がかかる。今年は『20ヵ国・地域(G20)首脳会議』の議長国。独善的なアメリカのドナルド・トランプ大統領を抑え、国際秩序を修復できる立場にいる指導者は他に見当たらない。米独首脳は今月17日、初会談に臨む。融和的な発言も聞かれる。メルケル首相は「直接会って話すのが楽しみだ」と話し、「ドイツ企業はアメリカに2700億ユーロ(約32兆円)を直接投資し、75万人の雇用を作った」と訴えた。トランプ大統領もメルケル首相の指導力を称賛した。だが、俄か仕立ての友好ムードと裏腹に、双方の溝は深い。トランプ大統領は、ドイツ系移民の父親・フレッド氏から不動産業を受け継いだ。事業のメインバンクは『ドイツ銀行』。縁が深いドイツだが、「EUはドイツの為の乗り物だ」等と容赦なく批判する。『国家通商会議』のピーター・ナバロ委員長は、“暗黙のマルク安”とユーロ導入で18年前に消えた通貨名を挙げ、対米貿易黒字の存在を非難する。「通商問題はEUの担当」という反論に納得せず、米独交渉の扉を強引に開けようとしている。メルケル首相は自由なアメリカに憧れ、旧東ドイツでアメリカ産のジーンズを穿いた。1993年には、夫のヨアヒム氏とカリフォルニアを4週間も旅行した。そのアメリカの大統領が、メキシコ国境に壁を作るという。『ベルリンの壁』による分断を知るメルケル首相には受け入れ難い筈だ。アメリカ大統領選の祝辞は、“民主主義・自由・法の尊重という価値の共有”を協力の条件にする辛辣な内容だった。早々とトランプ大統領の懐に飛び込んだ安倍晋三首相の動きは、メルケル首相には「不可解だった」(独誌『シュピーゲル』)と言われる。価値観の違いを乗り越え、トランプ大統領を自由貿易や民主主義から逸脱させない指導力が期待される局面だが、ドイツの首相が世界の先導役として期待に応える可能性は低い。そこにアンゲラ・メルケルという人物、ドイツという国の難しさがある。メルケル首相は“辛抱と深謀”の政治家だ。今年9月24日の連邦議会選挙で勝てば、東西統一を遂げたヘルムート・コール元首相の持つ4期16年の最長記録に並ぶ。抜群の安定感と裏腹に、大胆な変革や決断には二の足を踏みがちだ。2年前、名前を捩った“merkeln”という動詞が流行した。「決断しない」「自分から何も言わない」という意味だ。

ギリシャに端を発した債務危機では、安易な南欧支援に反対する世論に配慮し、決断の遅れが目立った。辛抱を重ね、情勢を見極めて、“最後の言葉”を発した。“一歩一歩”が口癖。「大胆な決断ひとつで物事は解決しない」と悟っている。それは権力保持の知恵でもある。“深謀”は巧妙な人事に表れる。自陣営にいる有望株の政治家は軒並み、後継レースから外れていった。「他の選択肢が無い」が、メルケル首相続投のキーワードだ。現実はまさに、“ドイツ1強”の状況だ。フランスもイギリスも、内政に四苦八苦している。経済安定の果実は、ドイツの“双子の黒字”に表れている。外国とのモノやサービス等の動きを示す経常収支の黒字は、2016年に国内総生産(GDP)の8.7%。比率は十数年で2倍になった。アメリカだけでなく、EUの執行機関である『ヨーロッパ委員会』も、過剰な黒字の圧縮を求めている。一方の財政収支の黒字もGDPの0.9%と、東西統一後で最高の水準にある。黒字の蓄積をいくら批判されても、ドイツ自身は「自国産業の競争力が強いことの表れだ」等と反論し、意に介さない。南欧等域内他国への財政移転には、強硬に抵抗する。そんなドイツで、“メルケル疲れ”が急速に意識されつつある。大連立の相手である中道左派の『ドイツ社会民主党』が新党首に選んだ、『ヨーロッパ議会』のマルティン・シュルツ前議長の効果だ。メルケル首相率いる『キリスト教民主・社会同盟』との間で10ポイント以上の差があった政党支持率の差は消え、30%台前半でほぼ並んでいる。シュルツ氏は、社民党のゲアハルト・シュレーダー前首相が2003年に打ち出した労働市場や、社会保障の構造改革『アジェンダ2010』の軌道修正を唱える。「雇用の柔軟化が低賃金労働を助長し、格差を広げた」という主張に共感が集まる。メルケル首相が政敵のシュレーダー改革を称賛するのとは対照的だ。シュルツ氏が長年、EUのヨーロッパ議会に属し、国政の経験が無いことが新鮮に映っている。シュルツ効果の持続力次第で、“メルケル無きヨーロッパ”も現実味を帯びる。ただ、「どちらが首相になっても、ドイツがヨーロッパを強力に引っ張る存在にはなり難い」ということははっきりしている。『ナチス』の台頭を許し、第2次世界大戦に敗れたドイツは、本能的に単独で世界秩序の先頭に立つ展開を嫌がる。EUの枠組みを築いた隣国のフランス、或いはイギリス等と連携しながら、隠然と影響力を残してきた。控えめな姿勢には歴史的な背景がある。EUは、「将来の統合をどう進めるか?」の岐路に立つ。米欧の政治迷走による空白は、中国やロシアの勢力拡大を招きかねない。“メルケル頼み”でなく、強いドイツをパートナーとして呼び込みながら、結束して世界秩序を守る発想が、明確なリーダーのいない世界では必要だ。安倍首相は来週初め、ドイツでメルケル首相と会談する。先進国で最古参の両首脳による連携の成否には、重い意味がある。 (本社コメンテーター 菅野幹雄)


⦿日本経済新聞 2017年3月17日付掲載⦿
スポンサーサイト

テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR