【風俗嬢のリアル】(03) シズカ(30)の場合――香川では高級店のデリヘル嬢

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京都の激安人妻デリへルで新年を迎えたシズカは、正月明けには香川に移動し、高松市内にある高級デリへルで働いていた。JR高松駅から車で15分ほどのアパートに女の子たちの待機室兼寮があり、シズカはそこで寝泊りをしている。最寄りは無人駅で、ガタガタと音を立ててドアの開く2両編成の古びた電車が走っていた。周辺は田圃と用水路と家ばかりの長閑な住宅街で、どこを向いても遠くには山が見える。喫茶店1つ探すのも一苦労するほどで、こんなド田舎にデリへルの待機室があるなど、とても信じられないような場所だった。「何も無いんですよ~この辺」。シズカは、グレーのトレーナーにべージュのパンツといういつもの格好で現われた。頭のてっぺんから足の爪先まで何も変わっていないのに、今回は一転して高級店である。客の支払う金額は70分コース2万円ほどで、前回の京都の店と比べたら倍近く高い料金設定だ。女の子の取り分は、その内の約半分だという。「四国のデリへルは全般的に高いっす。何でだろう。理由はわからないけど、岡山・広島も中々いい値段ですね。逆に京都・大阪・神戸・和歌山は安いです。『稼ぐなら関西方面は止めとけ』と言いたい!」。シズカが今回、高級店にいるのは、「面接したら受かった」というシンプルな理由だった。実は、シズカがこの店に来るのは2回目である。去年の夏にも香川に来て、デリへル勤めと観光をしたものの、その後、新たに行きたい場所が増え、今回、再び同じ店で働きながら、香川を回ることにしたのだという。

「香川は居心地いいんですよ~。働いている女の子もいい子ばっかりだし。店のホームページ見ます?」。スマホの画面を覗くと、まるでアロマオイルでも売っていそうな上品なトップページが現われた。在籍一覧には、しっとりと落ち着きのある女の子たちの写真が並んでいる。茶髪にミニスカートばかりだった京都のド派手な人妻店とは、だいぶ毛色が違うようだ。「ホント、皆清純派です。どこにでもいる若奥様みたいな。全然、風俗嬢に見えないですよ」。年齢層は20~30代。主婦もいれば、本業があって週末だけ働きに来る子もいるという。地元の子は少なく、何と瀬戸内海を挟んで岡山から出動してくる子が多いそうだ。「岡山で働くと、やっぱり身バレする可能性が高いみたいで、海を渡ってこっちに働きに来るみたいですね。寒波が来て電車が止まると、フェリーで帰るって言っていました」。通える距離とはいえ、抜かりない主婦たちである。「こっちはアルバイトの時給が安いんですよ。700円とか800円で、深夜のコンビニでも900円くらい。だから、普通のアルバイトで1日働くより、風俗で1人客を取ったほうが高いんですね。今日、一緒に待機していた方は、小学生の子供がいる人妻で、『どうせ家にいてもテレビしか見ないし、待機室でテレビ見ていても同じだし、その間に1人でも客がついたらラッキー』って言っていましたね。偶に出動して、お金を貯めるのが目的みたいな子が殆どですよ」。17時にもなれば皆、夕食の準備をしに家に帰ってしまう。それに合わせて店も閉店。つまり、営業は昼がメインなのだ。因みに、店長も“その辺の商店街にいそうな人”らしく、「その普通さも居心地がいい」とシズカは言っていた。この日、私はシズカと会う前に、高松市内の古びた商店街でうどんを食べていたのだが、通行人も疎らなその商店街と最寄りの駅ビルには、子供連れの若い主婦が異様に多く、皆、べビーカーを押しながら、友だちとランチや買い物を楽しんでいる様子だった。シズカの話すデリへルの女の子たちの姿は、まさにそこにいた若い主婦たちを彷彿とさせるのであった。シズカの出勤は10時から18時。香川では人気があるようで、1日3~4人ひっきりなしに客がつく。予約が入ると、店長が運転する車で客の待つホテルへと向かう。よく利用するのは、『高松琴平電気鉄道』沖松島駅周辺にあるラブホ街だ。大きな川に沿って、一方にラブホテルが並び、一方にお墓が並ぶ奇妙な場所で、周辺は極普通の民家だ。時折、自転車に乗った高校生が、何の違和感も無く近くを走り抜けていく。ラブホ街とは思えないほど長閑な風景で、デリへルの客もまた素朴な人が多いようであった。「20㎞走って、そのまま来た人がいましたね。マラソン大会に出るみたいで。プレイが終わったら、力尽きてフラッと倒れたんですよ。で、また走って帰っていきました」。シズカは、「香川は面白い話が少ない」と言いながら、そんな話を出してくる。

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「寅さんみたいな露天商で、叩き売りを実演してくれた方がいましたね。お題を出すと、ペラペラペラペラって言葉が出てきて凄いんですよ。『各地を飛び回っている』って言ってました」。世の中には色んな職業があるものだ。うどん屋が仕事終わりに、白衣の作業着のまま来たこともあったという。「身体を近付けたら、『粉が付くからくっつかないほうがいいよ』って言われましたね。確かに粉が付きました」。その服で、また仕込みに戻るのだろうか。香川では、コンビニの数よりうどん屋が多いという。サラリーマンの昼食は大抵うどんで、デリへルの店長も連日、うどんを食べているらしい。流石“うどん県”である。うどんを食べている人に攻撃的なイメージは無い。「香川のお客様は全然セカセカしていない。時間をゆったり取ってくれるんですよ。それに、差し入れを持ってきてくれる方も多い。コンビニのお茶とかお菓子とかサンドイッチを、『ごめん、これしか無かった』って言って持ってきてくれる。『また香川に来てくれてありがとう』って、チップ5000円くれた方もいました。四国ってそういうところあるんですよね。私だけじゃなくて、店長の分も『これ渡しといて』って差し入れてくれたり。店長とお客様は、電話だけのやり取りしかしていないのにですよ」。地域によるこの差は一体何だろう? 私が聞くと、シズカはウーンと考えながら、こう言った。「四国では、地元の方がお遍路さんに食べ物やお金を施す“御接待”っていう文化があるんですよ。御接待の精神があるから、差し入れが多いのかな」。ある日、シズカが店の女の子にキットカット1つをあげると、次の日、お礼と称して御当地の名品お菓子を貰ったという。これには流石に驚いたようだ。「『マジか!』みたいな。“海老で鯛を釣る”ですよね」。

果たして、施しの文化なのか。香川県民のその余裕は、プレイにも現われているらしい。「控え目というか、普通。剥き出しの欲みたいなものは、未だ感じたことないですね。本番強要も無くて、あっても『本番していい?』っておねだりがあるくらい。『顔射してもいい?』って必ず確認を取るんですよ、香川の方は。逆に、青森とか熊本は問答無用。本番強要のある県は、ハッキリしてますよ」。一体何故? 首を傾げていると、シズカは言った。「瀬戸内海が穏やかですからね」。人妻デリへルでは、一般的に本番強要は多いという。女の子側もそれを承知で、店に内緒で応じるケースがあるようだ。しかし、シズカは頑なに拒否して、ルールを守っている。それには理由があった。風俗嬢歴約6年にして、驚くべきことに、シズカは未だ処女なのである。「30歳まで処女を守りましたよ。しかも、彼氏いない歴も30年。おっほっほ!」。何故か誇らしげである。因みに、父親以外で初めて男の全裸を見たのは、デリへルの店長と講習をした時だそうだ。処女で風俗を始めるなど、よっぼどの勇気がいりそうだが、シズカは淡々としている。「最初はやっぱり指も入らないんですよ。慣らすまで自分で特訓して、今では自由に濡らせますね」。そんなことが本当にできるのだろうか? 「他の子も言っていましたよ。『ホテルに入ったら自動的に身体が濡れるようにできている』って。長いこと風俗嬢をしていると、そうなるんですよ。私の場合は、仕事以外でも濡れていることがあって、困っちゃいますけど。全くエロいことなんか考えていないのに、スカート穿いて座ると、立ち上がった時に椅子が濡れているんです。だから、さりげなく手で拭く」。まさしくプロフェッショナルだ。しかし、守っているのは処女だけのようで、「お客様から『オプションでお尻をしたい』って言われたら、バンバンしますよ。前はガードが堅い」という拘りを見せていた。そんなシズカが、「実は処女です」と話しても、客の殆どはやはり信じないという。「人妻店だから、一応設定を考えていて、『夫は北海道に出張中で、ダイナマイトを使って建物を壊す仕事をしている』とか、『夫は施設育ちで天涯孤独だから、結婚式は挙げなかった』とか適当に答えるんですけどね。皆、その嘘は信じるのに、処女って言っても信じない」。無駄に細かい人物設定である。

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シズカは、友だちを必要としないように、恋愛も必要としていなかった。男性と付き合ったことが無いから、処女を守っているのである。「本質的に誰かと付き合いたいとかはないですね。面倒臭いってほうが先行しちゃうんで。“結婚したがっている女”って勘違いされるのも嫌なので、プライべートでは同年代の男に近付かないようにしています。若し一生、誰とも付き合わなかったら、処女のまま私は死ぬな」。キッパリしていた。実は以前、シズカは「若し処女喪失することがあったら、その後は直ぐに飛田新地で働く」と宣言していた。飛田新地とは、大阪市西成区にある大正時代から続く遊郭のことだ。昔ながらのスタイルで、軒を連ねた木造住宅1軒1軒の玄関先に女の子が座り、“やり手婆”と呼ばれる高齢女性が客引きをしている。客は女の子を選ぶと、2階の個室で本番行為ができる仕組みだ。夜になれば男性客たちで通りは一杯になるが、ルールは厳しく、一般女性はその土地に足を踏み入れることは許されない。「取り敢えず、関西に行ったら飛田新地は見学に行きます!」。気合を入れていたシズカだが、その後、どうなったのか。「めっちゃ怖かった!」。どうやら、ルールを無視して女1人で飛田新地を歩いてきたらしい。当然、女の子たちから反発を食らったようだ。「見たらあかんでー」「何見てんのオバハン」「シッシ!」。酷い罵声を浴びたようである。「無事に帰って来れてよかったね」。私が言うと、シズカは「次の日も行ったんですよ」と当たり前のように言った。随分と度胸がある。「古い時代の門が残っているらしくて、それを見るのを忘れていたので、昼にリべンジしました。昼でも『あっち行け』って言われましたけど…」。そんな飛田新地で、何れ働く気があるのか改めて聞いてみると、「もう絶対行かない! 嫌な印象しかない!」。すっかりトラウマになっていた。

扨て、シズカにとって今回は2度目の香川。前回、一通り回ったにも拘わらず、そこで行きそびれた新たな観光のメインは、その昔、ハンセン病患者が強制隔離されていた大島である。進行すると手足が変形してくる等の症状を持つハンセン病は、感染症として多くの差別と偏見を生み、昭和28年に公布された『らい予防法』により、平成8年に廃止されるまで強制隔離が行われていた。現在は特効薬により皆、完治しており、島へも自由に行き来できる。ボランティアによるガイド付きツアーも行われているという。大島に向かう船は1日5便。その日の乗客は、全便合わせてもシズカ1人だったという。「観光地では全くないですね。宿泊もできないし、ボランティアが運営するカフェが1つあるくらい。偶々、そのカフェでご飯を食べていたら、入居者のお爺さんと仲良くなって、本当は入っちゃいけないんですけど、家の中を案内してくれたんですよ」。平屋の住宅にかかった表札は、どの家も全て偽名。本土にいる家族に迷惑をかけないよう、ハンセン病患者は強制的に名前を変えさせられたらしい。こっそり部屋に招き入れられたシズカは、そこでお爺さんから本当の名前を教えられた。「多分、話し相手が欲しかったんだと思う。会話の糸口を見つける為か、『何が好きだ?』とか『何が得意だ?』とか凄く聞いてくるんですよ。『手紙をくれ』って、住所と電話番号の書いた紙を貰いましたね」。強制隔離が廃止された今、島に残っているのは、帰る場所の無い老人ばかりである。「手紙出すの?」と私が聞くと、シズカは「出さないかな。大島に来ることも、もう無いと思う」とあっさり言うのであった。シズカの目的は旅であり、無駄なものは全てそ削ぎ落している。因みに、お遍路も疲れるからやらないそうだ。香川では他に、『四谷シモン人形館』『讃岐醤油画資料館』、それに指1本で動くと言われる『ゆるぎ岩』等を観光したという。「取り敢えず、今回の旅で行く予定だった場所はクリアしました。この後、生理体暇に入るので、また観光地をピックアップして回りますね」。結局、シズカは、1週間の予定の筈が、延びに延びて、1ヵ月近く香川に滞在していた。実は旅行嫌いな私も、今回の香川は楽しんでいた。これまでシズカを追いかけて行った湯田温泉も京都も、酷く退屈な場所だったが、香川だけは何故か楽しい。それはきっと、観光地としてお膳立てされていないからだろう。地元民が生活している場そのものが、歩いていてワクワクするのである。

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「香川は面白い! B級スポットが多いし、全般的に人が優しいし、居心地めっちゃいい! それがいけない!」。シズカは言った。“いけない”とは一体、どういうことだろう。「何か、1つの県に長居すると、罪悪感が…」「えっ? 何で?」。思わず聞き返すと、シズカは困っていた。「居心地のいい場所にいて慣れちゃうと、次に行きたくなくなるじゃないですか。それがちょっとね、今はヤバい。だから、本当は香川の次に和歌山へ行く気満々だったけど、やーめたってなっちゃって…」。シズカは、香川の次に和歌山のデリへルで働く予定だったが、変更し、和歌山は観光だけで終わらせることにしたという。「居心地が良くて幸せならいいんじゃない?」。私が言うと、シズカは酷く困惑した。「幸せ? 幸せ? しあわせ?」。どうやら、見当外れなことを聞いてしまったらしい。「いや、そういうことじゃない。日常になって慣れちゃうみたいな。今は移動生活っていうのを自覚しているんで、そこから外れるっていうのがちょっと…。1ヵ所に留まることがいけないみたいな感じ。今は、そうしなきゃいけないみたいな義務感があるんですよ」。そういえば以前、シズカは「旅は疲れるだけだ」と言っていた。「ワクワク感は無いんです。楽しみとかじゃない。『日本一周して全部クリアしなきゃ』みたいな」。私はシズカの手帳を思い出した。観光を終える度に二重線が引かれ、真っ黒になっていくその様は、“クリアする”という言い方が確かにピッタリだった。「夏休みの宿題みたいなものですね。7月中に終えて、8月は自由みたいな。先にやるべきことを終えちゃいたい。でも、夏休みは期間が決まっているけど、私の最終日はいつで何歳かわからない。できれば、私は自分の寿命が知りたいんですね。終わるってなったその日に、やり残したことがあるのが嫌なんです」。シズカの目的を知るにつれ、私は何だか怖くなった。 (取材・文/写真家 インベカヲリ★)


キャプチャ  2017年3月号掲載




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