【随筆】 漫才のツッコミ禁止?

以前、中学校のある先生を取材したことがあるんです。所謂“荒れた学校”で有名な中学校で、先生はかなり年配の方でした。僕が「こういう学校で毎日神経を尖らせているのは大変でしょう?」と言ったら、先生は「でも、大声を出したり胸座を掴んでくるような生徒にはエネルギーがあるんですよ。そのエネルギーの方向がちょっと変わるだけで、凄い起業家になったりする姿を、僕は何度も見ているんです」と言うんです。「僕は、この学校はエネルギーを持った子供たちが沢山いるから好きなんです」と。更に、「一番難しいのは、エネルギーを見せない子供たちとの接し方です。何を言っても響かない子供たちを動かすのは、僕たちには難しい。そういう子たちの心を動かすのは、高須さんのようなものを作る人たちの仕事ですね。そういう子供たちを思わずクスッと笑わせるような、おおっと奮い立たせるようなものがエンターテインメントですね」って言うんです。いい先生でした。確かに、生きていくには沢山のエネルギーが必要なこともあって、それをあまり抑えてしまうと、そのエネルギー自体を奪ってしまうことになりかねません。小学校の運動会で競技の着順を付けなかったり、学芸会で主役を何人も用意して複数の子供に主役を経験させるということがありますよね。学校で子供たちに差が付かないようにするのはわかりますが、平均化がどんどん進んでいって、「バレンタインデーでチョコが1人に集まるのはよくない」とまで言われるに至ると、少し心配になります。『ダウンタウン』の番組を長年やっていますが、視聴者の方々から色々なご意見を頂きます。その中で少なからず、僕も「えっ、こんなことまで?」と思うような、呆然としてしまうご指摘もあります。このまま行くと、いつか「お笑いに順位を付けるのはよくない」「漫才での強いツッコミは良くない」等という時代が、(まさかとは思いつつ)来るのではないか――。業界人の1人として、「こりゃアカン」という気持ちになります。僕は、「日本という国は、ルールが無くても、そのシーンに応じて相手を思いやるという文化を育ててきた国だ」と思います。最近は何でもルール化して、縛り付け過ぎている気がしますが、コミュニティーの中での個人個人の試行錯誤の学びって大切だと思うんです。煙草についても、たとえ店内が喫煙可能な場合であっても、一旦周りを見回してみて、「今、吸っても大丈夫かな?」と自分自身で考えてから判断することが、本当のマナーに繋がりますよね。 (放送作家 高須光聖)


キャプチャ  2017年3月16日号掲載
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